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愛を売るので、心をください。  作者: 悠介


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3/13

兄弟として

「やだぁ!」

 眼が覚める。

 悪い夢を見た、とても怖い夢を見た、気がする。

 しかし、どんな夢だったか、思い出せない。

「浩介、おはよう。」

「お兄ちゃん……!」

 悠介の声を聞くと、何故か涙がこみあげてくる。

「お兄ちゃん……、ごめんなさい……!」

「何を謝ってるんだ?何も悪い事なんてしてないだろう?」

「でもぉ……!」

 ひっぐひっぐと嗚咽をこぼしながら、浩介は悠介にしがみつく。

 怖かった、とても怖かった、泣いてしまう程怖かった。

 悠介は、ここにいる。

 しかし、いなくなってしまう、そんな気がして。


「そうだ、ランドセル買いに行かないとな。」

「ランドセル?」

「小学校で使う移動用のバッグだよ。通ってないって事は、持ってないんだろう?そもそも、親御さんが話がつかないんだ、持ってたとしても渡してもらえるどうかもわかんないからな。」

 悠治達が部活やらクラブに行って、昼ご飯を簡単に済ませてから、思い出す。

「よし、買い物行くか。」

「うん!」

 朝泣いていたから、何かあるのかなって思ってたけど、気持ちは落ち着いてるみたいだ。

 良かった、って思いながら、俺は車のキーをもって、上着を着て浩介とお出かけ。


「どの色がいい?」

「えーっと、うーんと。」

 デパートの小学校のポップアップに来て、丁度次の小学生に向けての商品が並んでて、ありがたい。

 浩介は、色とりどりのランドセルを見て、どれにしようか真剣に悩んでる。

「これ!」

「青色か、俺の時にはなかったなぁ。」

「そうなの?」

「俺の頃はな、男の子が黒で女の子が赤だったんだ。でも、今はこんな風に色とりどりのカラーリングがあるっていうのは、感心だな。」

 浩介は青いランドセルを選んだ、値段は七万円くらいだし、そんな痛い買い物でもない。

 他にも筆記用具とか、筆箱とか、そういうのが必要だろうから、って一旦移動。


「筆箱はどれがいい?色鉛筆は?算数セットもいるか……。」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「どうした?唐突に。」

