意外な優しさ
ステイシーがロベルトを突き放してから数日、二人の間に重い沈黙が流れていた。マデイラはロベルトを自分のものにしたと満足げに振る舞い、ロベルトはステイシーを避け、ひたすら書斎にこもる日々が続いていた。
ある日の午後、ロベルトが一人、庭園を散策していると、温室の奥からステイシーの声が聞こえてきた。彼は植物図鑑を広げ、何やら熱心に観察している。しかし、その表情はどこか暗く、疲弊しているように見えた。
ステイシーは、自分の血を呪いながら、それでもこの家の人間を救おうとしている。ロベルトは、彼の孤独な戦いを思い、胸が締め付けられた。
ロベルトが身を隠そうとしたその時、ステイシーが持っていた図鑑が風にあおられ、何ページか破れて温室の外へ舞い上がった。ステイシーは慌ててそれを追いかけるが、その顔には諦めの色が浮かんでいた。
ロベルトは迷わず駆け出し、風に乗って遠ざかる破れたページを追いかけた。一枚、また一枚と、新緑の庭園を駆け抜ける。そして、ようやく最後のページを掴むと、息を切らしながらステイシーの元へ戻った。
「これ……」
差し出された図鑑のページを見たステイシーの碧い瞳が、わずかに見開かれた。ロベルトは、破れてしまったページを丁寧に修復しようと、ポケットからペンを取り出した。
「すみません、すぐに直します」
そう言って、破れた箇所をなぞろうとしたロベルトの手に、ステイシーの手がそっと重ねられた。
「…いい。…ありがとう」
その声は、ひどく弱々しく、しかし、どこか安堵した響きを持っていた。ステイシーは、いつもロベルトを突き放す時に見せる冷たさとは違う、素の表情をロベルトの前にさらけ出していた。
「この本は、私の母の形見だ。もう手に入らない」
ロベルトは、その言葉に、ステイシーがこの本をどれほど大切に思っているかを知った。彼は、無言で破れたページを元の場所に戻し、自分の手でそっと押さえた。ステイシーは、そんなロベルトの隣で、ただ静かに佇んでいた。
この静かな瞬間が、二人の間に横たわる深い溝を、わずかに埋めてくれた。ロベルトは、ステイシーの隠された弱さ、そして彼が誰にも見せない孤独に触れた。そしてステイシーもまた、自分の偽りの言葉にもかかわらず、自分を気遣ってくれるロベルトの優しさに、戸惑いを隠せないでいた。
ロベルトの優しさは、ステイシーの心に静かに染み込み、彼の心を少しずつ溶かしていく。それは、彼が今まで誰にも見せることができなかった、本当の自分を受け入れてくれる存在かもしれない。そんなかすかな希望が、ステイシーの胸に芽生え始めていた。




