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愛を売るので、心をください。  作者: 悠介


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9/14

ささやかな日常

「今日は大晦日だからな、大掃除だ。」

「大晦日ってなあに?」

「年末に片づけをする日の事だよ、一年の汚れを片づけて、新年を気持ちよく迎えようって言う行事だ。」

「そうなんだ!」

 さて年末最後の日、大晦日がやってきた。

 普段は掃除しない様な所も掃除をしなきゃならない、踏ん張って一日を過ごさなきゃならないっていうのは、掃除が苦手な俺にとってはちょっと面倒な日だ。

 でも、やらんわけにもいかないし、重い腰はさっさと上げてやっちゃおう、と思って、分担を考える。

「まずは各々自分の部屋の掃除だな。って言っても皆綺麗に使ってるから、すぐ終わるだろう。悠治はリビング、浩ちゃんと悠ちゃんは廊下をお願いしようかな。浩介は……、そうだな、風呂場の掃除を任せても良いか?」

「何をすれば良いの?」

「お風呂の洗剤があるから、それを使って隅々まで磨いてほしいんだ。くれぐれも、滑って転ばない様に気を付けてな。」

「はーい!」

 そういって、大掃除スタート。

 俺は自分の部屋は寝るだけで、浩介に物の置き場を渡してたから、洋服を片づけるくらいだ。

 それよりも問題は仕事部屋、あっちゃこっちゃの大騒ぎになってる仕事部屋は、子供達には触れさせられないし、自分で何とかしなきゃだ。

「さてさて。」

 雑多に物が置いてある仕事部屋、何から手をつければ良いのやら。

 なんて思いながら、やらないと終わんないわけで、さて一仕事だ。


「お兄ちゃん、終わったよー!」

「お、ありがとうな、浩介。」

「こっちも終わったよー。後は悠にぃだけだよ。」

「俺も終わる、じゃあ蕎麦でも食いに行くか。」

「お蕎麦?」

 大掃除があらかた終わり、ふぅと息をついた所で、悠介が出かける準備をしてくれ、と皆に話をする。

 浩介は、蕎麦を食べる理由がわからない、と疑問符を浮かべていて、こういった事もしなかったのだろうか、と悠介は心のうちでため息をつく。

「年越しそば、って言う話があってな、一年の終わりに蕎麦を食べて、来年の無病息災を祈る、って言う伝統行事なんだ。」

「へー……!それで、お蕎麦食べに行くの?」

「そうだぞ?だから出かけるぞー、準備してくれー。」

「はーい!」

 クリスマスに買ったくま柄のパーカーの上に上着を羽織り、浩介の準備が終わって、全員準備完了だ。

 車を出して、エンジンをあっためて、行きつけの蕎麦屋に向かう。


「いらっしゃーい!あらー!悠介君じゃないの!皆、元気だった?」

「お久しぶりです、席空いてます?」

「空いてるわよぉ?丁度団体さんが帰った所だから!」

 行きつけの蕎麦屋、駅ビルの中にある半分居酒屋で半分蕎麦屋なこの店は、俺が施設を出て働き始めてすぐ見つけて、それ以来通ってるなじみの店だ。

 女将さんに悠治達も馴染んでる、なんやかんやで月一くらいで通ってたり。

「あら、また可愛い子が増えたわね!こんばんは、あなたのお名前は?」

「浩介って言います!」

「浩介君ね、よろしくねぇ。おばさん、元気な子を見ると元気になるのよぉ!さ、座って座って!」

 メニューをぐるりと見まわして、浩介はどれがなんのご飯なの?と聞いて来る。

「マグロの山かけってなあに?」

「マグロをこう、サイコロ上に切ってな、上からとろろを掛けた料理だよ。とろろって言うのは、山芋をすりおろしたものだ。」

「天ぷらっていうのは?」

「浩くん、ホントに今まで何食べてきたんだろうってくらい、色々知らないんだね……。天ぷらはね、海老とか野菜に小麦粉の衣をつけて、油で揚げた物だよ。美味しいから、食べる?」