「だって……。こんなにいっぱい、お金かかるんでしょ?」

「そんなの、子供が気にする事じゃないよ。お金の心配はいらないよ、これでも俺、金だけは持ってるから。」

 筆箱を選んでる時に、ふと浩介が聞いて来る。

 どこか不安そうな、自分がこんなに選んでいいのか、そんな顔をしてる。

 俺は笑いながら、心配ない事を伝えると、浩介はホッとしたみたいだ。

「くまさん、あるかなぁ。」

「浩介はくまさんが好きなのか?」

「可愛いから!」

「そっかそっか。あ、これなんてどうだ?」

 なんて話をしてると、丁度くまのぬいぐるみがプリントされた筆箱を見つける。

 浩介はそれを取って、つぶさに眺めていたが、それがいいと決めて籠に入れる。

「可愛いな。」

「ねぇ!可愛い!」

「浩介も可愛いよ、くまさんも可愛いけどな。」

「えへへ……。」

 一通り学校に通うのに必要な道具を揃えると、だいぶだいぶな量になった。

 まあいっか、なんて思いながら、車にそれを乗せておやつでも、と思ってデパートから少し離れた喫茶店に入る。


「フレンチトースト二つと、クリームソーダ、それにカフェオレをお願いします。」

「フレンチトーストにクリームソーダ、カフェオレですね、少々お待ちください。」

「フレンチトースト、ってなあに?」

「パンを卵と牛乳とお砂糖を混ぜたのに漬け込んで、焼いたお菓子だよ。美味しいぞ?」

 浩介は、どんなお菓子が来るのかと想像してて、眉間にしわを寄せながら唸ってる。

 まあ、アイスを知らなかったくらいだから、フレンチトーストなんて縁はなかっただろうな、とは思うけど。

「こちら、クリームソーダです。」

「あれ?昨日のとちょっと違うよぉ?」

「昨日のはアイスクリーム、これはソフトクリームだな。ソフトクリームのほうが柔らかいんだ。美味しいから、食べてごらん?」

「いただきます!」

 ソフトクリームをスプーンですくって、一口ぱっくりと食べる。

 眼がきらきらして、美味しいって震えながら感動してる浩介、そんな浩介を見てると、なんだか笑えてくる。

「美味しい!」

「良かった、いっぱい食べていいからな?」

「うん!」

 昨日初めて飲んだメロンソーダに、新しく加わったソフトクリームの組み合わせは、子供には魅力的だろう。

「フレンチトースト、お持ちしました。」

「はい、ありがとうございます。」

「どうやって食べるの?」

「ナイフとフォーク使って、こうだよ。」

 続いてフレンチトーストとカフェオレが来て、浩介はこのパンをどう食べればいいのかと聞いてくる。

 流石にナイフとフォークの使い方は知らないかな?って思って、先に実践して見せる。

「えっと、こう?」

「そうそう、ナイフで切って、フォークで取るんだ。」

「……。美味しい!甘いよ!」

 四苦八苦しながら俺の真似をして一口フレンチトーストを口に放り込んだ浩介は、頬を緩ませながら笑う。

 それだけ美味しかったんだろう、不器用な作法でナイフとフォークを使って、あっという間に食べ終わる。

「美味しかったぁ……!」

「それは良かった。浩介は食べた事ない物が多いから、教えがいがあるな。」

 それは悲しい事だ、本来ならもう知っていてもおかしくない年齢で、知らないのだから。

 ただ、それを悲しい事として認識させたくなかった、初めての経験は何にも代えがたい感動がある、だから、出来るだけ幸せな経験にさせてあげたかった。

「お兄ちゃんが飲んでるのは、なあに?」

「コーヒーだよ。苦くて飲めないかもな?」

「苦いのって美味しいの?」

「癖になる美味さっていうのがあるな。苦いって言っても、野菜の苦さとはまた違う、そんな感じだよ。」

 飲んでみるか?って浩介のほうにカップを渡すと、浩介は飲むかどうか悩んでるみたいだった。

 苦いのが苦手なのかな?

