喜びの日々
「さて、始めよっか。買い物行く人ー!」
「はーい!」
「行くー!」
「僕も!」
朝起きて、ご飯を食べ終わったと思ったら、四人は出かけていく。
俺一人残されて、さてのんびりしようかとコーヒーを淹れて、リビングのソファに座ってテレビをつける。
「ふー……。」
こうしてみると、一人の時間っていうのも久しくなかった気がする。
大体仕事か、誰かが家にいるかで、一人でゆっくりする事はなかったなって。
「まったく……。」
ニュースを眺めながら、これからの事を考える。
浩介の両親は、自分達に子供はいないという主張を繰り返している、それを家裁相手に言っている、と矢川さんから聞いてたから、多分親権というか、養子縁組に関しては問題ないだろうな。
でも、それをどう浩介に伝えたもんか、って所で悩む。
子供ってのはどうしたって親の愛情を求めるもんだ、っていう矢川さんの言葉の通り、子供っていうのはどうしたって親に愛されたいと願うもんだ。
それは、一種の本能とも言えるだろう、子供が生存する為に、自然と発露する本能だ。
それを否定する事になる、それは浩介にとって、苦しい想いをさせてしまう事になるだろう。
いつかは伝えなきゃならない事だけど、今の幸せに水を差す様な事もしたくはない。
「……。」
ちょっと眠いな。
眠って、起きたらまた考えよう。
「えーっと、人参とじゃがいもと玉ねぎと……。」
「悠治にいちゃ、お肉はどれにするー?」
「うーん、せっかくなら牛肉にしたいよね。ゴロゴロ食感のやつにしよっか。」
「これも入れるー?」
四人で買い物に出てきた悠治達は、スーパーで食材とにらみ合いをしていた。
普段は料理を作らない、基本悠介が料理をしているのだから、わからない事もあるのだろう。
悠治はスマホを見ながら、必要な食材を籠に入れていく。
「悠治お兄ちゃんが持ってるのって、なあに?」
「これ?これはスマホって言ってね、電話したり色々と調べたり、誰かにメールを送ったり出来るんだよ。ビデオ通話、って言って、相手の顔を見ながら電話したりも出来るんだよ。」
「すごーい!浩ちゃん達は持ってないの?」
「中学生になったら、って約束なんだぁ!僕はまだ二年生だから、もうちょっと先だぞ!ってにいちゃが言ってた!」
「そうなんだ!僕も中学生になったら買ってくれるかなぁ!」
「買ってくれるよ、大丈夫。今はおうちの電話で我慢してね?」
「はーい!」
中学生になったら、というのは悠介が決めた約束事の一つだ。
ある程度は情報の取捨選択が出来る様になってから、ある程度そういったものに対する考え方がわかる様になってから、というのが悠介の考えで、悠治は中学に上がると同時にスマホを買い与えられた。
浩介は悠介と出会った時に、スマホに触っていたのだが、忘れていた様子だ。
「ケーキはどうするの?」
「うーん、僕はスポンジ焼けないし、市販の買っていこうかな。」
「悠治にいちゃー、こっちこっち!」
クリスマスが近いという事もあり、スポンジケーキは簡単に見つかる。
チョコレートとプレーンがあり、確か悠介はチョコレートが好きだったな、と悠治は思い出し、チョコレートのスポンジを籠に入れる。
「後は……。」
「いちご買っていこ!」
「いちごってなあに?」
「果物だよ!甘くて美味しいの!」
果物コーナーに行って、苺を持ってくる浩希。
悠介は果物が好きで、よく買っていたのだが、最近は蜜柑をよく食べていた。
冬と言えばこれだろう、とこたつに入りながら食べている姿をよく見ていたのだが、苺も好きだろうというのはよくわかっている。
「真っ赤!」
「美味しいんだよぉ?昨日のケーキには入ってなかったね!」
「昨日のはザッハトルテだったからね。」
「ザッハトルテ?」
「チョコレートのケーキだよ、焼いたスポンジをくるくる丸めて、それにクリームとチョコレートを掛けるんだ。浩くん、もしかして興奮しすぎて忘れちゃった?」
浩介が昨日食べたザッハトルテ、勿論浩介は初見だった訳だが、プレゼントやら寿司やらの興奮であまり覚えていなかった様子だ。
ケーキを初めて食べた、という体験は心に残っていたが、何を食べたかまでは認識しきれていなかった、というのが正しい所だろう。
「美味しかったけど、うーん……。」
「初めてだらけだからね、仕方ないと思うよ?これから、いっぱいそういう体験を出来ると良いね。」
「うん!」
少し落ち込んでしまった様子の浩介だったが、悠治の言葉で元気になる。
さて材料は揃った、と四人は会計をすまして、家に帰る。
「ただいまー。」
「ただいまぁ!」
「お帰り、買い物ありがとうな。」
うとうとしながら考え事をしてると、悠治達が帰ってくる。
大荷物抱えて帰ってきて、じゃあ始めますか!って張り切ってる。
「悠にぃは休んでてね、じゃないと意味がないから。」
「わかった、怪我しない様に気を付けてくれな?」
「うん。」
キッチンに四人で立って、準備を始めてる。
俺はちょっと心配だったけど、まあ悠治は料理する事もあったし、大丈夫かな?
