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第2話「国王は自分の娘に刃を向けられたのだ」

賢者はこの国を救いに来た訳では無かった。人望の薄い国王自身もこの時点で敗北を否定するのは難しかった、だから国民の脱出案を渋々受け入れたのである。


 「だから私は言ったんだ!賢者なんかに頼る気は無いと」

 国王は声を荒げるが賢者はそのまま続ける。

「今お主らに残された選択肢は2つ。まだ辛うじて維持している連絡橋を伝って逃げるか、ここで最期まで抵抗するかだ。近隣諸国の国王は何れも後者を選んだ」

 国王は頭に血が上りつつも何とか平静を装い賢者に反論した。


「お言葉だがケンリット殿、貴殿はてっきり人類側としてこの王国を起点とした魔族反抗計画を実行するべくご入城されたのだと思っておった。だが貴殿の発する言葉には人類史における退廃主義と我が国に対する侮蔑の念が多分に込められている。残念だが我が一存により即刻死刑も辞さないが、賢者に対する尊敬の念を抱くにあたり寛大にも退城する事を推薦する。……魔族に恐れ慄いてさっさと尻尾を巻いて逃げるが良い。貴様の所の近衛魔法使いのようにな」


 賢者は面を食らった顔をした。

「はて、この国に送った魔法使いなど居たかのう?」

「何だって?馬鹿を言うな!あれは……」


 国王が賢者を問い詰めようとした所で外に居た衛兵が血相を変えて割り込んで来た。

「たった今!連絡橋が寸断されました!!」

報告を受けた国王は賢者を睨む。

「との事だ。退路を断たれてしまった。それではどうするか?」

 賢者は表情を変えない。

「ワシの目的は一つ。貴公の娘姉妹、どちらが一人を生きたまま脱出させる事だ」


 ヴィナスの目の色が変わった、アストリアは恐る恐る賢者に質問した。

「……な、何故一人だけなのですか……?」


 賢者は静かに答える。

「今、魔族軍の包囲網が完全になりつつある、その中をこの少人数で避難させる事が出来るのが一人が限界だ。それに残酷なようだがこの王国を引き継げる人間は一人で十分なのだよ」


 この話を聞いたヴィナスが一気に余裕の表情を覗かせる。

「それなら話は早いわね。王位正統後継者である私を連れて行くべきよ。異論なんて無いでしょう」

 暫しの静寂が続く。

「決まりね!それでは……」

「待ちなさい!」

ヴィナスを遮った声の主は王妃であった。

「……何ですのお母様。貴女はすぐベッドに入って安静にしている方が良いわ」


 王妃は意に介さない。

「賢者様どうかお聞きください。私の娘アストリアは賢者様のご奉仕に応えられるよう今まで教育して参りました。人類の存亡が掛かっている今、私に出来る最期の務めなのです」

「賢者様!この人は病気によりせん妄を患っています!耳を貸さないでください!」

 ヴィナスから野次が飛ぶものの、ケンリットは真摯に耳を傾けている、そしてアストリアに質問を投げかけた。

「お主、教育とはどの様な事を習ったのかね」

「えっと……この城に居ない間、基本的な言語学数学から……大陸の地政学と、そこから発展して人類学、その文化や風俗の授業も少々……」

今まで嘘なんて付かないアストリアだったが、学習などしていない分野も出任せで付け足してみた。


 「ほう、よろしい」

  すると従者が賢者に対して何かを囁き相談を始めた。


お互い意見が一致した様子で話が終わり使者達の判断が纏まった見たヴィナスは、自身の不利を察し賢者の前に自戒していた感情を露わにした。

 「はぁ??!!えっ?結局知識の問題だった訳!?鳥籠の中のお姫様は馬鹿で無能で木偶の坊だって思ってるんでしょ!それならハッキリそう言いなさいよ!!大体何で従者如きが賢者に意見出来るわけ??顔くらい見せなさいよ無礼者!!!」


「よかろう。顔を見せてやれ、セスナ」

 従者が覆いを脱ぐとその姿にその場の一同がどよめいた。艶やかな金髪、緑色の瞳、そしてピンと伸びた長い耳はその存在を印象付ける。北方地域に住まう亜人種、エルフであった。

 彼らにとって亜人種とは魔族ほど決定的に敵対関係にある訳では無いが、大陸を南北に隔てる山脈と恐るべき古龍種の存在によって文化的に断絶されており、特に保守的な人間から偏見の眼差しを向けられる事の多い種族である。