「……。にがあい……。でも、美味しい!」「お、コーヒーの良さがわかるってのは、なかなか大人だな。」

「えへへー。」

 一瞬嫌そうな顔をした後、笑う浩介。

 まあ、カフェオレだし砂糖は入ってるし、飲めなくもないかなとは思ってたけど、悠介はまだコーヒーは甘みがあっても飲めないから、浩介の反応は意外だ。

「さて、食べ終わったら帰るか。二人がそろそろ帰ってくる時間だしな。」

「お兄ちゃん、あのね……。」

「どうかしたか?」

 帰ろうとレジに行くと、浩介がもじもじして俺を引き留める。

 何かあったかな、何か買い忘れでもあったかな、なんて思いながら、浩介が口を開くのを待つ。

「野球、やりたいなって……。」

「野球か。そっか、わかった。じゃあ、来週にでも監督に相談しに行こうか。グローブもその時買うかな。」

「良いの……?」

「勿論だ。やりたい事、なんでもやってごらん?きっと、楽しいと思うぞ?」

「やったー!」

 嬉しさを全身で表す浩介、そんな浩介を見てると、引き取って良かったなと思う。

 きっと、引き取られてなかったら、これからもずっと、抑圧され続ける人生を送ってたんだろうな、って。


「ただいまー。」

「ただいま!」

 まだ誰も帰ってきてない家に帰ってきて、手紙が来てる事に気づく。

「浩介、小学校浩ちゃん達と同じだな。」

「そうなのぉ?」

「転校生として扱って、明日からぜひいらしてください、だってさ。」

 手紙は学校からのもので、結構迅速に動いてくれてるんだなって関心。

 浩介のクラスは決まっていたが、一度も学校に来ていなかった為、転校生扱いの方が気楽だろう、と気遣いの言葉まであった。

「学校、楽しみだな。」

「うん!」

「明日から早速おいで、だって。教科書とかは用意しきれてないけど、まあ大丈夫だろうとも書いてあるな。良かったな、浩介。」

「学校……、楽しいかなぁ!」

「勉強もしなきゃならないから、楽しいことばっかりじゃないとは思うけどな。でも、友達と一緒に遊んだり、一緒に勉強したり、っていうのは結構楽しいぞ?」

 浩介はわくわくを全身で表現したいって感じで、体をぶるっと震わせてそわそわしてる。

 とりあえず学校に関して忌避感でもあったらと思ってたから、そこは良かった。

 学校側も受け入れ準備は出来てるみたいだし、ここも安心かな。

「さ、今日は準備しないとな。勉強机は、俺の部屋の机を片付ければ良いだろう。」

「うん!」

 浩希と悠介が帰ってくるまで、とりあえず片付けの時間だ。

 両手いっぱいの荷物をもって、二階の俺の部屋に行って、片づけを始めた。


「お兄ちゃん、これだあれ?」

「ん?ああ、おっちゃんだよ。俺も名前は知らないんだけどな、世話になった人なんだ。施設に行く前日に、写真を一枚でいいから撮っておきたい、ってせがんでな。それで撮ってもらったんだ。そんな所で埃かぶってるとは思わなかったな。」

 机を整理してる最中、浩介は一枚の写真を見つける。

 その写真には、まだ幼い頃の悠介と、手を握って一緒に写っている中年男性の姿があった。

 悠介が度々口にする「おっちゃん」とは、この人物の事であり、悠介が忘れられない、忘れてはいけないと考えている人物だ。

 ぱっと見は少しいかつい顔をしているが、笑顔がとても優しく、穏やかな人物なのだろうという事が伺える。

「どっかに飾っておくかな……。」

 仕事部屋にでも置いておくか、と悠介が悩んでいる内、浩介はつぶさにその写真を眺めていた。

 悠介はその頃はまだ痩せていて、面影はあるがまったく違う体型で、よく見ると悠介だ、という程度にしかわからない。

「お兄ちゃん、痩せてたんだね!」

「そうだな。昔の話だけどな。」

「でも、今のお兄ちゃんのぷにぷにお腹も良いなぁ!」

「浩ちゃんも悠ちゃんも、同じこと言ってたな。お腹ってそんなに良いか?」

 浩希と悠介も、悠介のお腹が好きだと言っていて、ダイエットをしようかとぼやくたびに、ぷにぷにお腹が、と言っていた。

 自分としては邪魔なだけなんだがな、と悠介は思っていたが、なんだかそれが可愛くて、痩せるという選択肢があまり思いつかない、というのはあった。

「これはこっちで、っと。」

「これは?」

「向こうにしまおうか。俺の荷物は仕事部屋に持っていって、浩介のものを置こう。」

 そんな話をしながら、片づけを進めていく二人。

 あっという間に時間は過ぎていって、気が付けば浩希と悠介が帰ってくる時間になっていた。

「この辺で良いかな。浩介、後は自由にもの置いて良いからな?」

「うん!」

 浩介は、生まれて初めて自分が自由に出来る空間というのを手に入れて、嬉しそうに笑う。

 悠介はそんな浩介の頭を撫でながら、二人を出迎えに一階に降りた。


「ねぇお兄ちゃん、あのね。」

「なんだ?」

「僕、お兄ちゃんと家族になりたい。悠治お兄ちゃん達とも、一緒になりたいんだ。」

「じゃあ、養子縁組するか。ってなると、坂崎じゃなくて坂入性になるけど、良いか?」

「うん!」

 夜ご飯を食べ終わって、浩介と風呂に入って、寝る前。

 もじもじしながら何を言うのかなと思ったら、家族の事だった。

 勿論良い、というか俺はそのつもりだったし、丁度良いって言った方が良いかな?

 一緒に暮らす、って言っても、養子縁組をしておかないと、手続きがいろいろと面倒になりがちだし、浩介と家族になりたいとも思ってたから。

「今日は寝なさい、明日から学校だ。」

「楽しみだなぁ……。」

 まどろみの中へ落ちていきながら、浩介はきっと、友達でも出来る想像をしてるんだろう。

 ニコニコ笑いながら、眠りについた。

「……。」

 本当に、両親に毒されてなくて良かった。

 これで、庶民が云々言い始めたら、俺は怒らなきゃいけない所だったし、そもそも俺と関わろうだなんて思わなかっただろうし。

 ホッとすると、なんだか眠くなってくる。

 俺も寝よう、明日からが踏ん張りどころだ。

 なんて事を考えてると、意識が飛んでいく。

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