出会い
「君、どうしたの?」
「え……?」
「こんな時間に子供がこんな所にいたら、危ないよ?」
「えっと……、その……。」
時間は夜九時、家の近所を散歩してると、子供が公園のブランコを漕いでた。
ギコギコと古い金属が擦れる音がしたもんだから、誰かいるのかな?って見たら、子供が独り、ブランコを漕いでたんだ。
こんな時間に、しかも冬で寒いっていうのに、半袖半ズボンのその子は、泣きながらブランコを漕いでた。
「お父さんとお母さんは?家出でもしたのかな?」
「えっと……、えっと……。」
「あぁ、ごめんね、名前を名乗ってなかったね。俺は悠介、君は?」
「僕……、浩介……。」
「浩介君、ね。それで浩介君、子供がこんな時間にどうしたんだい?」
小学三年生くらいに見える浩介君は、ひどく怯えてる様に見える。
暗がりだからあんまり表情は見えないけど、まあ体格のでかい巨漢がいきなり話しかけてきたんだから、当たり前っちゃ当たり前かもしれないけど。
でも、そう言う事じゃない、そう言う事じゃなくて、怯えてるって感じがする。
「僕……、父ちゃんと母ちゃんに、怒られて……。僕は、おうちの子じゃないんだって……。」
「うーん、何かしちゃったのかな?お兄ちゃんが一緒に謝りに行こうか?」
「でも……、お兄さん、知らない人……。知らない人には、ついて行っちゃ駄目ですよって、母ちゃんが……。」
「……。わかった、じゃあ浩介君にこれを渡そうか。もしも俺が変な事をしたり、君を怖がらせたりしたら、警察にすぐ電話出来る様に、ね。」
そう言って、俺はスマホを取り出して、百十番に番号を押して、浩介君に渡す。
「使い方、わかる?ここを押せばいいんだよ?そしたら、警察の人に電話が掛けられるから。」
「……、うん……。」
浩介君はスマホを受け取ると、ブランコを降りて歩き出す。
俺はその後ろをついて行って、浩介君に案内される形で浩介君の家に向かった。
(このお兄さん、悪い人じゃないのかな……。)
道を歩きながら、浩介は怖がっていた。
警察に電話をしてもいい、とスマホを渡してきた事から、ある程度は信用していたが、しかしやはり、夜の公園に独りでいた所に話しかけられて、警戒しないという事は出来ないのだろう。
しかし、家に帰ったとしても、受け入れられるかどうかはわからない、浩介は幼いながらに賢く、自分がどういった態度を両親から取られているかもわかっていた。
そんな両親が、謝ったからと言って許してくれるのか?と問われると、否だろうと。
「浩介君、君はどこの小学校通ってるんだい?」
「えっと……。小学校、行ってない……。」
「え?どうしてだい?いじめでも受けたのかな?」
「えっと……。父ちゃんが、あんな所バカの行く所だから、行くなって……。」
浩介の両親は、選民思想が強いとでも言えば良いのだろうか、庶民を馬鹿にした態度を取る事が多く、浩介は小学校に通わせてもらえていなかった。
今日家を追い出されたのも、小学校に通いたい、と言った事から、両親の怒りを買ったから、だろう。
「うーん……。難しいお父さんなんだね、でも、友達がいないと寂しいんじゃないかな?君くらいの年齢の子供は、友達から学ぶ事も多いだろうに……。」
寒い空の中、半袖で出て来てしまっていた浩介は、泣きながら体を震わせる。
「浩介君、これ着な。寒いだろう?」
「えっと……。ありがとう、ございます……。」
悠介からジャンパーを受け取って、ぶかぶかの袖に腕を通すと、ある程度寒さが和らぐ。
代わりに悠介はパーカー一枚になっていて、少し寒そうだ。
「あの……、悠介さん……。」
「なんだい?」
「えっと、その……。ごめんなさい、僕のせいで……。」
「何言ってるんだい。子供一人にさせるより、よっぽどましだよ。」
悠介の言葉に偽りはない、と浩介は感じる。
信じてもいい様な気がする、この大人は、本気で自分を心配してくれている。
そう感じた浩介は、涙を止めしっかりと歩いて行った。
