愛情の日々
「悠治が高校生で、浩ちゃんが中学生か、時が経つのは早いもんだな。」
「悠治にいちゃ、高校でも野球やるの?」
「うん。せっかくスポーツ推薦で入ったしね。怪我しない限りは頑張ろうと思ってるよ。」
時が過ぎるのは早いもんで、あっという間に一年が経って、悠治が高校に上がって浩希が中学に上がって、浩介は小学五年生、悠介は小学四年生だ。
高校と中学の入学式も終わって、いよいよ本格的に二人は動く事になる、勉強も大事だけど、二人は野球の方が大切だろうな。
「じゃあ、行ってきます。」
「はいよ、行ってらっしゃい。」
悠治は、体力を作る為って言って、片道十キロの所を自転車で通い始めた。
小遣いとお年玉を貯めて、クロスバイクを自分で買って、それを使って通学するって言い出した時は、ちょっと驚いたけど、まあ本人が頑張りたいなら頑張らせてみようって所だ。
「皆、そろそろ出る時間だからなー。準備してくれよー?」
「うん!」
「はーい!」
「はぁい!」
浩希達も生活リズムが少し変わってきて、朝早めに学校に行くようになった。
俺も仕事が在宅じゃなくなって、出勤前に洗濯を回して、片づけをして、てんやわんやだ。
「誠也君、おはよ!」
「浩介!おはよー!」
家の前で待ってくれていた誠也に声を掛け、浩介は登校する。
五年生になり、クラス替えがあったが、誠也とはまた同じクラスになれた、と浩介は喜んでいた。
友達は沢山出来たが、初めての友達、というのはやはり特別なのだろう。
「浩介さ、もう兄ちゃんと一緒に暮らして一年くらい経ったんか?」
「えっとね、一昨年の十二月だから、一年半くらいになったかな?」
「そっかそっか、良かったな。」
「うん!」
浩介も、だいぶん体格が良くなってきた、身長はそこまで伸びていなかったが、体つきは一年前に比べてだいぶ良くなってきていた。
矢川や双葉と言った警察、児童相談所の面々とも話をする事があるが、二人とも浩介の成長を喜んでいて、皆が浩介がすくすくと育ってくれている事に安心している様子だった。
「そういえばね!お姉ちゃんが、妊娠したんだって!今五か月って言ってた!」
「浩介姉ちゃんいたっけ?」
「えっと、お兄ちゃんの妹!今二一歳なんだ!」
「そうなんか。浩介、おじさんになるんだな。」
「うん!」
綾が妊娠したと報告をされたのは、今年の三月だ。
安定期に入った、妊娠四か月という話で、まだそういった事がわからない浩介達も、新しく子供が生まれるという事に喜んでいた。
おじさんになる、というには少し早いのかもしれないが、年の離れた兄弟、という感覚が近いのだろう。
「姉ちゃんってどんな人なんだ?」
「うーん……。優しくて、素敵な人だよ!結婚式の時は、美人だった!」
「ほへー。」
去年の話、と言っても浩介にとっては初めての結婚式だ。
記憶に残っている、忘れられない出来事なのだろう。
「それでね!お兄ちゃんにお名前つけてほしい!ってお姉ちゃんが言ってたんだ!」
「名前?赤ちゃんのか?」
「うん!」
凄いな、と誠也は驚いていて、浩介は、悠介がどんな名前をつけるのか、そもそも男の子なのか女の子なのか、とわくわくしている様子だった。
「早く会えっと良いな。」
「うん!」
出産がどれだけ大変な事か、という話は悠介から聞いていた、それこそ、命がけでするのだと。
だからこそ、なのか、浩介は赤ん坊に会える日を、待ち望んでいた。
「女の子だって、今日聞いてきたよ。」
「そっか。じゃあ……。」
「名前、考えてくれた?」
「おう。希美ちゃん、ってどうだ?」
「希美かぁ……。素敵な名前だね。ね、良太。」
「うん。これから生まれてくる子に、ぴったりの名前だと思うよ。お兄さん、名前考えてくれてありがとう。」
「いえいえ、これくらいはしてあげないとだから。」
妊娠七か月、そろそろ臨月に入る頃、綾ちゃんと良太が来て、赤ん坊の性別を教えてくれる。
