第一話
以前から興味のあった小説の執筆に初めて挑戦しました。
つたない文章ではありますが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
パッ。
暗い部屋に小さな明かりが灯る。
足元には脱ぎ捨てられた服、中身の残っていないペットボトルと缶。
まあ、一人暮らしの女なんて、皆こんなもんでしょ。
そんな呑気なことを言ってられない、急がないと間に合わない。
「ふぅ…やっぱり祝日はお客さんが多くて疲れるなぁ。ほんとはちょっと寝たいけど、でもあとちょっとで23時になっちゃう、急がなきゃ」
祝日に日付が変わる前に帰ってこれるだけありがたいと思わなきゃね。私のこと雇ってくれる場所なんてそう多くないだろうし。
そう考えながら電子レンジに30%引きのシールが貼られた弁当を入れた。
早く準備しないと、配信開始に間に合わない。
あ、箸ついてないじゃん!入れてって頼んだのに!!
でももう洗ってある箸ない。もうめんどくさいからご飯明日でいいや。
電子レンジに暖かくなったお弁当が放置されたまま、キーボードで文字をカタカタと打つ音のみが部屋に反響する。
「…さ!切り替えなきゃね。よし!!」
配信ソフトの「開始」ボタンを勢い良く押す。もう、今からの時間の私は私じゃないんだ。
「みんな、こんがるる~!ここ、リュミエール城下町の酒場のマスターでリュミエール騎士団の見習いモンスター使いの狼Vtuber、白狼ガウルだぞ~!」
ほの暗い部屋の中、その部屋で唯一の明るさを放つパソコンに向かって、椅子に体育座りをしながら、その風貌とは想像がつかないほど元気に話す女がいる。
今日はぼくの酒場での看板メニューの牛肉のハニーフラワー煮のレシピを紹介していくよ!」
そう話す手には割り箸、目の前には生の牛肉と、はちみつと、赤ワインと、コンソメと。おそらく料理を実際にしながら見せるのだろう。
「ということで、今晩も来てくれてありがとう!おやすみなさい!おつがるる~!!!」
そう彼女が言うと、パソコンが切れる音と同時にその女は椅子から立ち上がった。
「…はは、28歳にもなって唯一の趣味が、Vtuber活動って、こんなので私いいのかなあ…」
私の名前は森中佳奈子。28歳、職業・居酒屋の厨房アルバイト。
もちろん彼氏もいない。ワンルーム一人暮らし。
もちろん昔は夢もあった、小説家になりたかった。でも夢ばっかり追いかけてて気づいたら28歳。唯一の趣味は料理と、それと。
「私には何が残ってるんだろ。」
ついつい指がスマホを触ってしまう。
「わ!すごい、この人の作品、アニメ化するんだ…。すごいなあ、「小説家になりましょう」で自分の作品を投稿して、そこから人気に火がついて、
一気に書籍化・アニメ化。私もこの先生みたいな人生になりたかったなあ。」
今私にあるのは、少ないアルバイトのお給料と、少ないVtuber活動からの収益。今月の動画投稿サイトの広告収益は8000円。
そして、私が人生をかけて書いた小説、「リュミエール冒険譚」。リュミエール城下町でモンスター使いとして奮闘しながら、酒場で働いたり、大好きな料理をしたり、強くなったり、辛い思いをしたり、恋をしたり…そんな、誰にでも思いつくようなつまらない小説。でも私の全てだった。
でも、やっぱり、誰にも求められなかった。そんなありきたりな小説。
だから私は、その小説の設定の人物にせめて近づきたくて、Vtuber「白狼ガウル」を作った。
小説みたいに恋をしたり、モンスター使いになったり、城下町の酒場のマスターになることはできないけど、でも創作物だから少しは近づける気がする。
だから、少しだけでも近づきたい。私が行きたかった場所に。
ポコン。
携帯のメッセージアプリが鳴った。
「佳奈子、久しぶり!!大学ぶりに連絡します。私、結婚することになりました!相手は同じ大学だった雄太くん!覚えてるかな?
ぜひ佳奈子にも結婚式に来てほしくて連絡しました!詳細はまた追って言うね!」
勝手に目から涙がこぼれた。
そうだよね。みんなこうやって自分の人生を作っていくんだ。
自分で自分の人生を切り開いて、夢ばっかり見るんじゃなくて、先に先に、前に進んでいくんだ。
心のどこかで、多分まだ小説家の夢を諦めきれていない私がいる。だから、この年になってもアルバイトでいる。
本当にこのままでいいのかな。
こんな人生のはずじゃなかったのに。
いっそ、こんな人生ならば。
いいや、こんなことを考えても仕方ない。
そんなことを考えている暇があったら、来週の日曜日にある企画配信の準備をしなきゃ…。
そう言ってパソコンをまた起動する。画面にはリュミエール城下町の酒場で幸せそうに暮らす白狼ガウルの姿。
自分へのお誕生日プレゼントで、リュミエール城下町の地図を好きな絵師さんに依頼して描いてもらったんだよね。
「いいなあ。私が白狼ガウルだったらなぁ。」
企画準備のために立ち上げたLive2Dモデルを見ながらそうぼやく。
不思議と涙がこぼれる。
その瞬間、トラッキングしていないはずの白狼ガウルの口が動いた気がした。
「え?」
いや、まさかそんなはずはない。涙でにじんでそう見えちゃったのかな。今日はちょっとダメな日かもしれない。もうパソコンを切って寝よう。
「君は…君はぼくの光だ!!」
私の声でその言葉が聞こえた。間違いなく、画面に映る白狼ガウルが、私に向かって、私の声でそう言った。
そんなわけがない。でも、私の理解が追い付く前に、私は、私の姿は、この狭いワンルームから消えていた。
わたしの…ぼくのからだが、どんどんといつもと変わっていく感じがする。
頭がいたい。からだがいたい。ここはどこ?どうして目を開けられないんだろう。
そう考える暇も与えられず、ぼくは気を失ってしまった。
…ろ
……きろ
………おきろ
「こら!!ガウル!!起きろ!!!訓練の時間までもうすぐだぞ!」
…え?