「母ちゃん、僕だけど……。」
少し時間が経って、浩介君の家の前まで来た。
浩介君はひどく緊張してるみたいで、声が震えてる。
「……。今日は帰ってくるな、と言わなかったかしら?」
「でも……。」
「あの、浩介君のお母さんですか?子供独りで外にこんな時間って、危なくないですか?」
インターホンを鳴らして、お母さんと思しき声が聞こえる。
その声はひどく冷たくて、この人は浩介君を心配してる素振りすら見せないんだな、ってある意味関心だ。
「どなた?ああ、庶民の馬鹿が来たのね。まったくこのくずは……。庶民と関わるなとあれほど言っておいたのに。」
「俺が何だろうと構いやしませんが、子供を放ってこんな寒い中、虐待って言われても仕方がないですよ?」
「いいえ!これは教育です!よそ様の教育に口を出すなんて!まあ庶民の分際で!」
庶民だのくずだの、言いたい放題だな。
まあいいんだけど、そう言う事言われるのも平気だ、でも、浩介君を外に放り出しておいて良い理由にはなってない。
「教育、って仰られてますけどね、誘拐でもされていたらどうなさるおつもりだったんですか?寒空の下で、風邪をひいたら、どうするんですか?それも教育だと?笑わせないで下さい、そんなもの、教育じゃなくて虐待だ。警察に通報しますね、お母さん。」
「何ですって!?この私を警察に通報だなんて!だから庶民のくずは関わりたくないのよ!浩介!もうあなたはうちの子じゃありません!どこにでも行きなさい!」
「母ちゃん……!」
浩介君のお母さんは、激昂してそういうと、ぷつんとインターホンを切った。
怒らせたというか、なるべくしてなったというか、浩介君が追い出された理由も、ろくな事じゃないんだろうな、っていうのは想像がしやすい。
「僕……、どうしよう……。」
「……。おいで、浩介君。俺の家に行こう、寒いから体を壊しちゃうよ。」
「僕……、ぼぐぅ……!」
浩介君はわんわん泣き出しちゃって、俺はその理由がなんとなくわかった気がした。
というより、昔同じ様な理由で泣いたな、って事を思い出す。
「浩介君。誰が君を捨てたとしても、俺はここにいるよ。君の傍にいる、君の隣に。だから、今は泣いていい。でも……。でも、きっといつか。」
今はこれは言うべきじゃないな。
とりあえず、警察に連絡と、児相の相談をしなきゃなって思いながら、また一人子供が増えるのか、って事を覚悟する。
「もしもし、河部さんですか?」
「ん?坂入さん?こんな時間にどうしたんですか?あ、もしかして、また?」
「はい……。なんか俺、呪われてるんですかね。」
「じゃあ、今はどちらに?」
「えーっと、ここは……。」
浩介君と公園まで一緒に歩いて、手を繋ぎながら警察に電話。
相手は河部さんっていう慣れ親しんだ警察の人で、俺が何回も同じ事を言うもんだから、呪われてるんじゃないかって、冗談交じりに言ってきた人だ。
「烏公園にいます、小学三年生、浩介君って子です。」
「浩介浩介……、はて、どっかで聞いた名前だなぁ。」
「もしかして、虐待ですか?」
「えーっと……。そうだ!今年に入ってから一回、こっちに連絡が来たんですよ!虐待と放置の疑いで、って。児相が介入したらしいんですけどね、疑いって事で様子見だった気がします。でも、坂入さんが見つけてこっちに連絡よこしたって事は、そう言う事なんでしょうな。」
河部さんは、あきれ半分関心半分て感じの声を出してる。
それもそうだ、俺が虐待されている子や放置子を見つけるのもこれで三回目、三人保護して家に一緒に住んでるんだから。
最初のひとりは四年前、次に兄弟でふたりが二年前、そして今回。
虐待されている子を見つける才能か、呪われているかのどっちかでしょうな、って河部さんは言ってて、俺もそんな気がしてる。
「烏公園でしたっけ、管轄を今向かわせますので、いや、坂入さんの家に向かわせた方が良いですかね?」
