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8/12

8杯目 悪だくみは、ベッドルームで。

次の投稿は30日18時半頃を予定しています。

 アデリエーヌが目覚めたのは、その日の夕方、太陽が遠く西の空に沈み、窓から茜色に染まった空が見えるころだった。

 そのときには、カレンも戻ってきていて、再び部屋の中には3人がいる状態だった。

 

「う……ん」と、悩まし気な声をかすかに上げ、アデリエーヌがうっすらと目を覚ました。

 マリオンは椅子から立ち上がり、アデリエーヌの顔を覗き込む。

 うん、今度は寝ぼけているのではないみたいだ。


「……お嬢様。お目覚めになられましたか?」


「マリオン……? あら、わたくし、どうしたのかしら……執務中だったはず」


「執務中に気を失われて、今までお休みになられてたんです。お昼に倒れられて、それから数時間は経っています」


「気を……? そんな、わたくしが?」


 アデリエーヌは、自分が気絶したことなど、到底信じられなかったようだ。

 周囲を見回し、すでに夕方であることを見て取って、


「マリオンが、ずっとそばにいてくれたの?」


 するとマリオンは小さくうなずいた。

 

 「ずっと気を張っていたのね……? 少し疲れているようにみえるわ」


 そういうと、アデリエーヌはベッドの中から手を伸ばして、マリオンの頬に触れた。

 マリオンの頬に、アデリエーヌの柔らかな指が触れ、マリオンは少しくすぐったさを感じる。

 触れられて、ちょっと恥ずかしいが、もっと触ってほしいとマリオンは思った。

 

「……わたしは大丈夫です。それより、お医者様の所見では、お疲れが貯まっているとのこと。しばらくはご静養頂いて、執務はジョゼフ様が代わりにお取りになるそうですよ」


 マリオンの言葉に、「ジョゼフが?!」と言って、アデリエーヌはベッドから急いで身を起こした。だが、めまいを起こしたのか、身を起こしたところでふらついて、前のめりに倒れ伏す。


「お嬢様、ご無理はなさらないでください!」


 マリオンはアデリエーヌを寝かしつけると、心配そうにのぞき込む。


「だ、大丈夫です。……わたくしだって、武門の娘。戦塵にまみれることを考えれば、居館で政務をとることなど、たやすいことです」


 アデリエーヌの言葉に、マリオンは少しためらう。すると、背後に人影が立つ。


「……ダメです、お嬢様。少なくとも今夜ぐらいは、どうかご静養ください」


 マリオンの後ろから、カレンがアデリエーヌにそう告げた。口調こそ丁寧だが、有無を言わさぬ圧がある。


 「……わかりました。ではカレン、みなにわたくしが目覚めたことを伝えてきて頂戴」


 主人にそう命じられ、カレンは一瞬、マリオンの顔を見たが、


「承知しました」といって、部屋から出ていった。



 部屋の中には、アデリエーヌとマリオンが、2人きりになった。

 日はすでに沈み、マリオンは、燭台に火をともす。ぼんやりと室内が明るくなった。


「マリオン、こんな情けない姿を見せてしまうなんて、わたくしは恥ずかしいわ」


「そんな。お嬢様は、日々、ご主人様や兄上様に代わって、難しい政務に当たっておられます。けして、そのような」


 マリオンは、アデリエーヌが眠っていたときに思いをはせていた、彼女の心労を気にかけた。


「いいえ。わたくしは、あなたにこんな姿を見せてしまうことが、嫌なのです」


「え……?」


「あなたがわたくしを見るまなざしが、とても強いのをいつも感じています。それは、貴族令嬢としてかくあるべし、という高い理想をあなたが心に秘めているからでしょう?」


(違います! ラブなんです!)とマリオンは心中で否定した。


「もし、わたくしが少しでも、その範を示すことができることなら……と、これまで、傲慢にも思っておりました」


「……そんな。お嬢様が傲慢だなんて」


 マリオンは言下に否定する。だが、アデリエーヌは少し芝居がかった様子で、


 「いいえ。わたくしは本当は傲慢なんです。こればかりは、神にどれだけ懺悔しても、懺悔しつくせないほどの罪を重ねています」


 アデリエーヌは、普段よりも力のない瞳で、マリオンを見つめた。

 

「こうして、あなたにこのようなふがいない姿を見せてしまうのは、きっと、天使様がわたくしを罰したからでしょう」


(違います! お嬢様こそが天使様なんです!)と、マリオンは心中で絶叫した。


「……マリオン、わたくしを許して。情けない主だとは思っています。でも、わたくしにはあなたが必要なのです」


 アデリエーヌは、マリオンに向かって、ゆっくりと、弱々しく手を伸ばす。その紅玉の瞳が、潤んでいるように見えた。

 マリオンは、両の手で、アデリエーヌが差し出した手をしっかりと握る。


「お嬢様! わたしのような者でよろしければ、一生を御捧げします!」


 感極まってマリオンは叫んだ。悔いはない。これは自分の本心だ。


 すると、アデリエーヌは涙をぬぐうようなそぶりを見せ、


「ありがとう。じゃあ、ひとつ、お願いがあるの。わたくしが回復するまでの間、ジョゼフがどのような政務を行っているのか、マリオンがときどき様子を見て、毎日報告して頂戴。それと、わたくしに供しているのと同じように、これからは文官たちにもお茶を供してあげてほしいの」


「わかりました! そのようにいたします」


 マリオンが、あまりよく考えずにそう力強く言うと、アデリエーヌは少し考えるふうをして、


「そうそう。ジョゼフたちが心配するといけないから、このことはわたくしたちだけの秘密にしましょう。もちろん、カレンにもだれにも言ってはなりませんよ」


 マリオンは、「ふんす」と鼻を鳴らして、無言でうなずいた。

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