「うん!」

 天ぷらに興味を持ったらしい浩介は、悠治の言葉に元気よく返事をする。

 俺も何を食べようかな、なんてメニューを眺めながら、浩介に色々と説明をしながら、皆がメニューを決めるのを待つ。


「ご注文は?」

「上天せいろと天せいろ、まぐろの山かけとコロッケで。」

「僕はカレー南蛮で。」

「僕とろろせいろ!」

「僕もぉ!」

「はい、上天せいろに天せいろ、カレー南蛮にとろろが二つね、それとまぐろの山かけにコロッケね!コロッケは一枚で良いのかしら?」

「二枚お願いしいます。」

「はーい、じゃあ、待っててね!」

 女将さんが注文を取って、暫し待ちの時間だ。

 浩介は、珍しいメニューやら初めてみる酒の種類やら、質問が止まらないみたいだ。

「お酒って美味しいの?」

「俺は苦手だよ、美味しい人は美味しいんじゃないか?」

「僕達はまだ未成年だから、飲めないんだよ?飲めたとしても、飲むつもりもあんまりないけど……。」

「そうなの?」

「僕のお父さんとお母さんはね、お酒を飲むと暴れる人達だったんだ。だから、僕は飲みたいとは思わないんだよ。もし、同じ様な事になっちゃったら、嫌だから。」

「浩くんのとうちゃはお酒飲まなかったの?」

「うーん……、わかんない!でも、お酒って初めて見るから、飲んでなかったのかもしれないなぁ……。」

 浩介の両親は酒を飲まなかったのか、って事は、地であの性格って事になるけど、他人の悪口を言ってそれを真似する様になったら嫌だし、言わないでおこう。

 浩介にとっては両親である事に変わりはない、それにまだ一緒に暮らし始めて三週間そこいらだ、ご両親の影響がどこにあるのかも、まだまだわかってない部分がある。

「浩介、天ぷら楽しみだな。」

「うん!」

「美味しいんだよぉ?でも、僕とろろのほうが好きぃ!」

 浩希と悠介は、とろろせいろを好んで食べるんだけど、なかなか渋いチョイスだな、とはいつも思ってた。

 とろろって子供は嫌がるイメージがあったし、実際俺は昔とろろ苦手だった。

 好みも人それぞれだな、って改めて思わされたというか、感心した覚えがある。


「はい、上天せいろね!」

「わぁ……!」

「食べようか。」

「うん!いただきます!」

 暫く話をしていると、順番に蕎麦が運ばれてきて、最後に俺と浩介の天せいろと上天せいろが来た。

 浩希達は待っててくれてて、やっと食べられるって顔をしてる。

「いただきます。」

「お蕎麦、久しぶりだなぁ。悠にぃ、いっつも一人で来てるんでしょ?」

「平日だからな、皆は学校だろ?」

「……。美味しー!」

 なんやかんやで話をしながら食べ始めて、浩介が海老天を口に入れたのを見たと思ったら、浩介が大きな声で言って、頬っぺたを触ってる。

「お兄ちゃん、美味しいね!」

「そうだな、美味いな。」

「あらあらー、元気な子ね!おばちゃん、嬉しいわぁ。」

 女将さんがサービスの煮物を運びながら、嬉しそうに笑ってる。

 俺が連れてくる子は、って言うのは理解してくれてるから、そういう顔を見せるのが良いと思ってくれてるんだろうな。

「お蕎麦も食べてご覧?」

「どうやって食べるの?」

「こうやって、啜るんだよ。」

 そうか、浩介は蕎麦を食べるのも初めてなのか、と思い出して、一口啜って見せる。

「こう?」

 それを不器用に真似て、ずずーっと吸い込む浩介、難しい顔をしながら一口噛み締めて、パーッと顔が明るくなる。

「美味しい!」

「あらあら、良かったわぁ。」

 蕎麦アレルギーでもあったら、なんていまさらになって思ったけど、それもないみたいでちょっと安心だ。

 浩介は、不器用に蕎麦を啜っては眼を輝かせて、天ぷらを食べては頬っぺたが緩んで、忙しそうだ。