「そうですね。こんな真冬だっていうのに、半袖半ズボンでしたから。あったかいスープか何か飲ませてあげないと、風邪をひいちゃいますよ。」
「了解しました。では、管轄に繋げますので。」
そういうと、電話が切れる。
「えっと……。悠介、さん……?」
「うちに行こう、あったかいミルクでも飲んで、体をあっためないと。大丈夫、今電話してたのは警察の人だよ、あとでお話を聞きに警察の人が来てくれる。でも、今この格好じゃ、ホントに風邪をひいちゃうからね。」
「なん、で……?」
「なんでだろうな。強いて言うのなら、俺も捨て子だったんだよ。捨て子ってわかるかな?親に捨てられて、見放された子供って意味だ。それが今じゃ、そういう子を保護して一緒に暮らしてるんだよ。浩介君で四人目だ、他にも三人、今一緒に暮らしてる子達がいるよ?」
「……。」
「行こう、浩介君。寒いし、早くあったまりたいよ。」
「うん……。」
浩介君はきっと、聡明なんだろう。
自分が捨てられた事も理解してる、自分がもう戻れない事も理解してる。
だから、手を繋いで一緒に、俺の家に向った。
「坂崎浩介君、八歳。間違ってないかな?」
「はい……。」
「坂入さん、これで何人目です?貴方は本当に、こういった子を見つけるのがお上手だ。保護するおつもりなんでしょう?」
「勿論です。」
家に戻って、他の三人は寝てるから、浩介君をリビングに通して、ホットココアを飲ませて、少し時間が経って。
あんまり話はしてなかったけど、整理する時間も必要だろうって思ってたし、警察の人が来るまでは待ってよう、って向こうも思ってただろうし、丁度良かったかな。
「お父さんとお母さんに、何をされていたか話せるかな?私が信頼出来ないなら、あとで坂入さんに伝えるのでも構わないけれど、お話をきちんと聞かないと、保護も出来ないからね?」
「僕……。父ちゃんと母ちゃんに、いっつもぶたれてたんです……。でも、僕が悪いんです……。僕が、悪い子だから、父ちゃんと母ちゃんは、それを治してくれようとしてて……。」
「ちょっと寒いけど、お洋服を脱いでもらっていいかな?」
「なんで、ですか……?」
「体に傷がないかどうかを確かめるんだよ、浩介君。私がちゃんと見ないと、確認したって警察に報告出来ないんだ。恥ずかしい様だったら、坂入さんに任せようか?」
管轄の知り合い、双葉さんは、女性の初老の警察官だ。
生活安全課のベテランで、俺が捨て子として拾われた時にはもう、警察だった。
それが十五年前、俺が十歳の頃の話だから、少なく見積もっても、三十七歳以上ではある。
「怖がらないで大丈夫だよ、今、浩介君をぶったりする人はいないから。皆、君を守りたいと思っているんだ。」
「う、うん……。」
そういうと、浩介君は戸惑いながら洋服を脱ぐ。
半袖の外からは見えない所、腹や上腕、腿なんかに、痣と煙草を押し付けた跡が残ってる。
これは確定だろう、しかも見えない所にって事は、理解してやってたんだろう。
「はい、ありがとうね。もう、お洋服を着ても良いからね?」
「はい……。」
「坂入さん、本当に貴方はこういう子を見つけるのが上手ですね。児相に繋げますが、まあ引き取るというのなら坂入さんなら大丈夫でしょう。実績もありますし、ここいらの養護施設はいっぱいいっぱいだって噂もありますし。」
「それ、悠治の頃からずっと言ってますよね。まあ、だから俺が引き取るって決めたんですけどね。」
双葉さんはあきれ半分、関心半分って顔をしながら、児相に連絡をいれてる。
「浩介君、これ着ると良いよ。ちょっと大きいかもしれないけど、寒いよりはましだからね。」
「ありがとう、ございます……。」
俺は一番大きい保護した子、今は中学二年生の悠治の洋服を渡して、浩介君はそれをすっぽりと着る。
やっぱり大きいんだけど、まあ俺の洋服を着るよりはましになってるかな、って感じだ。
「ふあぁ……。あれ、双葉さん?に知らない子が……。もしかして、また?」
