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第10話 迫る大国の手と守る絆

ゼルファルトの軍が国境から撤退したという報せは、驚くほど早く王都へ届いた。


「わずかな小国の兵力と、辺境の村が……五千の軍を追い払っただと?」


王都の政庁で机を叩いたのは、リリアーナの父、エスティレート公爵だった。

隣には長兄が顔を青ざめさせて立っている。


「お父様……これはただ事ではありません。王都の貴族連中も噂しています。あの時追放したリリアーナが、村に神の奇跡を呼ぶ巫女だと……」


「愚かな……あれほど役立たずと見限った娘が、今になって国を左右する存在になるとは」


公爵は深く息を吐き、拳を握り締めた。


「放っておけばいずれ隣国や他国が狙う。我が家が率先して迎え入れ、再び公爵家の娘として正式に戻すしかあるまい。何としてでも──」


その数日後、村にまたしても大国の使節団がやってきた。

今度は前回のような小規模な一団ではない。

護衛兵が数十人、立派な紋章旗が複数掲げられ、中央には都から派遣された特使と名乗る中年の男が馬車から降り立った。


村の広場は一瞬で重苦しい空気に包まれる。


リリアーナは小さく息を呑み、思わず隣に立つミーナの袖を掴んだ。


「この村に住むリリアーナ・フォン・エスティレート殿下にお伝えする!」


特使は声を張り上げ、わざと周囲に響くように宣言した。


「大国王家はあなたの奇跡の噂を聞き及び、その力を正しく保護し、活用するために正式に都へお迎えすることを決定しました。王都にて王自ら直々に謁見される手筈です。これは栄誉であり、同時に王家の命です」


一瞬の静寂。

続いてざわめきが広がった。


村人たちは互いに顔を見合わせ、不安げな視線をリリアーナに寄せた。


(……また、私を勝手に連れて行こうとする)


心臓が早鐘を打つ。

あの日、公爵家の屋敷で「お前なんかいらない」と突き放された時の、あの冷たい絶望が蘇る。


だが、その時だった。


「待ってくれ」


前に出たのはハルだった。

広い肩幅をぐっと張り、特使を真っすぐに睨み据える。


「王様がどれほど偉かろうと、この村の大事な仲間をそう簡単に差し出せるか! リリアーナさんはもう俺たちの家族みてぇなもんだ!」


続いて羊飼いの夫婦も、老女も、子どもたちまでがリリアーナの周りに集まってくる。


「この子をまた泣かせるようなことは絶対させないよ」

「わしらはリリアーナさんにたくさん助けてもろた。今度はわしらがこの子を守る番だ!」


特使はあからさまに眉をひそめ、不快げに口を開いた。


「村人風情が王命に逆らうか。国家反逆の意図ありと見做されるぞ?」


しかしそこへ割って入ったのは、ルディオ・グランツだった。

小国ヴァルナート国境伯家の使いである彼は、真剣な目で特使を見据える。


「国境伯家として、この村を保護下に置くとすでに王に伝達済みです。リリアーナ殿は我がヴァルナートにとっても不可欠な存在。勝手に連れて行こうとするのは許しません」


「小国ごときが我が大国に楯突くか!」


「大国であればこそ、ここで争いを起こしては示しがつかないでしょう。噂をさらに国境の外まで広げたいとお考えですか?」


ルディオの低く静かな声に、特使は口を閉ざした。

その態度は表面上は冷静を装っていたが、額にはじっとりと汗が浮いている。


(私、守られている……)


リリアーナは胸が詰まった。

公爵家にいた頃はいつも家の都合だけが優先され、周囲は誰も自分を守ってくれなかった。


けれど今は違う。

この村の人たちは、ルディオは、必死になって自分を守ろうとしてくれる。


それに気付いた瞬間、胸の奥に熱いものが生まれた。


「私は──」


リリアーナは大きく息を吸い込み、特使を真っすぐに見据えた。


「私はもう、公爵家の娘ではありません。この村に住むただのリリアーナです。そしてこの村で、生きていきたいんです」


「な……っ!」


特使は顔を赤くして睨みつけたが、村人たちの視線に圧され、それ以上何も言えなかった。


「……このこと、必ず王家に報告する。覚えておくがいい」


そう吐き捨てると、特使は不満げに馬車へ戻り、護衛兵を引き連れて村を去っていった。


「言ったな、リリアーナさん!」


ハルが嬉しそうに笑い、羊飼いの妻が涙ぐみながら抱きついてきた。


「本当に、よう言ってくれたよ。わしらももう、あんたを二度と一人にさせない」


老女もにこにこと笑いながら、手をぎゅっと握ってくれる。


「ここはあんたの家だからね。誰が何と言おうと、もうこの村の大事な娘さ」


その夜、家で湯を沸かすミーナが静かに笑った。


「お嬢様……いえ、もう“お嬢様”ではありませんね。ですが私は、ずっとお嬢様に仕えたい気持ちは変わりません」


リリアーナはそっと微笑んだ。


「ありがとう、ミーナ。あなたがいてくれたから、私は今こうしていられるの」


「いえ、お嬢様ご自身が強くなられたのです。今日のお嬢様はとても誇らしく見えました」


胸がじんと熱くなる。

(私、もう一人じゃない。みんながいてくれる。だからこれからも、私の力でこの場所を守る)


窓の外を見れば、夜空には満天の星が輝いていた。

これからも困難は訪れるかもしれない。

でももう逃げたりはしない。


(この村と、この村の人たちと、生きていく)


リリアーナはそっと目を閉じ、その未来を胸に強く刻んだ。

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