俺は、男の子と女の子、一つずつ名前を考えてて、女の子だったら希美、男の子だったら、英治、って名前を考えてた。
二人が気に入ってくれて良かった、だいぶ考えがまとまらなくて、暫くかかったけど、考えた甲斐があったってもんだ。
「出産祝いは何を包もうか……。ベビー服とかが良いかな?」
「なんでも大丈夫だよ、お兄ちゃん。お祝いしてくれるだけで嬉しいもん。」
「お兄さん、無理はしないでね?子供達との生活もあるんだし。」
「大丈夫だよ、子供に心配……。そっか、もう子供じゃないんだもんな。悪い、今のは忘れてくれ。」
笑いながら、そういえばもうこの子達は立派な大人なんだな、って思いだす。
子ども扱いするのは失礼だな、と思い返して、大きくなったなと改めて実感する。
「……。綾ちゃんがお母さんか。歳を取るのは早いもんだな。俺もおじちゃんか、そういう歳なんだなって、実感がわかないよ。」
「おじさんっていうか、名付け親なんだから半分くらいお父さんなんじゃないかな?きっと、希美もそう思ってくれるよ。」
「有難いけど、それは遠慮しておこう。良太っていう素敵なお父さんがいるんだ、俺が出る幕じゃないよ。」
嬉しい言葉ではあるけど、それは出過ぎた真似だ、と思う。
ちゃんと両親が揃ってて、素敵な人達なんだから、その子はその両親に育まれた方が良い。
俺はおじさんで十分、それだって過ぎた願いかもしれないけど、それで良い。
「体には気を付けるんだぞ?臨月に入ったら、無茶はしない様にな。良太は家事もやってくれるって言ってたから、多分大丈夫だろうけどな。」
「お兄さんは……。あの時も言ってたけど、結婚とかは考えてないの?子供達が巣立った後でも、遅くないと思うんだ。」
「そうだな。俺は生涯を誓いあった相手がいるんだ、それを裏切る事は出来ないよ。それが、生涯叶わない願いだったとしても、生涯孤独になるとしても。それでも俺は、春ちゃんと一緒になりたいって思ったから。」
「そっか……。お姉さん、愛されてるだね。今でもずっと、これからもずっと。」
生涯を共にする誓い、それは高校生の頃にした、小さな誓いだ。
でも、それを無碍にするつもりになれないし、何より俺はずっと春ちゃんが好きだと思うから、これから先ずっと、恋人を作る事はないんだろうな。
寂しい人、悲しい人と言われようと構わない、それが俺にとっては誇りだから。
「それじゃ、また来るね。今度は、悠治君達とご飯でも行きたいな。」
「了解、時間の都合は合わせられる様にしておくよ。」
そういうと、二人は帰っていく。
仲睦まじい夫婦だな、と思いながら、俺は暑くなってきたなと思って、冷房を入れてアイスコーヒーでも淹れようかと思いつく。
「赤ちゃん、生まれたの!?」
「昨日な。明日、会いに来てほしいって言ってたよ。土曜日だし、皆で顔出しに行こうか。」
夏の終わり、十月の頭の事。
綾が出産を終え、母子ともに無事であるという連絡を受けていた悠介は、皆を連れて顔を出しに行こうと誘った。
「どんな子かなぁ!女の子でしょお?」
「そうだよ。写真見せてもらったけど、可愛い子だな。愛らしい赤ちゃんだ。写真見るか?」
「うーん、会うまで楽しみにして待ってる!」
「そっか。会えるのが楽しみだな。」
皆会いたがっていた様で、わくわくしている様子が伺える。
悠治でさえ、わくわくしている顔をしていて、どんな子なのか、と頭の中で想像している様子だ。
「さ、今日は行ってらっしゃい。」
「はーい、行ってきます。」
「僕達もー!」
「はい、行ってらっしゃい。」
朝七時、バタバタと学校に行く子供達を見て、悠介は片づけをしてから仕事に向かう。
電車に乗りながら、綾から送られてきた希美の写真を見て、自分もおじさんになったんだな、と再認識しながら、さて祝いは何を包もうか、と悩む。
「来たよー!」
