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9杯目 部下が上司をダメにする、正反対の2つのやり方

次の投稿は1日18時半頃を予定しています。

 カレンがジョゼフたちを連れて戻ってきたのは、それからすぐのことだった。

 アデリエーヌは、ベッドから身を起こしたまま、臣下たちを迎えた。


 「お目覚めになられましたか。……ようございました」


 家宰のジョゼフは、うつむき加減にそう言った。ろうそくの明かりを背にしていて、その表情はうかがえない。


 アデリエーヌは、「心配をかけました。もう大丈夫です」と、どこか空虚な声で言う。ジョゼフは少し肩を動かし、


「なりません。もうしばらくは、ご静養ください」といった。


 アデリエーヌは、その言葉に不満そうな表情をしたが、


 「わかりました。しばらく、わたくしは静養します。その間は、頼みましたよ」とジョゼフに伝える。


 ジョゼフは「かしこまりました」といい、深々と頭を下げた。だがアデリエーヌは、


「でも、重要事項については、わたくしに報告して頂戴。少しぐらいなら働いたとしても大丈夫ですから」


 と、付け加えるのを忘れなかった。


 それから彼女は、ふぅ、と大きく息をつき、


「わたくしの面倒は、マリオンに見てもらいます。それと、マリオンは、皆の休憩時間に茶を供するようにします。もし何か、私に言付けがあれば、マリオンに託して頂戴」


 と、小さいながらもはっきり通る声で言った。


 これにジョゼフは、一瞬虚を突かれたのか、「はぁ」と彼らしくない返答をする。


「大丈夫。マリオンは気の利く侍女です。きっと、あなたたちが想像している以上に。ああ、それとマリオンが抜けた分は、カレンを中心に手当てするように」


 自分の名を呼ばれても、カレンは表情一つ変えずに一礼する。


 それから、あれこれ話を少しして、


「……少し眠くなってきました。今日はもう、眠らせて頂戴」


 アデリエーヌがそういったので、全員部屋から退室することにした。


 全員の気配が無くなったのを感じたアデリエーヌは、ベッドから抜け出し、部屋の扉に鍵をかける。これで、窓でも破って入らない限りは、だれも室内にやってこない。

 ベッドには戻らず、ソファに座り、父からもらったバクという動物の置物を眺める。


「……とりあえずは、マリオンに密偵の役をしてもらえたわね。あの子がどんくさいのはみんなが知るところだから、まさかジョゼフが疑うことはないでしょう」


(仮にジョセフが二心を抱いていたとして。できるだけ長い間、わたしを休ませておきたいと思うでしょうね。そうしておいて、少しずつ、この辺境伯家の実権を自分に移していく……。最初は小さなところから、やがてだんだんと重要事項まで、臣下の者たちが一度は必ずジョセフに伺いを立てるようにする。そうした、今だけの特別な措置が、やがて習慣になり、いつしか主君に何事かを具申する前には必ずジョゼフを通すというルールが定着する……)


 アデリエーヌは、そこまで考えると、ふぅ、と嘆息した。

 この権力掌握の方法は、今、自分が父や兄に対して行っているやり方だ。父を王都での権力争いにのめり込ませ、兄は戦争ばかりさせている。その間に、自分は着々と辺境伯家を掌握している。


 ここまで思いを巡らせると、どっと疲れが出る。ものを考えるのはとてもしんどい。だが、父の懸念通り、ジョゼフに何か思惑があったとしたら、一大事である。


 「ああっ。もう疲れたわ……」


 次の一手を考えようとして、でも頭が働かないアデリエーヌは、ソファにだらしなく体を預けた。

 行儀がよくないのはわかっている。だが、これまでの間、蓄積してきた疲労が一気に湧き出たようなのだ。

 とにかく頭がぼんやりして、体も鉛のように重い。


 だが、アデリエーヌは、マリオンのことを思うと、少しにやけ顔になる。


(皆が集まる前のあの子、かわいかったわ。憂いを帯びて心配する表情。悲壮な決意を秘めた言葉。自分が世界の誰よりも、わたくしに忠誠を誓いたいという熱意。……ああもう、思い出しただけで、胸が高鳴る。忠犬よ、忠犬マリオン!)


 アデリエーヌの脳裏には、首輪をつけて「わん!」と鳴くマリオンの姿があった。

 だが、そこまで劣情を吐き出しておいて、アデリエーヌは頭を振る。


(いいえ、違うの、違うわ、アデリエーヌ。わたくしはあの子を利用しようとしているだけ。純朴な田舎娘の感情をもてあそび、自分の駒にしようとしているだけなのよ。それが上級貴族というもの。あの子が特別だなんて、勘違いしちゃダメ)


 落ち着かせるために、ふっ、ふっ、ふぅ、と息を吐き、胸の高鳴りを理性で抑え込もうとする。

 そう、わたくしは貴族なのだ。貴族であれば、自分も他人も、意のままに統御しなければならない。


 でも。


(あの子を見ていると、肌に触れたい、抱きしめたい、口づけをしたい。それに、それ以上のことも――!)


 どこからか湧き上がる劣情に、胸の奥がきゅーんと締め付けられるような感覚になる。

 たまらずアデリエーヌはベッドに飛び込んだ。


(どうしたのかしら。あの子のことを思い出すと、わたくしの中の獣が、理性の鎖を引きちぎって暴れだす――!)


 気が付くと、アデリエーヌは、ベッドのシーツを強く握りしめていた。


 翌朝。


(結局、一睡もできませんでしたわ。そして、いまさら猛烈に眠い――)


 まるで生ける屍。まるで茹ですぎたパスタのように、ぐにゃぐにゃになってしまったアデリエーヌが、ベッドに横たわっていた。

 何とかむくりと起き上がると、寝間着は汗とその他でべとべとだ。

 部屋の中に漂う、むわ、とした自分の体臭に少しの嫌悪を感じると、アデリエーヌは窓を開けて、空気を入れ替える。

 ぼんやりとした意識の中で思うことは、


(……やり過ぎましたわ)


 獣との内なる戦いには負けてしまった。完敗だ。

 でも、全身に広がる気だるさが入り混じった満足感に、アデリエーヌは酔いしれていた。

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