真夜中の談話
温室での出来事から数日後、ロベルトは中庭を散歩していた。夜空には満月が輝き、静けさに包まれた庭園は昼間とは違う顔を見せていた。ふと、開いたままの図書室の窓から明かりが漏れているのが見えた。
ロベルトが窓から覗くと、ステイシーが一人で暖炉の前に座り、本を読んでいた。その姿は、まるで絵画のように美しく、しかしどこか孤独を感じさせた。ロベルトは迷いながらも、静かに図書室へ足を踏み入れた。
ステイシーはロベルトに気づくと、一瞬警戒の表情を見せたが、すぐに元の無表情に戻った。
「また、君か」
「眠れなくて」
ロベルトは正直に答えた。ステイシーは何も言わず、ただ暖炉の火を見つめている。ロベルトは、その隣のソファに静かに腰を下ろした。二人の間に、重苦しい沈黙が流れる。しかし、それは以前のような冷たい沈黙ではなかった。
「……父は、この本が好きだった」
ステイシーが、唐突に口を開いた。その声は、ひどく寂しげだった。ロベルトは、彼が手にしているのが、温室で破れてしまった植物図鑑だと気づいた。
「シェラザードさんのこと、ですか?」
ロベルトが尋ねると、ステイシーの顔から、一瞬にして血の気が引いた。その碧い瞳には、驚きと動揺が浮かんでいる。
「……どこまで知っている?」
ステイシーの声は、微かに震えていた。ロベルトは、何も隠さない。
「町で、少し……。そして、シェラザードさんからも、話を聞きました。あなたのお母様との関係、あなたが父親のいない子として育ったこと……」
ステイシーは、ロベルトがそこまで知っていることに愕然とした。長年ひた隠しにしてきた秘密が、この男に、すべて筒抜けになっている。絶望的な感情が、ステイシーの心を支配した。彼は、自らの偽りの人生をすべて見透かされたような気がして、激しく動揺した。
「……なぜ、そんなことを」
ステイシーは、掠れた声で問いかけた。ロベルトは、その問いに、静かに答えた。
「僕がこの家に来た目的は、金だった。でも、今は違う。僕は、君を知りたい。君の背負う孤独を、そして、それでも失われなかった優しさを」
ロベルトは、ステイシーの瞳をまっすぐに見つめた。言葉にはしなかったが、彼の真剣な眼差しから、ステイシーはロベルトが自分に抱いている感情を察した。それは、同情でも、好奇心でもない、純粋な愛情だった。
ステイシーは、何も言い返せなかった。ロベルトの言葉は、まるで彼の心の壁を崩すように、静かに、しかし確実に彼の心に染み込んでいった。この夜、二人の間には、秘密を共有する者同士の、より深い信頼関係が芽生えた。