「いらっしゃーい!丁度授乳終わった所だったから、タイミングが良かったね!」
「綾ちゃん、出産お疲れ様。希美ちゃん、始めまして。悠介おじさんだよ。」
一日経って、土曜日の午後三時に産院に顔を出して、希美ちゃんとご対面だ。
「可愛い!」
「ねぇ!」
「希美ちゃん!浩希おじちゃんだよ!」
「可愛いね。」
五人で連れだって来たもんだから、騒がしいかなと思ったけど、幸いな事に個室って言う事もあって、あんまり他の人に迷惑はかからなそうだ。
始めてみる希美ちゃんは、いつだったか写真で見せてもらった綾ちゃんと春ちゃんの赤ん坊の頃にそっくりで、目がぱっちりとしてて愛らしい。
悠治達も、初めて生で見る赤ん坊に興味津々で、キャッキャしながら話をしてる。
「あ、これお祝いね。何を包めば良いかわからなかったから、現金になっちゃったけど、なんか良い物でも買ってあげてくれ。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「あらー!みんな揃っていらっしゃい!のんちゃん、可愛いでしょお?」
「お母さん、出産おめでとう。のんちゃん、って希美ちゃんの事か。俺達も、のんちゃんって呼ぼうかな?」
話をしてると、お母さんが病室に来て、着替えを交換してる。
とても嬉しそうな顔をしてたけど、俺には何処か悲しそうにも見えなくもない。
「どうかした?私の顔に何かついてるかしら?」
「……。ううん、何でもない。」
今はきっと、話す事じゃないんだろう。
そう感じ取ったから、俺は何も言わずに希美の方に向き直る。
「抱っこ、してみる?」
「良いのか?」
「おチビちゃん達はまだちょっと早いだろうけど、お兄ちゃんは赤ちゃんの抱っこの仕方とかわかってるでしょ?」
そう言われて、希美を優しく抱っこする。
希美はじーっとこっちを見てて、俺がどんな人間なのかを見てる、様な気がしなくもない。
でも、赤ん坊の視力ってほぼほぼないって話だし、まあ気のせいかな。
「のんちゃん、抱っこされても泣かないわよね。綾ちゃんが赤んぼだった頃は、誰が抱いても泣いてねぇ。」
「あはは……。はい、ありがとう。ほらのんちゃん、ママだよー?」
希美を綾ちゃんに抱っこさせて、浩介達がのんちゃんのんちゃんって言ってる間に、お父さんが来てる事に気づいて、ちょっと離れる。
「お父さん、のんちゃん抱っこしなくて良いの?」
「私はね、赤子をあやすのが苦手でな。春の時も綾の時も、ずっと母さんに任せきりだったんだよ。仕事にかまけて、それが当たり前だと思っていたんだ。今の時代はそれは違う、子育ては両親が共にするものだ、というのは知っているんだがな、どうしても赤子を抱っこするのは怖くてな……。」
「そっか、でもわかるかも。俺も、施設の先輩が赤ん坊連れて来てて、抱っこさせて貰ってたから大丈夫だと思えるけどさ。それがなかったら、首の座ってない赤ん坊を抱っこするの、怖いと思ってただろうし。」
「そうか、そうだな。私も、もうおじいちゃんになったんだなと、気づかされる。若いつもりでいたが、歳を取ったなと。」
「って言ってもまだまだ五十でしょ?まだまだこれからだよ、お父さん達も。」
俺も歳を取ったなって感想を持ってたから、お父さんの気持ちはよくわかる。
たまに施設に顔を出してた頃も、年下だった子達が、どんどん大きくなっていく所を見て、俺自身若くないんだなって、思ったりもして。
そういえば最近、施設の方に顔を出してないな、あの職員さんは元気かな、なんて思い出す。
「さ、綾ちゃんはまだ産後間もないんだ、あんまり体力もないだろうし、俺達は帰ろうか。
」
「はーい!ねえちゃ、また来るね!」
「ねぇ!」
「はーい。また顔出してね。私も、退院したら顔出すからね!」
産後の体に負担をかけさせちゃいけない、と思って、今日はお暇だ。
浩介達は名残惜しそうに振り向きながら、病院を出て家に帰る。