「これも食べてみるか?」

「これはなあに?」

「コロッケだよ。お芋を潰して、ひき肉と一緒に混ぜて、パン粉っていうパンを乾燥させて細かくした粉で包んで、揚げるんだ。」

「食べる!」

 コロッケを勧めて、浩介がパクリと一口ほおばる。

「美味しー!」

 熱いかなと思ったけど、それは心配なかったみたいだ。

 眼をキラキラさせながら、浩介は夢中になってコロッケを食べてる。

「コロッケ、食べた事なかったの?寂しいわねぇ。さ、いっぱい食べなさいな!」

「はーい!」

 口いっぱいにコロッケを詰め込みながら、浩介は幸せそうに笑ってる。

 その姿が愛おしくて、可愛らしくて、つられて笑っちゃうんだけど、浩介はそれに気づかないくらい、ご飯に夢中になってた。


「美味しかったねぇ!」

「久しぶりだったけど、とろろお蕎麦美味しかった!」

「良かった良かった。また一緒に来ような。」

「うん!」

 帰りの車の中で、感想を言いながらキャッキャしてる浩介達をバックミラーで眺めながら、笑う。

 こういう、何気ない日常っていうのは、大切だし心に残る、きっと、浩介はこういった事を忘れないだろうなって。

 いつか、誰かと結婚して、なんて未来がまだまだ先かもしれないけど、きっと、幸せになれるだろうって。


「皆、寝ないの?」

「年越しだからね、皆で神社に行こうと思ってるんだよ。浩くんも行く?」

「うん、行くー。」

 時間は回って夜十時、普段なら子供達は寝ている時間だが、今日は大晦日、新年の挨拶を近所の神社にしに行く、と起きていた。

 テレビでは年末の歌合戦がやっている、年末年始の定番番組だ。

 浩介は眠そうに眼をこすりながら、しかし皆が行くのなら、と起きている事を決めた様子だ。

「お兄ちゃんはー?」

「今は仕事部屋にいるよ、タバコ吸いたいからって。」

「そっかー。」

 悠介は煙草を吸う時、仕事部屋でしか吸わない。

 子供達の前で吸うのは違うな、と本人は言っていたが、部屋中煙草の煙の中、というのも嫌なのだろう。

「ふあぁ……。お歌、綺麗だねー。」

「そうだね、今年流行ってた歌だけど、綺麗な歌だよね。」

 テレビでは、今年の流行りだった女性ボーカルの歌が流れていて、浩介は聞いた事が無かったが、綺麗だと感じていた。

 思わず口ずさみたくなる様な、そんなメロディだ。

「お、浩介も起きてたか。寝ても大丈夫だぞ?」

「起きてるー……。皆で、行くんでしょ?」

「そっか、じゃあ頑張って起きてないとな。でも眠かったら寝て大丈夫だからな?お参りは、明日の朝でも良いんだから。」

「うん……。」

 こくりこくりと首を揺らしながら、しかし浩介は起きていようとしていた。

 皆で行く、それが楽しみなのだろう。

 お参りというのも行った事がない、それも楽しみの一つ、なのだろう。

「あとちょっとで出るからなー、皆準備しておいてくれよー。」

「はーい。浩くん、寒くない様に上着持っておいで。」

「うん……。」

 ふらふらとしながら、浩介は二階に上がって、自室のクローゼットから上着を出し、着て一階に戻る。

「さて、行きますか。」

「はーい!」

 悠介の一言で動き出し、テレビとストーブを消して出かける五人。


 ボーン

 ボーン

「何の音だろう?」

「除夜の鐘、一年の始まりを告げる鐘の音だよ。そうか、浩介の家からじゃ聞こえなかったのか。」

「悠にぃ、甘酒あるってよ。」

「お、いただこうか。」

 神社についてすぐ、人がたくさんいるって訳ではないけど、それなりに混みあってる中、浩介は初めて聞く除夜の鐘の音を不思議がってた。

 ボーン、ボーンと音を鳴らす鐘、っていうのに縁が無かったのかな、なんて思いながら、悠治が甘酒を配ってる場所を見つけて、こっちこっちって呼んでくる。