「またガウルはこんなギリギリまで寝て!本当にねぼすけなんだから。私が今日は朝ごはん作っておいてあげたんだから感謝してよね」
誰?何?ここはどこ?
「今日の訓練は馬術らしいぞ!この間の私はガウルーみたいに馬にはなついてもらえなかったけど、今日こそは」
「ま、待って!!!ここは…どこ?」
「え?ガウルったら、自分の家も忘れちゃったの?」
待って、どうして今自分のことを考えると、ぼく、になっちゃうんだ?
待って、今ぼくのことをガウルって呼んだ?
そして目の前にいる女の子は、ぼくが想像する通りの…ぼくが作った通りの…
「き、きみはもしかして、ぼくの妹の…ナディア?」
「当たり前じゃない!!今日のガウルちょっと変だよ…あ!もしかしてまだ寝ぼけてる!?」
違う、そんなことはどうでもいい。
ぼくはさっきまであの狭いワンルームにいた。いたはずなんだ。ここはどこ?いや、知らないけど…知ってる。
「これは、ぼくが…ぼくが書いて貰った、リュミエール城下町だ…」
あの日、自分への誕生日プレゼントに大好きな絵師さんに書いて貰った、たくさん相談して決めた、リュミエール城下町。
ここはぼくの家で、1階は酒場になってて、2階はぼくと妹のナディアが暮らす部屋があって、ママとパパの部屋があって。
「あ、ちょっとガウル!どこ行くのよ!訓練遅れても知らないんだからね!!」
慌てて家を飛び出す。裸足のまま。
「おかしい…おかしい…全部、全部ぼくが書いたとおりの世界だ…!」
老夫婦が営む防具屋、ぼくの幼馴染が営むよろず屋。みんなぼくが裸足で駆け出しているのを不思議そうに見ている。
でも、その目は特異なものを見る目じゃなくて。
「よぉ、ガウル!こんな朝からそんな恰好でどうしたんだい?さてはまた親父さんに怒られたな?」
「ガウルちゃん!こんな朝早くから何してるんだい、今日はいい魔法野菜が入ってるから安くしとくよ、どうだい!」
走るぼくに皆が普通に話しかけてくる。そのあまりにも変わらない空気に思わず足がもつれ転んでしまった。
ぐしゃりと床に倒れ込み、いた現世からはしない音がする。
どうして…どうしてこの町の人たちは、こんな普通にしているんだ。
いや、違う、どうして、
どうしてこの世界が存在しているんだ!?
こんなの夢に違いない、そうだ、古典的な方法だけど、ほっぺたをつねれば…痛ければ、夢なんじゃ。
そう考えたぼくはおもむろに自分の頬をつねった。
「い…痛くない!!!」
なんだ、やっぱりこれは夢じゃないか。
やっぱりぼくはただの一般人で、この世界はぼくの夢でしかなくて…あれ、なんで夢を見てるんだろう。疲れて寝ちゃったのかな。
それなら夢として楽しんだっていいんじゃないか。
「あ!こんなところにいたのガウル!今日の訓練の内容の確認、一緒にしようよ~!」
ぼくにナディアが追い付いてきた。家からずっと追いかけてきてくれたんだ。このナディアもぼくの夢。そう、夢だからたくさん優しく
「ガウルったら!対モンスター用ダメージバリアがONになってるわよ!なんで何もない今MP消費してるのよ、訓練まで持たないでしょ!」
ナディアに体に触れられた途端、突然頬にかすかな痛みを感じる。そして…
「いっっっっったぁあぁぁあああぁぁあぁい!!!」
膝に強烈な痛みが走る。そうだ、さっき転んだとき…なんで痛くないんだろうって思った。ぼくのダメージバリアがいつの間にかONになってたんだ。
いや、待って。ダメージバリアってそもそも何?
MP?ぼくにそんな数値があるの?待って、どうして痛いの??
森中佳奈子は????
「ナ、ナディア」
「なによ、ガウル!」
「ねえ、ここって…ぼくって…?」
「どうしたの、今日のガウルおかしいわよ!ここは…」
「ここはリュミエール城下町で、私は白狼ナディア、あなたは白狼ガウル!!」
やっぱり…ここはぼくの作ったリュミエール城下町。
いや、違う。
「リュミエール冒険譚」の世界だ!!!
今日が馬術の授業なら、もしかしてこの後起こることは…
「大変だ!!町の外にモンスターが出たぞ!!!!」
そう、これはぼくの初めての討伐の日。
そして…
ぼくの、運命が変わる日だった。
お読みいただきありがとうございます。
定期的に更新していけたらなと思いますので、よろしくお願いします。