終わりの始まり
マデイラと別れた夜、ロベルトはステイシーの部屋の前に立っていた。扉をノックしようと手を上げたが、その手が空中で止まる。彼は、クマ討伐の日にステイシーが流した涙を思い出していた。長年張り詰めていた心が解放された、あの瞬間を。
ロベルトは再び決意を固め、静かに扉をノックした。中から返事がない。もう一度ノックすると、扉がわずかに開いていることに気づいた。ロベルトは、ためらいながらも中へ入った。
部屋は暗く、窓から差し込む月の光だけが、部屋の様子をぼんやりと照らし出していた。ステイシーはベッドに腰掛け、窓の外を眺めている。彼がロベルトの方へ振り向くと、その顔は驚きに満ちていた。
「ロベルト……なぜ、ここに」
ステイシーの声は、微かに震えていた。
「君に、話がある」
ロベルトは、まっすぐステイシーを見つめた。
「僕は、マデイラとの婚約を解消した」
ステイシーの碧い瞳が、大きく見開かれる。
「……なぜだ?君は、金が必要なのだろう」
「僕がこの家に来た目的は、確かに金だった。だが、もう違う。僕は、君を知ってしまった。君の背負う孤独を、そして、君の哀しいまでの優しさを」
ロベルトは一歩、ステイシーに近づいた。
「君が、マデイラを愛していると嘘をついたことも知っている。僕をこの家から遠ざけようとしたことも。でも、僕はもう、ここを離れることはできない」
「やめてくれ……君は、僕が、僕が……」
ステイシーは、まるで羅針盤のようにロベルトから目を逸らした。しかし、ロベルトは、彼女の本当の姿をすでに知っている。
「僕は、君が女性であることを知っている。そして、君を愛している。君が背負ってきたものは、もう一人で抱えなくていい。この呪われた血も、君の孤独な決意も、すべて僕が受け止めよう」
月の光が、ステイシーの頬を伝う一筋の涙を照らした。ロベルトは、その涙を優しく拭うと、静かに言った。
「マデイラは、君を愛している。だが、それは、君が男装しているからだ。君の本当の姿を知らない、歪んだ愛情だ。そして、君は、自分自身の孤独から逃れるために、その愛を利用している。違うか?」
ロベルトの言葉は、ステイシーの心を深く突き刺した。彼女は、何も言い返すことができなかった。
ロベルトの言葉は、ステイシーにとって、救いであると同時に、恐ろしい真実だった。彼は、自分のすべてを受け入れようとしている。しかし、それは同時に、長年築き上げてきた自分の存在が、崩れ去ることを意味していた。




