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愛を売るので、心をください。  作者: 悠介


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さようなら

「浩介が小学校卒業か……。早いな。」

「お兄ちゃん!準備出来たー?」

「出来たよ、行こうか。」

 希美が生まれてから一年半、浩介は小学六年生に上がって、あっという間に卒業式だ。

 その前に浩希の卒業式があって、それはそれで泣いたんだけど、それは内緒にしてる。

「行こうか。」

「うん!」

 スーツに着替えて、浩介も仕立てたスーツを着させて、卒業式に向かう。


「坂入浩介君。」

「はい!」

 卒業式は順調に進行して、卒業証書授与の時間。

 浩介が呼ばれて、緊張している面持ちで壇上に上がって、その姿を見て泣きそうになる。

 思えば出会いは三年前、まだ悠治が中学二年生だった頃。

 もう悠治は高校二年生、そろそろ大学受験が始まる。

 そんな色んな事があった八年間、希美もあっという間に一歳になって、今ではつかまり立ちをしてるくらいに成長した。

 矢川さんから、そろそろ子供達が独り立ちした後の身の振り方を考えたらどうだ?なんて言われてるけど、まだまだその時は早い、と思いつつ、あっという間に時間は過ぎていくんだろうな。


「中学校は楽しいかなぁ?」

「楽しいだろうさ。浩介は良い子だからな、きっと友達も出来るよ。」

「ほんとに!?」

「俺が嘘言った事があるかい?」

「ない!」

 帰り道、学校から家まで歩きながら、浩介と悠介はこれからの事を話していた。

 中学に上がる、野球チームも卒業し、違う学校だった子供達と会う機会が少なくなる、と浩介は少し寂しがっていたが、しかし会えなくなるわけではない、きっと会えるさ、と悠介が言っていて、浩介はその言葉に励まされていた。

「……。」

「お兄ちゃん、どうかした?」

「……。ううん、何でもないよ。浩介、中学入っても野球は続けるか?」

「うん!」

 違和感、と言うには少し足りない様な、何かを感じた悠介だったが、それは浩介がいる前で話す事でもないな、と思い返し、別の話を振る事で浩介の気をそらした。

 浩介は、そんな悠介の意図に気づいてか気づかずか、中学に入ってからの事を色々と話す。

「誠也君はね!サッカー選手になりたいんだって!だから、中学生になったら、サッカー部に入るんだって!僕と違うけど、でも大切な友達だよ!」

「そうか、それは良かったな。」

 違和感の正体、そこまではわからなかった悠介、しかし、何かが起きようとしている、と直感した。

 それが何なのか、何が起きようとしているのか、それはわからなかったが、覚悟が必要になってくる日が、遠くない未来にある、と。


「悠治が高校卒業か。大学受かってよかったな。」

「そうだね、成績ちょっと怪しかったけど、悠にぃが勉強教えてくれたし、何とかなって良かったよ。」

 時が経つのは本当に早いもんで、もう悠治が高校卒業、そして浩希が中学卒業、悠介が小学校を卒業した。

 卒業式も無事に終わって、あと一か月もしないうちに悠治は大学に通い始める事になる。

 全員が小学校を卒業した、っていう事で、昨日はお祝いに色んな人が集まって、宴会みたいな感じになって、矢川さんや双葉さん、河部さんっていう、普段はあんまり会わない人達まで、祝いの席に来てくれて。

「そういえば、ここらへんでの不審者情報ってどうなったの?」

「あぁ、浮浪者の情報だろ?浩希達が通ってる中学校から近いらしくてな、注意喚起の連絡が来てるよ。でも、ただの浮浪者なら問題ないんじゃないか?」

「ただの浮浪者なら問題ないんだろうけど、何か問題があるから注意喚起されてるんじゃないかなぁ。」

 最近、妙な浮浪者が中学校のあたりをふらふらしてる、っていう注意喚起があって、でも普通に浮浪者なら放っておけば公園にでも住みつきそなもんだけど、と思いつつ、何か嫌な予感はしてる。

