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1話 失恋少女と甘〜いチョコリングドーナッツ(いちご)


 スーパーのパン屋さんとかでよく売ってる、あの脂っこいリングドーナッツ。偶にめっちゃ食べたくなります。





 ピピピピピッ


 真っ青な空を、2匹の白い小鳥が仲良く飛んでいる。そんな2匹を羨ましいなあと考えながら、こんな良い日に似合わない泣き腫らした顔で私は空を仰いでいた。


 ここは町外れの丘の上に1本だけ生えている木の下だ。人のいない静かな場所。一人になりたい時はいつもここにくる。ちょっと前なら、そろそろ私を心配した彼がやって来てくれるはずだが、きっと彼は来ないだろうな……。


 そう思ったら、また涙が出てきた。なんとか涙を堪えようとしていたら、パッと目の前に変なものが現れた! 手のひらくらいのお人形さんみたいなもの。お人形さんなのに、顔はどこぞのおっさんみたいで凄く変だ。



「よお、お嬢ちゃん。こんな所でどうしたんだ?」


「ひぇっ?!」



 しゃ、シャベッタァアアア!!


 え? ええ?! 何コレ、何コレ! お人形が喋った? びっくりし過ぎて、涙も引っ込んだ。



「あー、驚かせちまったな。お詫びに良いもんやるから、ちょいと手ぇ出してみな」


 何がどうなってるのか分からず、混乱したまま言われた通りに、両手をお人形さんの前に出した。


「そいや!」


 ポムンッ!!


 お人形さんが、手を振りかぶって指差すと、私の手の上で白い煙が上がる。そして、トスンッと何かが手のひらに乗っかった。煙が晴れてからよく見てみると、ソレは茶色くて丸い柔らかな何かに、上半分がピピルの花みたいな鮮やかなピンク色をしていて、カラフルな細長いものがパラパラと振り掛けられたものだった。真ん中はポッカリ穴が空いている。何だろうコレ?? 見たことがない。


「気分転換には甘いものってな! チョコリングドーナッツだ! 食ってみなー、美味いぞー」


 そう言って、お人形さんはもう一度ポムンッとやって、私に出したのより遥かに小さいお人形さんサイズの同じリン?なんとかナッツを出して食べ始めてしまった。これ、食べ物なんだ?



 あまりにもお人形さんが美味しそうに食べているので、恐る恐るリン?なんとかナッツを私も食べてみた。


 齧って最初に感じたのはガツンとくる甘さ! 甘い! とにかく甘い!! 今まで食べたどんな果物より甘かった! 次に来たのはふわふわと香ばしい何か。こちらはそんなに甘く無いが、微かなミルクの風味が感じられ、先ほどまでのしつこいくらいの甘さを緩和してちょうど良い味にまとめてくれた。更には時折りパキパキと何かが、噛むたびに面白い食感を味合わせてくれる。


 余りにも甘くて美味しくて、いつの間にか夢中で食べていた。こんなに美味しいもの、初めてだわ!!



 ……甘い甘い夢のような時間はあっという間に終わってしまった。残されたのは、ちょっとベトベトになった指とスカートの上にこぼれてしまったリン?なんとかナッツの欠片たち。


「美味かったかい?」


 私より先に食べ終えていたお人形さんが、笑顔で聞いてきた。


「ええ、とっても美味しかった! ありがとうお人形さん!!」


「お、お人形さん?! あー、まあ、いいか。んで、落ち着いたなら聞いても良いかい? どうしてまたこんな所で泣いていたんだい?」


 お人形さんと呼んだら、なんだか微妙な顔になってしまった。お人形さんじゃ無いのかな?? それに、泣いてる理由かあ、うーん、このお人形さんになら話しても良いかな、私も誰かにこの気持ちを話したかったけど、誰に話したら良いか分からなかったから。



「お人形さん、聞いてくれる? 実はね……」


 そうして私は話し出した。私には小さい頃からの男の子の幼馴染がいた事。家が隣同士で、親も仲が良かった私達は、成長してからもよく一緒にいた。一緒に買い物したり、広場に行って遊んだり、お祭りを楽しんだり、日常を一緒に笑ったり、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、沢山のことを二人で過ごしてきた。


 だからなのか、特に二人の間でプロポーズなどはしていないが、なんとなく婚約者みたいな関係になっていた。それだけの間、一緒にずっと過ごしてきたのだ。周りもみんなあの二人は将来結婚するんだろうなと思っていた位の中だった。



