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【主従百合】伯爵令嬢は、子犬系侍女に陥落寸前!~偏愛がティーカップからあふれちゃいます♡(特濃フレーバー版)  作者: 難波霞月


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7/12

7杯目 クールキャラの甘えは防御無効ダメージです

次の投稿は28日18時半頃を予定しています。

 やがて会話も落ち着いたのか、マリオンとカレンは、元の位置に戻り、また静かになった。

 

 それからは、眠ったままのアデリエーヌを、マリオンはじっと見つめていた。

 背後にいるはずのカレンは、本当に存在感を消していて、この場にいないかのように思えた。

 マリオンは、アデリエーヌと2人きりになったような錯覚になり、ついアデリエーヌの頬へ手を伸ばそうとして、はっとした。


(いけないいけない。カレンさんが後ろにいるんだ……)


 慌てて我に返り、ちら、と後ろを向くと、カレンは壁に沿って立ち、本当に気配を消している。


「マリオン様がご乱心さえしなければ、アタシは何も見ていませんし、聞いてませんよ」


 カレンは両手を前で組んで、直立不動の姿勢でそう呟いた。


「…………っ」


 マリオンは、カレンの言葉を無視した。まるで何かすることを待っているような、そんな気がしたからだ。


(わたしは、お嬢様の看護をするの。看護、看護)


 マリオンは、そうやって自分に言い聞かせる。

 すると、本当にそんな気持ちが優位になってきて、いやらしい気持ちはどこかへいってしまった。


 マリオンは、カレンに頼んで、水が入った桶と清潔なタオルを何枚か用意してもらった。

 濡らして固く絞ったタオルで、うっすらと汗が浮いたアデリエーヌの肌を拭く。


(お嬢様は、私とそう変わらないお年で、辺境伯家を支えてらっしゃるんだ)


 白く細い首筋を見て、マリオンは、改めて主人のすごさを感じた。


(きっと、ものすごい重圧もかかっておられたのだろう)


 そう思うと、まるでアデリエーヌが孤軍奮闘、周囲を敵に囲まれた状態で一人戦っているような気がした。


(わたしが、お嬢様のことを、守らないと――)


 マリオンの心中に、火が灯る。


「う、うん――」


 アデリエーヌが、苦しそうな表情を浮かべて身もだえした。

 寝間着が乱れ、胸元があらわになる。

 マリオンは、アデリエーヌが何か悪い夢でも見ているのではないか、と思って心配になる。

 そして、そっと寝間着を直した。


「お嬢様……」


 気が付くと、マリオンはアデリエーヌの頭を優しく撫でていた。

 こんなことをすべきではないのは分かっている。でも、こうしてあげなければいけない気がした。


 すると、ドアを小さく叩扉(ノック)する音。

 カレンが出ると、どうやら他のメイドが何やらやってきたらしい。


 マリオンが、ドアの方を向くと、


「すみません、ちょっとアタシ、ヘルプに行かなきゃみたいなんです」


 そういって、カレンは一礼した。


 マリオンは、無言で礼を返す。カレンが部屋から出ていき、パタン、とドアが閉じた。


 マリオンとアデリエーヌは、本当に2人きりになった。


 部屋の中には、すぅすぅという、アデリエーヌの微かな寝息だけが聞こえている。

 マリオンは、再びアデリエーヌの方を見る。


(お嬢様、普段は凛としておきれいなのに、こうして寝ているお顔は、子どもみたい)