「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします、だな。」

「ますー!」

「よろしくねぇ!」

「お願いします。」

「うん!」

 甘酒を貰って、乾杯して一口口に含む。

 俺は甘酒の味ってあんまり好きじゃないんだけど、悠治達は好きみたいで、年始のこの甘酒を楽しみにしてた。

「甘ーい!」

「美味しいか?」

「うーん、わかんない!」

 浩介はどうかと思ったら、どうやら俺寄りみたいだ。

 首を傾げて、あんまり美味しくなさそうな顔をしてる。

「浩くん、好きじゃないんだね、こういう味。悠にぃもそうだっけ?」

「そうだな、あんまりこういう甘さって得意じゃないんだよ。」

「そうなの?」

「そうだな。俺も好き嫌いはあるからな。」

 浩介は、意外だっていう顔をしてて、俺が苦手だっていう食べ物があったんだ、って認識したんだと思う。

 くすくす笑って、苦手なりに飲み干そうとしてる。

「さ、お参りして、おみくじ買って行こうか。浩介、はいこれ。」

「お金?」

「これをな、あそこの賽銭箱に入れて、二回お辞儀をして、二回手をたたいて、一年の無事をありがとうございました、って拝むんだ。それで最後に一回お辞儀をして、それが元旦のお参りになるんだよ。」

「うん!」

 順番が来て、俺と浩介が並んで参拝をする。

 って言っても、浩介はわかんないだろうし、俺が先にやらなきゃなって思って、浩介にこうすればいいんだよって、先に参拝する。

 浩介もそれに倣う様に参拝をして、お金を賽銭箱に放り込んで、それで悠治達が次だ。

「おみくじも引こうか。」

「おみくじって?」

「一年の運勢を占う紙の事だよ。今年はこうすると良いよ、っていう事が、色々と書いてあるんだ。」

「にいちゃ、僕達小吉だったよ!」

「僕凶だったぁ……。」

 浩介をおみくじ売り場に連れて行って、二枚分のお金を入れて。

 おみくじを引いて、開く。

「大吉?って書いてるの?大吉ってなあに?」

「大吉は一番良い運勢だな。色々と難しい事が書いてあるから、わからなかったら聞いてくれ。俺は……、中吉か。」

 商い、だとか恋愛、だとか、浩介には縁の無かった言葉が羅列されてる、それを一個一個説明していくのは、ある意味新鮮というか、久しぶりだ。

 そういえば、浩希と悠介も最初おみくじとかを知らなくて、色々説明したっけ。

「それで、それをここに結ぶんだ。」

「うん!」

 おみくじをおみくじがけに結んで、神様とのご縁を結ぶ。

「さて、帰るか。」

「はーい。浩ちゃん、悠ちゃん、帰るよー。」

「はーい!」

 近所って言っても、もう深夜だ。

 浩介は眠そうにしてるし、悠介達もそろそろ寝かさないと、体に悪い。

 撤収だ、って言って、五人で手を繋いで家に帰った。


「おはよー……。」

「浩介、おはよう。あけましておめでとう、今年もよろしくな。」

「おめでとー!」

 朝、浩介が二階から降りてくると、何やら悠介が美味しそうな匂いのするものを作っていた。

 餅を食べた事のない浩介からすれば、また未知の食べ物が待っている、とわくわくするのだろう。

「お兄ちゃん、これはなあに?」

「お餅だよ。びよーんって伸びる、もち米っていうお米を杵で突いたご飯だ。醤油と海苔で食べたり、きなこと砂糖につけて食べたり、雑煮に入れたり、そんな感じで食べるんだよ。」

「美味しそう!」

 朝食は雑煮の様で、悠介が昨晩から仕込んでいた昆布だしに、鶏肉とほうれん草、人参になると、三つ葉が入っている鍋があり、それとは別に、オーブントースターで餅を焼いていた。

