エピローグ お嬢様たちはティータイムのことで頭がいっぱい。
最終回です!
アデリエーヌとマリオンが、初めて肌を重ねてから数日後。
マリオンは、いつものようにアデリエーヌに供する特別ブレンドの茶を準備していた。
配合を間違えることの無いように、ブレンドする内容はメモに取ってある。
ハーブは薬にもなり、また毒にもなるのだ。
すると、そこへメイドのカレンがやってきた。
「マリオン様。手伝いますよ」
カレンは、マリオンにだけ見せて他の侍女には一切見せない、さばけた態度と口調で茶器の準備を始める。
「ありがとう、カレンさん。助かります」
いいえ、とカレンは手元を見ながら言った。
「カレンさんのおかげで、お嬢様、すっかり元気になりました」
「なんかその割には、お嬢様、いっつも寝不足そうですけどね」
淡々というカレンの言葉にマリオンは、えへへ、とごまかし笑いをする。ややあって、
「カレンさんがあの時、お嬢様をハーブの力で元気付けたらって言ってくださった成果ですよ」
マリオンの言葉に、カレンは「だったら給金上がればいいんすけどね」と冗談っぽく言った。
そして、カレンはテーブルの上の紙片に目を向ける。
「……これ、ハーブの配合表ですか。ちょっと見せてもらっても構いません?」
カレンはマリオンの許しを待たずに、メモを手に取りじっと見る。
「マリオン様が忙しい時には、みんなの分のブレンドも含めて、アタシが手伝えればいいっすからね。あ、お嬢様への給仕は、マリオン様のお仕事ですよ」
カレンは、ふんふんと言いつつ、配合の要領を飲み込んだようだ。紙片をテーブルに戻す。
「だいたいわかりました。いつでも下ごしらえ、やっておきますから」
マリオンはそれを聞いて、(カレンさんは、なんて頼もしい方なんだろう)と感激した。
それから数日後。下ごしらえをカレンにゆだねる機会がやってきた。
アデリエーヌが今日の執務を終え、自室に戻った際、夕食前に取る休憩の一服である。
マリオンは、念のためにとカレンに配合表を渡し、その場を後にする。
しばらくしてマリオンが戻ると、カレンはブレンドを終えた後で、一緒に添える砂糖菓子をつまみ食いしていた。
「できましたよ。お嬢様の分。っていうか、この配合、確かに滋養強壮ですけど……」
「ですけど?」
「……媚薬の成分もたくさん入ってますよ。大丈夫なんすか?」
「っえ?!」
カレンの言葉に、マリオンは驚きの声を上げた。
「まあ、お茶で飲むぐらいでしたら、大丈夫でしょうけど。それに、男の人に飲ませるわけでもないですしね」
無責任な口調で、カレンは呟いた。
マリオンは、何を思ったのか取り乱した様子で厨房の棚を漁り、砂糖菓子の入った小瓶を見つけると、それをカレンに押し付けた。
両手に収まるサイズの小瓶だが、中身の砂糖も、美しく彫刻された小瓶も、庶民には手が出ないほどの高級品である。
「……別に、マリオン様が変な気を起こしているとは思いませんけどね」
カレンはそういいながらも、しっかりと小瓶を受け取り、エプロンの内ポケットに忍ばせた。
その後、2人はブレンドしたハーブや茶器、風炉などを準備して、カートに乗せる。
厨房を出て、アデリエーヌの自室へ向かう。
途中「じゃあ、アタシはここで」とカレンが別棟に向かおうとしたが、マリオンは「いつも通りの給仕ですから」といって、引き留めた。
自分がブレンドした茶葉の加減を、カレンにそれとなく見てほしかったのだ。こうしたことが、茶の教養につながっていく。
やがて、アデリエーヌの自室に2人はつき、マリオンはドアを叩扉する。
ドアの向こうからくぐもった声で、「入りなさい」という、いつものクールなお嬢様の声がした。
マリオンとカレンは、部屋に入ると「お茶をお持ちしました」と優雅に言った。文机で本を読んでいたアデリエーヌは、それを見て無言でうなずく。
マリオンは、いつもの流れるような動作で、茶を淹れる。
今日は珍しく、ガラスポットに茶を淹れて、色の美しさを見てもらう趣向にした。
カレンはいつものように後ろに控えて、人間の形をした置物になっている。
アデリエーヌはマリオンが茶を淹れる間に、ソファへ移動する。
茶が入った。サフランの、赤い、いつものお茶だ。
マリオンは、トレイに乗せたティーカップを運びながら、一瞬、不思議そうな顔をして、すん、と鼻を鳴らした。
アデリエーヌは特にそれを気に留めることなく、マリオンがテーブルに茶を置くのを、目を細めて眺める。
「お茶が入りました、お嬢様」
マリオンは、テーブルにティーカップと砂糖菓子をしつらえると、一礼して背を向け、カートに向かって歩き出した。
背後でかちゃり、と小さな音がした。アデリエーヌがティーカップを手にしたのだろう。
あれ? カレンさんが、カートから随分と離れたところにいる。どうしたのだろうか。
マリオンは、ガラスポットに目を向ける。
――白い!