「食材を切る時は、こうやって猫の手って言ってね?指を中に置いて指を切らない様にするんだよ。」
「はーい!」
「浩くん、スポンジにクリーム塗ってもらってもいい?」
「どうすればいいの?」
耳を立ててると、そんな声が聞こえてくる。
混ざれないのはちょっと寂しいけど、子供達がこうやって主体性を持って何かをする、っていうのは嬉しいし感心だ。
キャーキャーと歓声を上げながら、四人は順調にご飯を作ってるみたいだ。
「これを焼いてっと。」
「ハンバーグ!」
「そうだよ、浩くんはハンバーグは食べた事あるの?」
「えっとね、この前お兄ちゃんに連れて行ってもらったの!」
服を買いに行った時に寄った洋食屋での事を、浩介は覚えていた様だ。
悠治が不器用に纏めたハンバーグを見て、焼いている所を眺めながら話をしている。
カレーももう煮込んでいて、浩希と悠介が交互にかき混ぜていて、ケーキももう出来て、今は冷蔵庫にしまってある。
後はハンバーグを焼けば完成、という所で、悠治があ!っと声を出す。
「ろうそく買うの忘れてた……。」
「ろうそく?」
「ほら、お誕生日のケーキに刺さってたやつ。あちゃー……、まあ仕方ないか。」
仕方ないか、と悠治はため息をついて、ハンバーグをひっくり返す。
浩介は、ろうそくがそんなに大切なものなのだろうか?と疑問符を浮かべていた。
「えーっと、竹串をさして、透明な肉汁だったらオッケーで……。」
「わぁ……!」
少しの間蒸し焼きにしていたハンバーグに竹串を差し、肉汁が透明になっている事を確認する悠治。
浩介は、それを見ながらこの食べたハンバーグがある!と眼をきらきらさせていた。
「悠治にいちゃ!カレー出来たよ!」
「出来たぁ!」
「オッケー、じゃあ盛り付けよっか。浩くん、お皿出してもらってもいい?」
「うん!」
浩介が皿を出し、ご飯を乗せてカレーをかけて、その上にハンバーグを乗せれば、不器用な形だが立派なハンバーグカレーの出来上がりだ。
リビングのテーブルに四人で運んで、悠介がまどろんでいる所に声をかける。
「お兄ちゃん!ご飯できたよ!」
「ふあぁ……、ありがとうな、皆。」
あくびをしながら、悠介は感謝を伝える。
四人は嬉しそうに笑うと、さてさてご飯だ!と席に着く。
「いただきます。」
「まーす!」
悠治達が見守る中、悠介が一口ハンバーグとカレーを口に入れる。
「うん、美味しい。皆の優しさが詰まった、美味しい味だ。」
「やった!」
「良かったぁ……。さ、僕達も食べよ。」
「いただきます!」
悠介の感想を聞いて、ホッとする悠治。
自分達も食べようと声をかけ、五人で食事だ。
「美味しい!悠治お兄ちゃん、美味しいよ!」
「そう?よかった、初めてだったから緊張してたんだよね。」
悠治は初めて作ったハンバーグの味を気にしていて、浩介達が美味しいと言うと、ホッとした表情を見せる。
楽しい食事、会話が弾むわけでもないが、安心出来る時間が過ぎていく。
「ケーキ!」
「皆で作ったんだ、って言っても、市販品しか使ってないけどね。」
「嬉しいよ、ありがとう。」
ご飯を食べ終わって、食器を下げて、悠治がケーキを冷蔵庫から引っ張り出してくる。
市販のクリームと苺をはさんだだけのシンプルなチョコケーキ、でも俺は、それが好きだった。
去年だったか、悠治がケーキを作りたい、って言って、自分のお金で初めてプレゼントしてくれたのは。
それがたまらなく嬉しくて、この子達は優しい子に育ってくれてるんだなって、安心もする。
「いただきます。」
懐かしい味がする、それは施設で食べた、誕生日ケーキの味だ。
施設にいた頃も、職員さん達が市販のスポンジとクリームを使って誕生日ケーキを作ってくれて、それがえらく美味しくて、嬉しくて。
小学五年までケーキなんて食べた事がなかった俺は、安いケーキだけど、って言われて出されたそれが、とっても好きだった。
独り暮らしを始めた頃、お菓子作りに興味をもって、ケーキを焼き始めたんだけど、悠治が来るまではふるまう相手もいなくて、ちょっと寂しくて。
「美味しいよ、ありがとう。」
「美味しい!」
「苺入れて良かったね、この時期ってまだ季節じゃないけど、美味しいや。」
苺はちょっと甘酸っぱくて、チョコの甘みによく合ってる。
苺、ちょっと高かっただろうに、奮発してくれたんだな。
「ホントにありがとうな。」
「いえいえ、これくらいしないと罰が当たっちゃうよ。」
「次は僕達が頑張る!」
「ねぇー!」
「うん!」
来年が楽しみだ、なんて思いながらケーキを食べてワイワイ話をする。
こんなささやかな幸せが、ずっと続くと良いな、なんて思いながら、俺はケーキを食べた。