 悠介のスタイルは焼いた角餅をスープに入れる、というタイプで、ベースは昆布と醤油だ。

「さ、もうすぐ出来るからな。ちょっとだけ待っててくれ。」

「うん!」

 そんな事を言っているうちに、悠治達も起きてくる。

「あけましておめでとー。」

「おめでとー!」

「おめでとぉ!」

 それぞれが挨拶をして、五人揃った所で餅が焼ける。

 悠介はカリッとした餅を汁の中に入れ、お椀によそって朝食の時間だ。

「いただきまーす!」

「はい、召し上がれ。」

 初めて食べる餅、掴んでみると悠介が言った通り伸びる、浩介にとってはそれは、初めての経験だ。

 食べ物が伸びる、という経験が無かった浩介は、眼を輝かせながらそれを口に入れ、熱さと格闘する。

「あっふあっふ!」

「熱いだろ?でもそれが美味しいんだ。」

「……。美味しい!」

「お餅ってさ、お正月くらいしか食べないけど、だから美味しいんだよね。僕、お正月っておせちよりお雑煮のほうが好きだもん。」

「おせちってなあに?」

「おせちはな、色んな料理を詰めた重箱の事でな、正月に食べる料理なんだ。取り寄せてあるから、昼にでも食べような。きなこと磯辺焼きも食べるか?」

「うん!食べてみる!」

 食欲旺盛な子供達も、悠介も、雑煮だけでは足りないのだろう。

 餅をもっと食べたい、と浩介も思っていて、きなこや磯辺焼きとはどんなものなのだろう?とわくわくしている。

「さて、焼きますか。」

 悠介が台所でせかせかと餅を焼き、子供達に渡す。

 賑やかな元旦が過ぎていく。


「さて、お年玉だな。」

「お年玉?」

「一年の最初に、大人が子供に渡すんだよ。これを使って一年を頑張りなさい、ってな。」

 朝ごはんを食べ終わって、お年玉を仕事部屋から持ってくる。

 本当なら親戚が渡す物だけど、この子らには親戚付き合いなんてのもないし、俺が渡さないと誰も渡してくれない。

 悠治は一万円、浩希は七千円、悠介は三千円、浩介は五千円を用意した。

「はい、どうぞ。」

「ありがと、悠にぃ。」

「ありがと!にいちゃ!」

「ありがとぉ!」

「はい、浩介も。お金は大切に使うんだよ?」

「うん!ありがとう!」

 それぞれお年玉をどう使おうか悩んでるみたいで、浩介に至っては初めて受け取るお金なもんだから、どれくらい何が出来るかもわかってないと思う。

 これから色々と教えていかないとな、って思いつつ、取り合えずはそういった習わしがある、って事とかも先に伝えとかなきゃなって。

「お小遣いは別で出すからな、楽しみにしておいてくれ。」

「お小遣い?」

「一か月に一回、お金を渡すって事だよ。小遣い、一か月毎に何に使うか、それとも貯めておくかは自由だ。」

「うん!」

 浩希と悠介は、何に使おうか、なんて話をしてて、悠治は必要な時以外は貯めておくタイプだ。

 浩介がどっちになるかはわかんないけど、困らないくらいには色々教えて上げないとだ。

