裏切りの宴
帝都に、早春の祝賀祭の鐘が鳴り響く。
街のあちらこちらに彩られた赤金の旗、舞い散る紙吹雪。表向きは平和の象徴としての王室の催しだった。
だが、その夜の祝賀の宴が、帝国の未来を左右するとは、誰も思っていなかった。
会場となる王宮の大広間には、貴族・軍・商人、そして一部の民間代表までもが顔を揃えていた。
第一王太子レオナルド・グレイファルドとその恋人、リーゼ・アルヴァが揃って現れると、場はひときわ賑わいを見せた。
リーゼは無垢な笑みを浮かべ、白いドレスを揺らして民衆に手を振る。
だが、その瞳の奥には、一分の隙もない計算があった。
(今日こそ、セリナ・アルベリヒの影響力を終わらせる日)
宰相ヴァレン・マティウスから授けられた密命。
それは、セリナ派と目される改革派貴族たちを、王宮の場で追放する口実を作ること。
しかし、その夜。
全てを覆す招かれざる客が、舞台に姿を現す。
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パーティが中盤に差しかかった頃。
突如として広間の入り口が開いた。
場に不穏な沈黙が広がる。
――白と銀を基調とした礼装。
堂々とした姿勢と一分の淀みもない所作。そして、何より鋭く光るその瞳。
「セリナ・アルベリヒ……!」
場の空気が凍った。
第一王太子の元婚約者。
あの夜、舞踏会の場で捨てられ、静かに身を引いたはずの令嬢が、今――この王宮の中心に立っていた。
「これは……どういうことだ」
レオナルドが、驚愕と困惑の表情を浮かべる。
その隣で、リーゼの笑顔が硬直する。
セリナは、まっすぐ王座の前に歩を進めた。
その手には、厚い資料の束が握られている。
「ご出席の皆さま。突然の無礼、お許しください」
彼女は一礼し、資料を王宮の侍従に手渡した。
「本日ここに、帝都経済に関する裏帳簿と、宰相ヴァレン閣下が関与した違法献金の記録を提出いたします」
会場がざわつく。
「なっ……何を言っているのだ、貴様!」
ヴァレンが声を荒げる。
しかし、その声すらも、セリナの次の言葉にかき消された。
「また、王太子殿下が恋人として迎えたリーゼ・アルヴァ嬢が、元・対外諜報機関の所属員であることも確認済みです」
雷が落ちたかのような衝撃が、場を貫いた。
「嘘よっ!」
リーゼが叫ぶが、セリナは冷然と、告発書の写しを掲げる。
「あなたが提出した偽名の入国記録、過去に使用していた暗号通信――すべて、証拠があります」
レオナルドが蒼白になる。
「……そんな……俺は……」
彼の声は、虚空に消えた。
「あなたは、利用されたのです。王子という立場も、善意も、恋すらも」
その言葉は、あまりに静かだった。
だが、それが逆に全員の胸に深く突き刺さる。
「もう一つ――この国を、裏で支えていたのは誰だったか。今夜、それをお見せいたします」
セリナが合図を送る。
次の瞬間、大広間の周囲の扉が開き、数十名の武装兵が現れた。
――だが、その兵は王宮直属ではない。
「……あれは、銀獅子軍団……!? 民兵か……!?」
周囲の声がざわつく中、セリナの傍にアラン・フェイヴァルが現れ、短く頷いた。
「城外、制圧完了。王都の軍は中立を宣言しています。宰相派の部隊は抵抗の意志を示さず、下がりました」
「よくやったわ、アラン」
「……セリナ様、ここからが本番です」
そう。
これはただの暴露劇ではない。
これは、セリナが仕掛けた――「無血政変」だった。
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宰相ヴァレンは、もはや抵抗の意思を見せなかった。
ただひとつ、静かにセリナを見据える。
「――君が、ここまでやるとはな」
「あなたは過去の人。民の声も、未来も、すでにあなたの手を離れました」
ヴァレンは微笑を浮かべたまま、侍従たちに連行されていく。
それを誰も止めなかった。
王太子レオナルドは、うつむいたまま動かない。
リーゼは叫び声をあげて逃げようとしたが、兵士によって静かに取り押さえられた。
セリナは、玉座の前に立つ。
もはやその場に、彼女の敵はいない。
彼女の背後にいたのは、銀獅子軍団、改革派貴族、情報ギルド、そして――帝都の民たち。
その光景に、誰かがつぶやいた。
「……まるで、女王の戴冠式だな」
その言葉に、セリナは応えなかった。
ただ、まっすぐ前を見据え、静かに口を開く。
「私は、ただ――この国を取り戻すだけです」