革命の女帝
帝都フィリシアの朝は静かだった。
だが、その沈黙の裏で、百年ぶりとも言われる政変が完遂された。
宰相ヴァレンの失脚、王太子レオナルドの退位、旧勢力の粛清と再編。
そして、そのすべての中心にいたのは――
一人の元・令嬢、セリナ・アルベリヒである。
「よくぞ、ここまで……」
王宮の一室で、軍中将ロイド・マクシムが深々と頭を下げた。
彼のような軍人が貴族でもない少女に敬意を表する――それが、何を意味するのか。
「私は、正しい未来を望んだだけです」
セリナの言葉に、ロイドはわずかに目を細めた。
「だが、その正しさを証明するために、血も涙も流れた……女王以上の仕事だった」
「いいえ。私は王になったつもりはありません」
そう返したセリナの視線は、決して誇らしげではなかった。
むしろ、疲れと静かな覚悟がにじんでいた。
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セリナは摂政の地位を与えられた。
名目上は「新体制移行のための暫定執政者」だが、実質は国の最高権力者である。
各地で混乱が続く中、彼女は素早く政務を再構築していった。
・腐敗した税制の刷新
・物資輸送路の整備
・信頼できる地方官の登用
・貴族議会の制限と民意代表の導入
そして、彼女はとある改革案を提示する。
「……王家の象徴化ですか?」
若き貴族エミール・ルヴァンが目を見開いた。
「ええ。王は守る者に戻ってもらう。治めるのは、民意と法」
「それでは、実質の共和制では?」
セリナはわずかに頷く。
「完全な共和政は急すぎるわ。だが、第一歩にはなる」
旧来の権威を崩さずに、新しき制度を構築する。
それが彼女の描く穏やかな革命だった。
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そんなある日、セリナの私室をノックする者がいた。
「……アラン?」
ドアを開けると、そこには常に冷静沈着な護衛――ではなく、どこか戸惑いを帯びた青年がいた。
「どうかしたの?」
「いや……いや、何でもない」
視線を逸らすアランを、セリナは訝しげに見つめる。
だが、次の瞬間、アランは深く息を吸い込んだ。
「君は、もう復讐のためには動いていないんだな」
セリナは目を細めた。
「最初から、それが目的じゃなかったもの。解放よ、私も、この国も」
「……君の背中に、帝国の未来が見える。俺は……その未来に、並んで歩けるのか?」
静かな問いだった。
セリナはふと笑みを浮かべた。
「あなたが傍にいるなら、私は道を間違えない。だから――これからも支えて」
それは、彼女なりの愛の言葉だったのかもしれない。
アランは言葉にできず、ただ深く頷いた。
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その夜。帝都の広場には、数千の民衆が集まっていた。
臨時政庁の設立を告げる式典――そして、新たな時代の幕開けを祝う場である。
セリナが壇上に立つと、騒がしかった広場が静まり返った。
「皆さん」
その一言だけで、空気が変わった。
「私は、かつて王太子の婚約者でした。けれど今日、私は国のひとりとして、皆さんに伝えます」
視線が、群衆一人ひとりに注がれるように。
「この国は、変わらなければならなかった。腐敗と偏見、特権と沈黙――それらを見過ごすことは、未来を殺すこと」
風が吹く。
「だから、私は立ち上がった。令嬢としてではなく、一人の人間として」
「……皆さんに問います」
言葉に熱が宿る。
「変わる勇気を持てますか? 誰かに任せるのではなく、自ら選び、考え、歩む覚悟を」
沈黙の中――一人が拍手をした。
それが次々に連鎖し、やがて大きな波となる。
「セリナ様!」「女宰相万歳!」「革命の姫君!」
夜空に叫びが響き渡る中、セリナは、どこか遠くを見るような目をしていた。
「……私は、国を救ったのではない。変化の扉を開けただけ」
その独白は、誰の耳にも届かない。
だが、彼女の背中を見た人々は口を揃えて言う。
――帝国は、ついに女帝を得たのだ、と。




