図書室の再会
その日、ロベルトは城の広大な図書室で一人、本を読んでいた。マデイラは午後の社交会で留守だ。新聞記者という仕事柄、彼はこの膨大な蔵書に心を奪われていた。背の高い書架の陰に隠れるようにして、静かに本をめくっていると、不意に足音が聞こえた。
音もなく近づいてきたのはステイシーだった。彼は乗馬服ではなく、簡素なシャツとスラックスを身につけている。その姿は、応接室で会った時よりもずっと柔らかく、ロベルトはわずかに安堵した。
ステイシーはロベルトに気づくと、軽く会釈し、そのまま隣の書架から一冊の本を引き抜いた。その本は、古びた革表紙に金の箔押しが施された、重厚なものだった。ロベルトは、その本が気になり、思わず声をかけた。
「それは、何の本ですか?」
ステイシーはちらりとロベルトに視線を向けた後、静かに答えた。「植物図鑑だ。この地方に自生する薬草について調べている」
「薬草ですか。ご趣味で?」
ステイシーはすぐに答えず、図鑑に視線を戻した。ロベルトは、また冷たくあしらわれるかと思ったが、ステイシーは静かな声で言葉を続けた。
「……趣味ではない。この家には、病に倒れる者が少なくない。執事が用意する薬よりも、自分の目で確かめた方が安心できる」
ロベルトは、その言葉に驚いた。ステイシーの口から、こんなにも率直な言葉が聞けるとは思っていなかった。彼の口調は依然として冷たいままだが、その奥に隠された憂いと責任感が、ロベルトの心に響いた。
「もしよかったら、私も手伝いましょうか?薬草については素人ですが、妹が病弱なので、少し知識はあります」
そう言うと、ステイシーは再びロベルトを見た。その碧い瞳には、今度は警戒の色はなく、わずかな戸惑いが浮かんでいた。
「……なぜだ?」
「なぜ、って……」ロベルトは少し考えてから、正直に答えた。「あなたが、一人で全てを背負っているように見えたからです。それに、どうせここにいる間は暇ですから」
ロベルトの言葉に、ステイシーは何も言わなかった。ただ、もう一度、静かに本に視線を落とした。
「ありがとう」
その小さな呟きは、ほとんど聞こえないほどの声だった。しかし、ロベルトは確かに聞いた。そして、その一言に、彼の胸は温かくなった。