 でも、それを悠治に伝えるのも違うかな、と思ってて、ごまかした。

「じゃ、今日は友達と遊び行ってくるね。皆はもう部活行った?」

「そうだな。俺は今日は休みだし、のんびりするかな。いってらっしゃい。」

「行ってきまーす!」

 悠治が出かけて、一人の時間になる。

 俺は、次の応募作品をちらっとだけ読むかな、なんて思いながら、仕事部屋にひっこんだ。


「買い物行かなきゃな。」

 そろそろ夕方、浩介と悠介がそろそろ帰ってくる時間だ。

 今日はスーパーに買い物に行く日、車のキーをもって、まだ肌寒いから上着を着て、家を出る。


「坂入ぃ!」

「ん?ぐっ!?」

「庶民の分際で!貴様のせいで私達はぁ!」

「……!」

 家を出て、車を回そうと門を出た、その時。

 誰かに怒鳴られた、と思ったら、下腹部に強烈な痛みを感じる。

「ゲホ……!」

 誰かに何かをされた。

 刺された、という認識が、暫く追いついて来なかった。

 誰かが逃げる足音がかろうじて聞こえる、でもそれ以上に、吐血して、体に力が入らなくなって、倒れる。

 痛み、濁流の様な痛みの中、少しだけ考えた。

 皆は、子供達は。

「お兄ちゃん!どうしたの!?血!?」

「にいちゃ!大丈夫!?」

「悠ちゃん……、浩介……。」

「救急車!悠ちゃん!救急車呼んで!」

「わかった!」

 浩介と悠介が、パニックになりながら救急車を呼んでるのがわかる。

 もう眼も開けていられない、視界が閉ざされてしまった様だ。

「浩……、介……。」

「お兄ちゃん!しっかりして!お兄ちゃん!」

「ごめ……、ん……、な……。」

 意識が消えていく、流れでる血と一緒に、意識が流れていく。

 ごめん、俺がしっかり……。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

 浩介は、呼吸の止まった悠介の体を揺さぶりながら、大粒の涙を流しながら、叫んでいてた。

 その声に反応して、近所の人間がやってくる。

 しかし、悠介は呼吸を止めてしまった。

「お兄ちゃん……!」

 中学生にもなればわかる、死という現実。

 これから先もずっと、一緒に幸せになれると信じていたのに。

 ずっと見守っていると、言っていたのに。

 初めての嘘は、こんなにも残酷なもので。

 人生の終わりとは、かくも呆気ない物なのだろうか。


「矢川さん、来てくださって、ありがとうございます。」

「いや、良いんだ。浩介君は大丈夫か?ご両親が、というのは、酷だろうに……。」

「浩くんは悪くないです。ただ、あの人達が逆恨みをしてただけだって、皆わかってます。でも……。ちょっとふさぎ込んでます。」

「だろうな……。」

 悠介の葬儀には、色々な人達が参列した。

 矢川、双葉、河部、悠介の会社の課長以下同期、綾の両親、綾、良太、希美、そして子供達。

 誰もが思っていた、こんなにも優しい、こんなにも誰かを想える悠介が、若くして亡くなってしまった事を、悲しんでいた。

 喪主を勤めていた悠治は、これからの事を聞かれていた。

「悠治君、悠治君は大学生になるから、施設に入る事はない。だが、弟君達は……。」

「丁度良かった、児相の方ですな?私は綾の父、国枝拓真と申します。悠治もいるから、丁度良いな。相談なのですが、子供達はこれからどうなるか、という話なのです。」

「国枝さん、確か悠介君の結婚を約束した相手が、国枝春という子だった……。お父様でしたか。それで、相談というのは?」

「……。子供達を、離れ離れにしたくないのですよ。ですから、私達の養子に、していただく事は出来ないでしょうか?」

「お父さん……?」

「悠介が死んでしまって、真っ先に思い浮かんだのが、この事だったんだ。悠治達の事を、どうすれば良いのか、と。遺された子達が、離れ離れに施設に入る事になってしまったら、それは悠介の想いを反故にしてしまうんじゃないか、と。だから、母さんと相談してな。母さんはまだ悲しみの方が強そうだったが、賛成してくれたんだ。矢川さん、どうでしょう?子供達を、私達夫婦に任せてはくれませんか?」

 拓真は、澄江と相談をしていたらしい。

 子供達を何とか一緒に暮らさせてあげる事は出来ないか、悠介の為にも、何か出来る事はないか、と。

 そして、悠介がそうした様に、子供達を養子に迎え入れる事を選んだ。

「お父さん……。ありがとう、でも、僕達は大丈夫。矢川さん、僕が家にいて、お金が十分に残ってれば、弟達と一緒に生活出来ますよね?」

「悠治君……。出来なくはないが、お父様の提案を受けた方が良いと思うがね?君はまだ大学に入るという所なんだ、これから先の生活が大変になってしまうぞ?」

「……。僕は、悠にぃから学んだんです。家族の大切さ、愛する事の大切さ、その重さ、深さ、覚悟を。だから、今度は僕が、報いる番だと思うんです。」

「悠治……。私達に出来る事があったら、何でも言ってくれ。一度は家族として縁を結んだんだ、悠介がいなくなったからと言って、それは無くして良いものではないと思うのだよ。」