 それとなく、マリオンはアデリエーヌの頬に指を這わせる。

 やわらかな産毛の感触が、指先をくすぐる。

 くすぐったかったのか、アデリエーヌは、もぞもぞと手を動かして、自分の頬をぬぐった。

 そのとき、マリオンの指に手が触れる。


「――っ!」


 アデリエーヌは眠ったまま、マリオンの指を握った。

 微かな力で、ほどけばすぐに引きはがすことができるようなぐらい、か弱い力。

 でも、マリオンはその手をほどこうとはしなかった。


 指先から、アデリエーヌの体温が伝わってくる。

 やがて、アデリエーヌが寝返りを打った時に、マリオンの指から手が離れた。

 マリオンは、とっさにアデリエーヌの手を握る。


 そのとき、大きな胸の鼓動がひとつ、マリオンを打った。


 アデリエーヌが、うっすらと目を開けたからだ。


 お嬢様が目覚めたという嬉しさと、無礼にも手を握っているということへの恐怖が、マリオンに同時に攻め寄せる。

 慌てて手を放そうとするが、アデリエーヌの方から、指をからませ、深く肌を密着させる。


「お嬢さ……きゃっ!」


 アデリエーヌが再び寝返りを打った時、マリオンはアデリエーヌのもとへ引き込まれ、覆いかぶさるような体勢になった。


「あの、お嬢さま……って、寝てます?」


 アデリエーヌを押し倒したような形になって、すぐ間近に寝顔が迫っていた。

 どうやらさっき目を開けたのは、寝ぼけていたのだろう。アデリエーヌは、再び深い眠りに入ったようだった。


(どうしよう。動けない)


 マリオンは困惑した。片方の手は、しっかりとアデリエーヌの指に絡めとられている。

 ごくわずかな距離に、愛する主人の顔があった。生温かい寝息が自分の頬に当たって、思わずマリオンはドキドキする。


 そのとき、マリオンは、はっとした。


(今なら、唇を奪えるかもしれない――)


 マリオンの心の奥底で、よこしまな気持ちが息を吹き返した。

 ほんの少し、ほんの少しの距離を詰めるだけで、口づけをかわすことができる。

 しかも、アデリエーヌは、いまだ眠りのただなかにある。けして気づかれることはないだろう。


 マリオンは迷った。口づけをすることは簡単だ。でも、そんなことをしてもよいのだろうか。

 これまでは快楽や劣情に押し流されてきた。だが、口づけは神聖なものだ、とマリオンは思う。

 それを、こんな形で、軽々しくお嬢様から奪ってもよいのだろうか。


 マリオンは、このときは理性が打ち勝った。理性、というよりも、母性だったのかもしれない。

 だが、この眠り姫は、計算を超えた一手を打ってきた。


 再びアデリエーヌは、手をつないだまま、寝返りを打った。

 今度は、マリオンの手を抱えるように、自分の口元に持っていく。

 マリオンの小指が、アデリエーヌの柔らかな唇に触れた。


「……ママ……」


 聞き取れないような小さな声で、アデリエーヌはそういった。


 びっくりしたマリオンは、アデリエーヌの顔を覗き込む。まだ眠っている。


「……ママ……どこ……?」


 と再び、アデリエーヌは言った。


(寝言……)


 マリオンがそう思った瞬間。

 マリオンの小指は、アデリエーヌの唇の中に取り込まれた。

 ぬるり、と粘液質の感覚が、小指を通じて、マリオンの全身に信号を送る。


(ええっ?!)


 マリオンが驚く間もなく、アデリーヌは、マリオンの小指を、ちゅうちゅうと吸い始めた。

 まるで子猫が母猫の乳を求めているようだ。


 マリオンは、指をむさぼるように吸われる感覚に困惑した。

 いっしょうけんめい、乳を求めてアデリエーヌはマリオンの指を吸う。

 その姿と、指を吸われる非日常的な感覚に、マリオンは背筋がゾクゾクした。

 ふわっと、全身に汗をかくような感覚。実際、額には汗がにじんでいた。


(ど、どうしましょう……カレンさんが戻ってきたら……)


 マリオンは、アデリエーヌにしっかりと指を手でつかまれ、なおも吸い続けられることに困惑し,少なからず恍惚感を得つつも、強い母性を感じた。


(やっぱり、私がお嬢様を守らないと――)


 ベッドサイドに腰かけたマリオンは、アデリエーヌが再び深い眠りに就いて口を離すまで、じっとアデリエーヌのことを見つめ続けていた。

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