赤いはずのサフランが、ポットの中で白くなっているのを見て、
「お嬢様! そのお茶は飲まないでください!」マリオンはとっさに叫んだ。
アデリエーヌが一瞬、何のことかと、きょとんとする。マリオンはカレンを見た。
カレンはなぜか、ドアに向かって走り出している。
「待って!」マリオンはカレンに向かって叫んだ。
ここでアデリエーヌは平静さを取り戻して立ち上がり、テーブルの上のバクの置物を猛烈な勢いでカレンの足元に投げつけた。
陶器の人形が矢のように宙を飛ぶ。置物はカレンの足元にたたきつけられ、跳ねて、激しい音を立てて割れ、彼女の足に絡みつく。
「くそっ!」
カレンはこの不意打ちに足もとがもつれ、その場に転ぶ。
その隙にマリオンがカレンに駆け寄る。「来るなッ!」カレンは、跳ね起きつつ、隠し持っていたナイフを取り出した。
カレンがナイフを振り回すと、マリオンは「きゃっ!」と小さく叫び、恐怖で気が動転して、思わずその場に立ちすくむ。
「マリオン、戻りなさい!」
アデリエーヌが強い口調でマリオンに命じた。マリオンはその言葉で我に返り、アデリエーヌの元へ駆け戻る。
それを見たカレンは「ちっ」と吐き捨てると、ドアの向こうに消えていった。
「――曲者だッ! メイドのカレンを、見つけ次第捕縛しろッ!」
直後、アデリエーヌは、いつもの洗練された雰囲気からは、けして想像もできないほどの大音声を発した。
マリオンは、そんなアデリエーヌの姿を見て、こんな状況なのに、思わず胸がときめいた。
◇
その後調べさせたところ、ポットの中身はイヌサフランという猛毒だった。
口にするとその場では何ともないが、半日後に悶え苦しんで息絶えるという。
サフランに似ているが、香辛料となるめしべの色は白い。そこでカレンは、食紅でごまかしていたのだろう。
マリオンは、香りがいつもと違うのと、湯を入れた後の白いめしべで異変を察知したのだ。
カレンの行方は、それからはまったくわからなかった。
ジョゼフがカレンの部屋を捜索すると、フューター侯爵家の関与を匂わせる証拠の品が見つかった。
それから後の始末は、王都にいる父の手に委ねられた。
「こういうことは、お父様がお得意とするところですから」とアデリエーヌが言ったからだ。
その後、なぜか辺境伯家と侯爵家の軍権が大幅に強化されることになった。
その軍費補填のために、第3王子が独占していた塩鉱山の権利と、独自の貨幣鋳造権が辺境伯家に与えられることになった。
父からの手紙によれば、「第1王子派のウチと侯爵家を離間しようとした、第3王子派の策謀」だったそうだ。
第3王子にとっては、アデリエーヌを手に入れられなかった腹いせもあったらしい。
父はしっぽをつかんだ後、侯爵家と裏で通じて王宮内でうまく立ち回り、王家から『謝罪の品』を得たそうだ。
蛇足ながら、第3王子は、いつのまにか異教徒の国へ親善大使として派遣されていた。
こうした動きは、やがて王国の崩壊につながっていく。
でも、そんなことは、アデリエーヌとマリオンには関係ない。
「マリオン? 今日はどんなお茶を淹れてくれるのかしら?」
「はい、お嬢様。今日は特別なお茶を、ご用意していますよ♡」
2人は、ヒミツのティータイムのことで、頭の中がいっぱいなのだから……。
おしまい。
==========
●参考文献
J.S.ドーソン(1978) 「上エルミライヒ近代史」日奥書房
宮川理(1982)「ウィーンの女傑アデリエーヌとその時代」近代叢書
佐藤実(1995)「近代ヨーロッパにおけるサロンと喫茶の文化史」睦月書店
季刊野草編集部(2014)「暮らしの身近な薬草・毒草」森と草原舎
伊藤信子(2010)「百合考 処女信仰とジェンダー論」女性思想社
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