表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

4杯目 犬ってよくこういうことするよね

次の投稿は22日18時半頃を予定しています。

 それからマリオンたち2人は、カートにジュースを準備して、浴室脇の休憩室に移動した。

 休憩室には、はるか遠くから交易の品で流れてきたという、ラタンの編み椅子やテーブルがあった。

 調度品はなく、その代わりに観葉植物がたくさん置かれて、まるで森の中のようだった。


 休憩室の中にも、浴室の熱気がふわり、と流れ込んでくる。ちょっと蒸し暑い。

 マリオンは部屋に入ると、すんすん、と鼻を鳴らした。


(――お嬢様の香りだ……)


 バニラにも似た、甘く魅惑的な香りに思わずにやけそうになるが、がまんがまん。となりにカレンがいるのだ。

 すました様子でマリオンは、アデリエーヌが浴室から出てくるのを待っている。


 耳を澄ますと、ざぁざぁという、桶で湯を流す音が聞こえてきた。


「……まだみたいっすね」


 じっと待っていると、カレンが、もじもじしつつ、ちょっとまずそうな顔をした。


「どうかされました?」


「あの……すみません。さっき水分摂りすぎたみたいで……その」


 カレンはどうやらお花摘みに行きたい様子だった。

 それを察したマリオンは、


「どうぞ。まだ大丈夫でしょうから」


 と返す。

 するとカレンは「すみません、ちょっと失礼します」といって、小走りにお花摘みに行ってしまった。


 残されたマリオンは、きょろきょろと無人の休憩室を見回した。

 すると、


「――?」


 部屋の隅、勝手口近くに、1つの籠が置かれていた。

 その中には、繊細なレースがあしらわれた白い布がちらりと見える。


「――!」


 マリオンは、自分の意志とは無関係に、ふらふらとその籠へ吸い寄せられた。


(こ、これは、お嬢様の!)


 洗濯を担当するメイドがまだ回収に来ていないのだろう。

 脱いでまだそう時間が経っていない、薄手のシルクのワンピースがそこにあった。


 マリオンは、それに手を伸ばしそうになり、


 (ダメよ! さすがにこれに手を付けたら、後戻りできない変態さんになってしまう!)


 ぐっと、反対の手でそれを押しとどめようとする。


 理性を極限まで働かせて、マリオンはカートのところまで戻る。

 戻ったが、


(気になる……)


 どうしても、ちらちらと視線は籠の中に向かってしまう。


(早くしないと、カレンさんが戻ってきてしまう!)


 ぐるぐる回る思考の果てに、マリオンは情欲に溺れた。

 素早く籠のもとへ行くとひざまずき、籠の中からワンピースを大事そうに推し抱く。


 ぎゅっと抱きしめると、柔らかな生地の感触とともに、アデリエーヌの少しの汗と熟れた白桃、それにバニラが混じった香りがした。

 禁断の香りに酩酊して、くらっとしたマリオンは、胸のドキドキが抑えきれず、軽く頬ずりしてしまう。

 布地はさらさらとして心地よいが、うっすらと湿り気を感じる。アデリエーヌが確かにこれを身につけていたその証だ。

 マリオンの呼吸と鼓動が早くなる。頭の中がぐるぐる回り始めて、何が何だかわからなくなる。

 どうしよう、やってしまおうか。やっていいのかな?一瞬の迷いの後、マリオンは、


 (――神様。マリオンは、地獄に落ちても構いませんっ!)


 と心の中で叫んで、勢いよく顔をうずめて大きく息を吸った。


(――あふっ♡)


 脳を焼かれるような、という言葉しか形容できないような、強烈な官能がマリオンに襲い掛かった。

 さっきよりも強く感じられる、蕩けるように甘い香りが、鼻から脳髄を抜け、頭のてっぺんへ駆け抜ける。

 その瞬間、背筋から全身に走る恍惚感。体がふわふわするような多幸感。脳がプリンになるような陶酔感。


 マリオンは、己の体ががくがくと震えているのに気が付いた。

 とりかえしのつかないことをしているという恐怖心と、それを補い余りある至福。

 主人の着衣に顔をうずめるなんて、両親が見たら悲しむだろうか。

 それでも、もうどうやってもいいやと思うぐらいの、幸せの絶頂に打ち震える。

 

 すんすんと鼻を鳴らすたびに、マリオンは自分の体の深いところで甘美な痙攣が起きるのに酔いしれた。

 頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。

 やがてマリオンは、


「~~~~♡!!」


 ビクビクと全身に電撃が走った後、しばらくの余韻に浸って、

 やがてまるでマリオネットのようにふらふらと立ち上がり、陶然とした表情でカートへ戻っていった。

 

 少しして、カレンが戻ってきた。


「すみません。ありがとうございます、助かりました」


 カレンが戻る頃にはマリオンも正気に戻っていて、


「いいえ、こちらこそ。ありがとうございます」


 という謎の返事をしたので、カレンは意味が分からず首をかしげるのであった。


 それからマリオンは、風呂上がりのアデリエーヌの姿を堪能しつつ、心躍る思いでジュースを給仕したことは言うまでもない。


 マリオンがこんなにもアデリエーヌに執心してしまったのは、今を去ること7年前。

 辺境伯家が、隣国との戦の戦勝祝いと、寄子たちの慰労と懇親を兼ねて行った宴席がきっかけだった。

 その宴席には、妻や子どもたちも参加していたのだが、子どもたちはすぐに飽きてめいめいに遊び始めた。

 マリオンもその中にいたのだが、やんちゃな男の子たちが多いこどもたちにもあまりなじめず、やがてひとりで温室に迷い込んだ。

 

 すると、そこに、陽光を浴びながら、物思いにふける少女――アデリエーヌと出会う。

 白銀の髪がきらきらと陽光に輝き、白いドレスを着ていたのと白い肌とで、「まるで教会の天使様みたい」というのがマリオンの第一印象だった。

 その天使は、マリオンが温室に入ってきたことに気が付くと、「あら、いらっしゃい。あなたも、みんなと馴染めなくて?」と美しい言葉遣いで問いかけてきた。

 そして、にこ、と「同じ子どもなのにどうしてそんなに気品高いのだろうか」と印象付ける微笑を浮かべた。

 これで、マリオンは一発KO☆である。


 それから月日は流れ、マリオンは、辺境伯家の侍女になり、なんとしてでもあの天使にお仕えしたい、という一心で日々を過ごしてきた。

 そうして夢がかなったのが、今年の春のことだった。


 

 その日の夜。

 マリオンは、就寝前の神への祈りを念入りに捧げた。

 今日の罪を許して貰おうという気持ちはない。もう一生、変態の烙印を押されてもいいと胸中深く思っていたからだ。

 それでも願わくば、ずっとアデリエーヌの側でお仕えできますように、という思い。

 主従の一線は超えなくていい。それでも、ずっとおそばに居たい。

 その一点に、マリオンの気持ちは集中していた。

もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想などお寄せいただけるとありがたいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