「ありがとう、お父さん。多分、いっぱい頼る事になると思う。でも、頑張って行くよ。皆で、悠にぃが安心して天国に行ける様に。そろそろ葬儀が始まるから、僕はこれで。」

 悠治は二人に会釈をすると、喪主としての役割を果たすべく、別室に向かった。

「……。子供というのは、いつの間にか大きくなっているんですな。私には家族がいませんが、あの子達を見ていると、しみじみ思わされます。」

「そうですな……。矢川さん、私達に出来る事があったら、いつでも連絡を下され。出来る事があるのならば、なんでも致しますので。」

「了解しました。では、一旦これで。」

 そういうと矢川も離席し、拓真一人その場に残る。

「……。悠介、見ているか?子供達は、ちゃんと育っているぞ?」

 独り呟く。

 悠介に、この姿が届いていると、そう信じて。


「悠坊、よくやったな。」

「……、おっちゃん?」

「お前さんまでこっちに来ちゃいけねぇと思ったが、お前さんは立派だったぞ。俺が見込んだだけの事はある。」

「おっちゃん……。俺、頑張れたかな。おっちゃんの跡を継いだつもりもなかったけど、皆を幸せに出来たかな。」

「きっと、な。さ、こっち来い。色々積もる話もあるだろう、それに、会わせたい人がいる。お前さんが来るのを、ずっと待ってたべっぴんさんがな。」

「悠介、お疲れ様。綾ちゃんの事まで面倒見てくれるなんて、本当に貴方は優しいね。」

「春ちゃん……。会いたかった、ずっと会いたかった。俺、もう会えないと思ってた。」

「泣かないの、悠介。嬉しい時は笑うもんだ、って言ってたでしょ?」

「……。ずっと、待っててくれたのか?」

「勿論。貴方を置いて独りで逝ってしまった、だからここで待ってたの。そしたら、この人が悠坊の彼女か!なんて言うもんだから、この人がおっちゃんか!ってびっくりしたんだよ?」

「おっちゃんも、待っててくれたんだな……。ありがとう、二人とも。子供達は、きっと大丈夫だな。皆がいてくれる、素敵な人達が傍にいてくれる。だから……。だから、俺がいなくても、生きていける。」

「大人になったな、悠坊。」

「生かされてたのは俺の方だから、ね。最期まで、お礼が言い切れなかったのは悲しいけど、でも、きっと。きっと、伝わってくれてるって、信じてるから。」

「そっか。悠介はやっぱり優しいね。さ、行こう。」

「うん、行こう。」


「お兄ちゃん、おっちゃんとは会えた?」

 悠介の死後から半年、浩介は独り、墓参りに来ていた。

 悠介の死後、すぐに犯人は捕まった、それは浩介の両親だった。

 謎の浮浪者、それは浩介の事が職場で噂になり、職を失った両親の事で、すぐに逮捕され、現在は、殺人罪で裁判にかけられている途中だ。

 庶民の分際で、という供述を繰り返している事から、実刑は免れないだろう、接近禁止令を取り付けるのが無難だ、とアドバイスを受けていて、刑務所から出てきた場合にはそれを実施しよう、と悠治が言っていた。

 誰も、浩介を恨む事はしなかった。

 浩介が加害者ではない、被害者の立場にある事は、誰しも知っていた、悠介が守りたいと願った子供だという事も、悠介が愛していた子供だという事も、皆わかっていた。

「あれからね?悠治お兄ちゃんがね?」

 墓に手を合わせ、独り語る浩介。

 金銭的な問題、というのがありそうなものだったが、悠介は多額の生命保険と遺産を残していて、それを兄弟で分け合い、そして生活の為に使っていた。

 拓真や澄江もたまに来てくれて、出来ていない家事の部分をやってくれていたり、普段は分担して家事をしたりと、忙しい日々だ。

 そんな中でも、皆野球を続けているのは。

 きっと、悠介がそうして欲しいだろうと願った、と話していたからだ。

 悠治が、大学進学を取り消して、働きに出て養う、と言っていた時期もあったが、浩介達はそれを是とせず、自分達も家事をするから、と交渉した。

「それでね、浩ちゃんがね?」

 とりとめのない話、ずっと悠介としてきた様な、なんの変哲もない会話。

 もう出来ない、と実感した時はショックだった、暫く何にも手が付かない状態が続いたが、それは悠介の為にもならない、と皆で話をして、前を向いて行こうと決めたのだ。

 きっと、悠介は見守ってくれている、きっと、そうして欲しいと願っている、と。

「それで、悠ちゃんがさ。」

 悲しい、その気持ちは生涯残り続けるのだろう。

 しかし、浩介は、生きる事を選んだ。

 前を向いて、しっかりと地面を踏みしめて、悠介の分まで、生きていこうと。

 それが、悠介への手向けになる、ただ一つの方法なのだと、そう信じていたから。

 これから先、きっと良い人に出会える。

 悠介が言っていたから、きっとそうなのだろう。

 悠介は、浩介に一度として嘘を言わなかった、だからきっと、と浩介は思っていた。

 未来を見るだとか、そんな事をしている訳ではない。

 ただ、信じていてくれた、それだけで、浩介はその言葉を信じるに値すると思っていた。

「そうそう、のんちゃんがさ。」

 浩介は、時折涙を流す。

 一緒に、希美の成長を見守りたかった。

 いつか、自分に子供が出来たら、その子供の成長も見守ってほしかった。

 おじいちゃんと言われる様になって、たくさんの孫に囲まれて、幸せな余生を過ごしてほしかった。

 しかし、それは叶わない願いなのだと、知っていた。

 ただ、信じていた。

 悠介はきっと、見守ってくれていると。

 きっといつか、自分が死んだ時。

 悠介は、頑張ったなと言ってくれる、幸せだったよと、言える人生を送りたいと。

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