 じゃないと、高校卒業して働きだした頃の俺みたく、生活に困るくらい色々と買い込んじゃう、なんて事になりかねない。

「さて、お年玉も上げたし、新年らしい事っていうと、後は何があるかな?」

「あれがあるんじゃない?町内会の餅つき大会。」

「あー、あれか。行くか?」

「行くー!」

「餅つきってなあに?」

「餅つきはな、さっき食べたお餅を、実際に作ってみるっていう行事だよ。杵と臼で、もち米をついて、出来立てのお餅が食べられるんだ。」

 餅つきが楽しそうだ、って浩介はきらきらしてて、確か明日の昼だったはずだ、って町内会の予定表を眺める。

 元旦はお休み、二日の昼一時から餅つき大会、って書いてあって、予定は間違ってなさそうだ。

「明日が楽しみだな。」

「うん!」

「お餅、美味しいの食べれるかなぁ!」

「つきたてのお餅は一番おいしいからな、食べられるさ。」

 楽しみだ、と皆で話をしながら、まったりとした時間が過ぎていく。

 こたつに入ってみかんを食べながら、和やかな元旦が過ぎていった。


「こんにちは、君はどこの子かな?」

「悠介お兄ちゃんと一緒に暮らしてます!浩介です!」

「悠介、坂入君の所か。坂入君、君はまた……。いや、何も言うまいて。子供が増えるのは良い事だ、最近は少子化が嘆かれているからね。」

「お久しぶりです、会長。」

 一月二日、午後一時。

 餅つき大会には、近所の子供達やその連れの親、町内会の老人達が集まっていて、浩介を初めて見る子供達や老人達に、挨拶をして回っていた。

「お、浩介じゃねぇか!」

「誠也君!」

「やっぱよ、これやんねぇと一年が始まった、って感じがしねぇよな!」

 学校の同級生、誠也も来ていて、冬休みに入ってから会っていなかった浩介と、少しだけ久しぶりだと笑っている。

 他にも学校の同級生や、上級生や下級生も来ていて、この町内会は賑わっているという様子が伺える。

「さ、始めるがや!」

「浩介、並ぼうか。」

「うん!」

 浩希と悠介を悠治に任せ、悠介と浩介は一緒に並ぶ。

 並んだ順番が早かったからか、列が出来る前に並ぶ事が出来て、最初の方に並ぶ。

「えいさー!」

「ほーい!」

 子供達が、親に手伝ってもらいながら、順番に餅をついていく。

 杵は案外と重たい、小学校低学年の子供では一人では持てないだろう。

「さ、浩介。やってみよう。」

「どうするの?」

「杵をもって、思いっきり餅に振るんだ。杵が重たいだろうから、一緒にやろうか。」

「うん!」

「行くぞ?せーの!」

「よいしょ!」

 浩介と一緒に杵を持ち上げ、悠介が振り下ろす。

 餅のぷにっとした感触と、臼の固い感触が手に残り、もう一回もう一回とやりたくなってくる。

「五回までだからねー。」

「うん!」

「さーん!」

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく、五回餅をつき終えて、浩介と悠介はその場を離れて、悠治達を待つ。

