婚約の解消
クマ討伐から戻ったその夜、ロベルトは自室でマデイラを待った。ステイシーが女性であるという真実を知り、ロベルトの心は揺るぎない決意で満たされていた。もはや、金銭目的でマデイラとの婚約を続けることなど、彼にはできなかった。
夜遅く、社交会から戻ったロベルトが、マデイラの部屋の扉をノックした。彼女はいつも通りの派手なドレスを身につけ、上機嫌に微笑んでいる。
「ロベルト、こんな時間にどうしたの?」
「マデイラ。君と、大事な話がしたくて」
ロベルトの声は、いつになく真剣だった。その雰囲気を察したマデイラの笑顔が消え、不安げな表情に変わった。
「僕との婚約を、解消してほしい」
ロベルトの言葉に、マデイラの瞳が大きく見開かれた。彼女は一瞬、言葉を失い、信じられないというようにロベルトを見つめた。
「どういうこと?ロベルト、冗談はやめて」
「冗談じゃない。君は僕を当て馬目当てでこの家に招いた。僕は妹の治療費のため、それを受け入れた。だが、今はもう違う。この家にいるうちに、僕は君ではない、別の誰かを愛してしまった」
ロベルトは、その「誰か」の名を口にすることはなかった。しかし、マデイラはロベルトの視線の先、ステイシーがいる方向を無意識に見て、すべての真実を悟ったようだった。
「嘘よ……ステイシーは、私のお兄様なのよ!女の私より、男のステイシーを愛しているとでも言うの!?」
マデイラの甲高い声が、部屋に響き渡った。彼女の顔は怒りと絶望に歪んでいる。
「ステイシーは、君の知るステイシーとは違う。彼は、僕が思っていたような人じゃない」
ロベルトは、それ以上は何も言えなかった。ステイシーが女性であるという真実を、マデイラに明かすわけにはいかない。それはステイシーを危険に晒すことになりかねない。
「もういいわ!あなたの気持ちなんて、どうでもいい。婚約を解消するなら、勝手にすればいいわ。どうせ、あなたはステイシーの気持ちを私から奪うことなんてできない。だって、彼は私を愛しているのだから!」
マデイラは、そう叫んで部屋を飛び出していった。その顔には、怒りよりも、自分自身の愛が否定されたことへの深い悲しみが浮かんでいた。ロベルトは、何も言わず、ただ扉が閉まる音を静かに聞いていた。