「お父様!コイツら間者よ!!」

「一体どういう事なのかね?」

 国王がケンリットを問い詰める。

「簡単な事。魔族に対抗する為なら異民族とも手を結ぶ、来なさいアストリア。ここはもう潮時だ」

「は……はい」

 アストリアは恐る恐る賢者の方に歩み寄る。途中振り返りヴィナスと目が合った。


「チッ……何故止めないんです!?」

「行かせてやれヴィナス。敗北主義者に用は無い。我々にはこの国を守る義務がある」

 国王はヒラリとマントを靡かせると大講堂に戻って行った。距離が離れる両者の間にヴィナスが取り残される形となる。


「クソッ!!どいつもこいつも役立たずばかり!!」

 鼻息荒く激昂しているヴィナスはある物が目に入った。周りの使いが愚かにも片付けていなかったさっき自分が掴んでいた剣である。

 それを拾い上げると一目散に国王へと走って行った、その剣は腰溜めに刃先を国王へと向けていた。

 この時ヴィナスはアストリアを狙う事も考えた。だがセスナの間合いに入ったアストリアに剣を持って近付くのは困難だと咄嗟に判断したのだ。

そして全くもって油断していた国王は背後から迫る脅威に気が付かなかった。


「……グヌッ!?」

 脇腹を貫かれた鋭い痛みに振り返った国王は周囲の驚嘆する反応と目の前に見下ろすヴィナスの後頭部に刹那で状況を判断した。自分の娘に刃を向けられたのだ。


「……お前、やると言うのだな……?」

「……えぇ、お父様」

 倒れ込み見上げたヴィナスの表情は酷く冷たい眼差しをしていた。ヴィナスは父の王冠を拾い上げそれを冠った。


驚いていたのは賢者も同じであった。

 「うぬ、なんという事じゃ。あの娘とんでもないな」

「私の姉ですもの、あれくらいやりますよ」

 アストリアの反応はわりかし冷静だ、そしてセスナの方は何か感心している様子である。

「ふーん、やるじゃないアンタの姉ちゃん」

「冗談じゃないですよ。さっきもあんな風に私を殺して来そうだったんですから」


 王冠を手に入れたヴィナスは口上をし始める。

「一同傾注!!我が国王は王国に叛き、反逆者を逃亡させん事を企てた為、私自らが天誅下した!よって現時点より我、第一王女ヴィナスが任を引き継ぎここに女王就任を宣言する!我が国王に忠誠を尽くす諸君らに命ずる、今すぐ反逆者となったアストリアとその一味を確保し我が足元に跪かせるのだ!!なお生死は問わんものとする」


 衛兵は戸惑いの色を隠せない、賢者や王家の者に刃を向ける事を逡巡する者が多かった。その中で前国王の事を良く思わなかった兵達がヴィナスの命令に従い、アストリア達を取り囲む。

セスナは腰に携えた剣に手を掛けた。


 「これは、偶発的状況ってやつかな?賢者さん」

「分かっていると思うが奴等は魔物じゃないぞ?業物なんて使うんじゃ無い」

「へーい……」

 セスナは残念そうに手を離す。出口には2人の兵士が剣を構えて塞いでおり、後ろからは包囲するように数名がにじり寄ってくる。


「逃げるなら早い方が良いですね」

 アストリアが進言した。

「その通りだよ、お嬢さん!」

 セスナが返答を言い終わる前に前方の兵士一人に目掛けて突進した。


「ひいっ!!」

 その素早さたるや外で戦わずに残った兵士にはまず反応出来なかった。重心を崩すように捩らせた身体は向いた剣先をスルリと交わす。その体勢から腰の入った鉄拳がヘソの当たりを打ち抜いた。

「ぐぅぅぅぅ……」

 腹の底から絞り出す様な声で倒れ込む兵士。その姿を一瞬でも目で追った隣の兵士の隙をセスナは見逃さなかった。

 ドサッ。

2人の衛兵は瞬く間に倒れ、城外への道が開かれた。しかし肝心の門が閉じてしまっている。

「失礼」

 今度はケンリットがセスナを抜き門の前に立った。

手に何かを貼りバチンと手のひらを門に充てがう。

 すると門はボロボロと崩れ人が一人通る程度の穴が開いた。


「クソッ、役に立たないわね!」

 ヴィナスの怒りが復活する。しかしこれ以上彼らを止める手立てが無かった。

「付いてきなさいアストリア」

「はい!」


「待ってアストリア!これを!」

脱出の最中声を掛けたのは王妃こと母親だった。彼女は何かを投げ渡す。それを受け取ると複数の鍵が纏められたリングであった。明らかに大事そうなそれをアストリアは衣服の中に仕舞った。

  アストリアはケンリットの後に続いて門をくぐる。

「痛っ!!」

 後ろをセスナが付いてきたが彼女には少し低かったようで額をぶつけてしまったようだ。

 外に居る兵士がこちらを見ている、だが止めに来る様子は無い。一人が駆け寄ってくるが妨害する意思は無さそうだ。


「賢者様、この先の扉は封鎖されました。通るなら城壁沿いの階段をお使い下さい。それと脱出出来たらこれを生き残った家族に……」

 その兵士は1枚の手紙をケンリットに手渡した。

「……必ず使命を果たそうぞ」

「ありがとうございます。それでは『楽園で』」


 兵士は自らの持ち場に戻っていく、その姿をアストリアはずっと見続けていた。

 橋に到達すると向こう側に魔族の軍勢が見える。

「えっ、ここを進むんですか?」

 アストリアは不安げな様子でケンリットに尋ねる、しかしケンリットも何か自信無さげな様子に見えた。

「いいかよく聞け。この橋を王族が通る事は無い取り決めになっている。幸い城に居なかったお主の顔が割られている可能性は薄い」

「薄いって……そんな確証も無しに!」


 アストリアの不安を他所に橋を進み出す一行。渡ってる最中に敵が手出しする事は無かった、しかし両陣営から見つめられる状況にアストリアは息が詰まる思いをした。そして対岸に近付くにつれて敵陣の様子が明らかになっていく。


「賢者様、あそこに倒れてるのって……兵士達……?」

「あまり見ない方がいい。動揺を悟られるな」

血溜まりが点々と広がっており、鎧や武器が散らばっている。血の量に大して死体が少ない事に気付くアストリアは嫌な予感を掻き消そうとケンリットの背中の一点しか視界に入れなかった。

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