「楽しかったか?」

「うん!すっごい重たかった!」

 興奮気味の浩介と、その浩介の頭を撫でながら笑っている悠介。

 まだ出会って一か月も経っていなかったが、絆は確かにそこにあった。

「ふー、楽しかった。」

「楽しかったね!」

「ねぇ!」

 そこに悠治達も合流して、餅が出来あがるのを待つ。

「浩介!初めての餅つきどうだった?」

「誠也君!楽しかったよ!」

「そうだろ?」

 誠也も父親と共に餅つきを終え、浩介の所に挨拶をしに来た。

「坂入さん、お久しぶりですね。」

「お父さん、お久しぶりです。誠也君には、いつもお世話になってばっかりですよ。いつも、ありがとうございます。」

「いやいや、誠也も喜んでますから。」

 誠也の父と悠介は顔見知りで、新年の挨拶とちょっとした小話をしている。

 浩介は、早く餅が出来上がらないか、とわくわくしながら、そわそわと体を揺さぶり、誠也達と話をしていた。


「餅が出来たど。皆、食うべ!」

「はーい!」

「浩介、貰っておいで。」

「うん!」

 餅が出来たってんで、浩介に食べてくる様に話をすると、わくわく顔の浩介は、誠也君と一緒に餅を食べに行く。

 つきたての餅、美味しいんだけど、俺はちょっと食いすぎたからやめとこうかな、なんて思ったり。

 そろそろ本格的にダイエットを始めないと、って医者にも言われてる、健康診断でも悪い評価だし、そろそろ体にも気を使わないとだ。

「お兄ちゃん!びよーんってなる!」

「そっか、良かったな。」

「美味しい!」

 餅を伸ばしながら、浩介はもぐもぐと食べてる。

 その表情はとっても嬉しそうで、出会ったばかりの時の何処か怯えた表情もない、幸せそうな笑顔だ。

 幸せになってくれて良かった、幸せそうに笑ってくれて良かった。

 この笑顔がいつまでも続けばいいな、と思う。


「楽しかった!」

「そうだな、楽しんでもらえて何よりだ。」

「お兄ちゃんはお餅食べなくて良かったの?」

「そうだなぁ、ちょっと食いすぎだって医者からも言われてるからな、ちょっと控えないとだ。」

「お医者さんそう言う事言うの?」

「太りすぎは健康に悪い、って言われるんだよ。」

「そうなんだ!」

 悠治達と歩きながら、浩介は医者がそういう事を言う事もあるのか、と頷いている。

「でも、にいちゃのぷにぷにお腹が無くなっちゃうの、ちょっと寂しいよね!」

「ねぇ!」

「あはは……。でも、長生き出来ないって言われたら悲しいだろ?俺、皆が結婚して子供出来るまで、死にたくないからな。」

 結婚、って言っても、まだ悠治が中学二年生だし、まだまだ先の話だ。

 とは思いつつ、悠治と出会って四年、あっという間に過ぎていったから、案外と遠くない未来なんじゃないか、とも思ってる。

 考える、その時俺はなんて言って、子供達を送るのか、どんな子が来るのか、なんて。

「お兄ちゃん、笑ってるー。」

「ん?おう、ちょっと考え事をな。」

「そういえば、悠にぃは結婚とか考えた事ないの?」

「ん?結婚か?……。そうだな、いつか結婚しよう、って言ってた相手はいたな。」

 それは、とても懐かしい記憶だ。

「どんな子だったの?悠にぃが恋するって、ちょっとわかんないや。」

「そうだな。素直で、可愛らしくて、ちょっと子供っぽくて、お茶目でな。学校の同級生だったんだけどな?」

「お兄ちゃん、結婚しなかったの?」

「その子はな、死んじゃったんだ。高校卒業寸前で、事故にあったんだ。約束したのに、親御さんにも挨拶を済ませてて、施設育ちだっていうのに受け入れてくれたのに。だから、俺は結婚する気はないんだ。あの子に、悪いと思っちゃうから。」

「その親御さん達とは関わってないの?」

「娘を思い出すから辛い、って言われてな。それ以来疎遠だ。正月にはがきくらいは届いてるけど、それ以外は連絡する事もないな。俺も、まだあの子の死を受け入れられきれてない部分がある、あの子がもしかしたら、俺の嫁さんになってて、一緒に暮らして、子供が生まれて。そんな人生を思い返す事もある、だからなのかな、恋人を作ろうって気にならないんだ。」

 思えば、あれから八年くらいは経ってるのか。

 恋人だった春ちゃんが亡くなって、葬式以降ご両親とも会ってなくて、はがきが来てるから、向こうも俺が生きてる事はわかっててくれてるだろうけど、なんとなく会おうとは思えない、ただ、たまに墓参りには行く、その時一回だけばったり会って、なんとなく気まずくて。

「好きだったんだね、その子の事。」

「そうだな。生涯を掛けて愛しぬく、そんな事を考えられる程好きだった。だから、他の人と結婚するっていうのは考えてない。それに、悠治達がいてくれるから、俺はそれで良いんだ。」