「悠治、起きてきたのか。この子は浩介君、多分だけど、これから一緒に暮らす子だよ。」
「悠にぃってホントに……。ううん、それは良い事だもんね。浩介君、僕は悠治。よろしくね。」
「あら悠治君、お久しぶりね。おばさんの事覚えててくれてたなんて、嬉しいね。」
「そりゃ、お世話になりましたもん。」
長男、っていえば良いのかな、悠治が起きてきて下に降りてきて、浩介君と対面。
悠治もこれで何回目?って顔をしてたんだけど、俺の性格は四年間でよくわかってるからか、否定はしないでいてくれる。
「浩介君、何歳なのかな?」
「八歳、です……。」
「小学三年生かな?にしてはちっちゃい気がするけど……。」
「栄養失調だと思うよ、悠治。さっき虐待の跡見るために体見たけど、がりがりだったから。」
そうそう、浩介君は小学三年生っていう割に体が小柄で、今いる小学二年生の三男より小さくて、体も細い。
ご飯を碌に食べられてなかったんだろうなって、そう言う事はすぐわかる、昔の俺がそうだったから。
まあ、俺はその反動でデブになった訳だけど、その話はまたあとでも良いかな。
「じゃあ、坂入さん。明日の朝児相の人が来てくれるので、今日は休んでください。私も、同行しますので。」
「はい、よろしくお願いします、双葉さん。」
「それじゃあ浩介君、悠治君、また明日ね。」
「はーい、お休みなさーい。」
双葉さんはまた明日の朝来る、今日はもう皆休む時間だ。
気が付けば午後十一時、子供を起こしておくには酷な時間だろうし。
「浩介君、今日は俺の部屋で寝ると良い。俺は仕事が残ってるから徹夜だ、ゆっくり寝るんだ。悠治、案内をお願いしても良いか?」
「その前にトイレー!」
「わかったよ。」
悠治はトイレに起きてきたみたいで、慌ててトイレに駆け込む。
残された浩介君は、何が起きてるかわからないけど、とりあえず眠いって感じだ。
うとうとしながら、必死に話を理解しようとしてるのが、よくわかる。
「まあいいか、こっちへおいで。」
「うん……。」
二階建ての一軒家、悠治を保護する二年前に買った家の二階、俺の部屋は奥にある。
雑多に片づけをしたままの部屋だけど、埃が舞ってる訳でもないし、子供が寝るにも悪い環境じゃないはずだ。
「今日は寝なさい。明日になったら、また詳しい話をするから。」
「悠介さん……、ありがとう、ございます……。」
ベッドに連れて行って、寝かして布団をかけると、浩介君はそれだけ言ってスースーと寝息を立て始める。
暫く碌に寝てなかったのか、なかなかの熟睡っぷりだ。
「さて、俺はっと。」
一階に戻って、悠治が二階の自室に戻ったのを確認しながら、仕事に戻る。
そもそも仕事の休憩に外に散歩に出たのが始まりであって、所謂残業中ってやつだ。
「ふー……。」
唯一煙草を吸う事を許されてる一階の元客間で、煙草に火をつけて一服しながら、パソコンとにらめっこ。
俺は大学の頃に宝くじを当てて、独り暮らしの為にこの家を買ったんだけど、結局二年経って悠治と一緒に暮らす様になって、子供がいる所で煙草を吸うのも違うかなって思って、だからこの客室を潰して仕事部屋にして、そこで煙草を吸うようになった。
昔好きだった近所のおっちゃんが吸ってた銘柄の煙草を吸ってて、なんだか吸ってると、そのおっちゃんを思い出すみたいで。
思い返せば、あのおっちゃんがいてくれたから、虐待と放置の中で生きてこれたんだなって、あのおっちゃんが、名前も知らなかった近所のおっちゃんが、俺の生きていい理由だったんだなって、思い出す。
「さて、仕事仕事。」
俺の仕事は小説の編集、出版社勤めだ。
今日は新人さんの持ってきた原稿を読んで、それを精査する作業だ。
夜通しになるだろうな、とは覚悟してたけど、上も急に仕事を振ってくるもんだから、困ったもんだ。
「ふー……。」
もう一服煙草を吸って、作業を始める。
浩介君が起きたら、大丈夫かな、なんて思いながら、パソコンとにらめっこだ。