「お兄ちゃんが好きだった人、どんな人なのかなぁ?」

「写真ならあるぞ?仕事部屋に飾ってあるから、後で見せてあげようか。」

「うん!」

 今思い返せば、春ちゃんと結婚してたら、もしかしたら悠治達とは一緒にならなかったかもしれない。

 普通に家庭を持ってたとしたら、保護しようっていう事にもならなかったかもしれない。

 でも、春ちゃんが今俺を見てくれてたら、きっとそうするべきだって言ってくれてたと思う。

 なんとなくだけど、そんな気がするんだ。


「これだよ、こっちが春ちゃんで、後ろにいるのが春ちゃんのご両親だ。」

「綺麗!」

「美人さんだろ?俺にはもったいないくらいだな。」

 家に帰ってきて、仕事部屋で写真を見せる。

 浩介は、俺よりだいぶ小さい春ちゃんが同級生だとは思えない、って顔をしてて、でも同級生と言ってたし、と混乱してるみたいだ。

「お父さんとお母さんは、会わないの?」

「そういや、はがきが来てたな。えーっと、これだ。」

 正月年始の挨拶のはがき、今年も来てて、そこには春ちゃんの妹の綾ちゃんが結婚する、っていう報告と、今更だけど結婚式に参列してくれないか、っていう文言があった。

「結婚式、か。」

「結婚式って?」

「結婚をお祝いする、皆で集まる場所の事だよ。出来れば来て欲しい、って書いてあるんだ。」

「そうなんだ!」

 行こうかどうか、悩むな。

 久しぶりに会いたいっていう気持ちはある、でも今更どの面下げて会いに行けばいいんだろう、っていう気持ちもある。

「お兄ちゃん、このお手紙はなあに?」

「ん?結婚式の招待状だな。悠治、一緒に置いといてくれたのか。」

「きらきらしてる!」

「結婚式に来れるかどうか、教えて下さい、っていう手紙だな。さて、どうしたもんか……。」

「行かないの?」

 きっと、浩介にはこの話をしても理解はされないだろうな。

 はがきのほうには現在の電話番号も書いてあって、そっちに先に電話をした方が良いかな、とも思う。

「浩介、俺はちょっと電話を掛けるから、リビング行っててくれるか?」

「うん!」

 浩介は素直に仕事部屋を出て行って、俺一人だ。

「……。」

 スマホをタップして、電話番号を入力して、少し悩む。

 でも、これもきっと春ちゃんが繋いでくれた縁なんだ、と思って、勇気を出してコールする。

「もしもし?」

「お久しぶりです。」

「どちら様?」

 昔と変わらない、お母さんの声。

 懐かしくて、嬉しくて、寂しくて、ちょっと涙が出てくる。

「悠介です。綾ちゃん、結婚おめでとうございます。」

「悠ちゃん……?悠ちゃんなの……?」

「はい。はがき、届きました。」

「……。ごめんなさい、泣くつもりはなかったのに……。」

 電話の向こうで、お母さんも泣いてる。

 最後にあったのは七年前、春ちゃんの墓の前でばったり会った時だ。

 それ以来、向こうが会いたがらなかったし、俺から連絡する事もなくて、連絡先も多分お互い消してて。

 きっと、一縷の望みを掛けて、電話番号を書いてくれたんだと思うんだ。

「……。俺が、結婚式出ても良いんですか?綾ちゃんにとっても、春ちゃんは大切なお姉ちゃんだったでしょう?俺が行っちゃったら、寂しい思いさせるんじゃいかって、思うんです。」

「……。綾ちゃんがね、悠ちゃんにも、お祝いしてほしいって、言っていたのよ。お兄ちゃんだから、って……。」

「あの頃は、春ちゃんの取り合いしてたみたいだったのに、そう思ってくれてたんですか……?」

「えぇ……。お姉ちゃんの事を考えたら、ライバルかもしれないけど、それでも、私にとってはもう一人お兄ちゃんが増えたんだ、って喜んでて……。それで、結婚するという話になって、悠ちゃんに何とか連絡を取れないかって、私に相談をしてきたの。それで……。それで、私が年賀状のやり取りをしてる事を伝えたら、結婚式に来て欲しいって。迷惑だったかしら……?」

「嬉しいです。綾ちゃんの花嫁姿、楽しみにしてます。」

「ありがとう、悠ちゃん……。それで、今度……。会わない?七年も会っていないから、私もお父さんもだいぶん老けてしまったけれど……。でも、会いたいのよ。」

 会いたい、それは俺もずっと思ってた。

 でも、会えないんだって思ってた、お父さんとお母さんと思ってた、自分達の事を両親だと思ってくれと言ってくれた、素敵な人達と、もう二度と会えないと思ってた。

「うち、遊びに来てください。弟が四人いるんです。血は繋がってないけど、大切な弟達が。会ってもらえませんか?」

「そうだったの……?えぇ、是非会いたいわ。貴方は素敵な子だったもの、きっと、貴方の弟ちゃん達も、素敵な子だわ。」

「ありがとうございます。それじゃ、日程を……。」

 泣きながら、でも嬉しかった。

 浩介達と会わせる約束をして、綾ちゃんも結婚前に会っておきたいから、って言ってくれてたらしくて、三人が遊びに来る予定が出来た。

「……。それじゃ、待ってます。」

「えぇ。またね、悠ちゃん。」

 電話が切れる、俺はふーっとため息をつく。

 久しぶりに声を聞いた、前の声より少し落ち着いたというか、翳りがあったのは少し気になる所だったけど、でも、元気そうで良かった。

「お兄ちゃん、お電話終わった?あれ?泣いてるの?」

「ごめんな浩介、こんな姿、見せたくなかったんだけどな。」

「よしよし、大丈夫だよ、お兄ちゃん。」

 デスクチェアに座って泣いてると、浩介が入ってくる。

 慌てて涙を拭ったけど、それはばれてたみたいだ。

 小さな手で、頭を撫でてくれる。

「ありがとう、浩介。でも大丈夫、嬉しくて泣いてただけだから。」

「嬉しくても泣いちゃうの?」

「そう言う事もあるんだよ、きっとそのうち、わかる日が来る。」

 浩介の頭を撫でながら、俺は思い出す。

 昔、春ちゃんも小さな手で、頭を撫でてくれたなって。

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