 でも、ある日の事。我が家の目の前にあの母娘が引っ越してきた時に、その関係性は終わってしまった……。


 彼女達は、父親が亡くなってしまい、近所でトラブルが起こったため引っ越してきたとの事だった。二人ともとても美人で、しかも母親の方は体が悪いらしく、時折り具合が悪そうに咳き込んでいた。そんな母親を気遣い、健気に助ける娘さんは、とても庇護欲を沸かせる人だった。


 そんな娘さんの健気さに心を打たれたのか、優しい幼馴染の彼はあっという間に健気で美しい娘さんに惹かれていった。今までは食堂をやっている私の家に、よく夕食を食べにきては、帰りに差し入れなんかしてくれたのに、全く寄り付かなくなった。休日の日も、娘さんと一緒に出歩くようになり、私と過ごす時間は無くなった。


 そして遂に、近々開催されるお祭りに彼女を誘っている所を目撃してしまったのだ。



 私と彼の間は、ただ幼馴染だからと言う理由でなんとなく続いていた関係性だった。はっきりと互いの関係を確かめ合った訳でも、約束した訳でもなかった。それでも、私は彼のことがいつの間にか好きだった。将来は結婚して、二人で家の食堂を継いで、幸せに暮らすんだと信じていたのだ。


 だから、彼が私から離れていった後も、きっと彼は戻って来てくれると、彼は優しいから今だけお向かいさん達を気遣っているだけだと、心に言い聞かせていたのだ。でも、娘さんを祭りに誘ったのを見て、彼の私への気持ちが完全に無くなった事を知らされてしまい、悲しくて、悲しくて、走ってここまできて、涙が溢れて泣いてしまったのだ。



 一気に話し終えると、また少し悲しくなって、ちょっと涙が出て来てしまった。私が話している間、お人形さんは黙って聞いてくれた。


「なるほどなあ、確かにそりゃあ泣きたくなるわな。ちなみに、その祭りってのはあれかい? 恋人同士で行くみたいな奴かい?」


「ええ、そう。基本的に家族や恋人同士で行くのが普通なの。同姓の友達同士で行く事もあるけど、異性なら恋人同士ね。だから、祭りに誘うという事は、恋人になって下さいって言ってるようなものなのよ……」


「そうかぁ……」


「彼が離れて行ってから、初めて彼が好きなことを自覚したの。離れてから気づくなんて、本当に私バカだよね」


「そんな事ねぇさ。今までずっと一緒だったんだろう? 近すぎて気付かなかったなんて、よくある話しさ!」


「ありがとう、お人形さん。ふふっ、なんだかお人形さんに話したら、ちょっと心が軽くなった気がするわ」



 沢山泣いて、甘くて美味しいものを食べて、沢山話して……。なんだか、今まで心にのしかかっていた重い何かから解き放たれたような気がした。


 涙を拭って私は立ち上がった。あんまりくよくよしてちゃ駄目よね。前を向かないと!


「本当にありがとう、お人形さん。貴方のおかげで、私元気がでたわ! もう、彼の事で悩むのは終わり! 早く帰らないとお母さんもお父さんも心配しちゃうもんね!」


「良かった、元気になって。女の子は、元気なのが一番! まあ、こんなナリの俺が言うのもなんだが、お嬢ちゃんはまだ若い。これから、新しい出会いがまたあるさ!!」


 そう言って、お人形さんは私の周りをくるりと飛び回ってから、顔の前まできて、グッと笑顔で親指を立てたポーズをしてきた。何のポーズかは分からなかったが、何だか面白かったので、私も同じポーズをした。


 最初は奇妙に思えたおっさん顔だったが、最後には全然変に思わなくなっていた。



* * *



 それから、私はお人形さんと別れて、家へと帰った。両親は最近塞ぎがちな私が泣きながら何処かに走り去ったと常連さんから聞いていたらしく、食堂を一時休みにして、私を探してくれていたみたい。帰ったら、泣きながら安堵されて、こちらがびっくりしてしまった。


 今まで心配させてごめんなさいと両親に謝り、私はまた日常に戻った。



 相変わらず幼馴染の彼はお向かいの娘さんのそばに居たし、祭りも彼は娘さんと一緒に行ったらしい。私はというと、久しぶりに家族とお祭りに行って、めいいっぱい楽しんだわ! 友人達や常連さん達は、そんな私を見て空元気ではないかと心配してくれたが、私は笑って大丈夫だと言えた。何だかもう、彼の事は気にならなかった。それに、「女の子は元気が一番!」だからね!


 それから暫くして、私に新しい出会いがあった。相手は少し離れた所にある雑貨屋の次男さん。無口だが、誠実で実直な人だった。私が家のお使いで雑貨屋に買い出しに行った際に、重い荷物でふらつきそうになった所を助けてもらった事から少しずつ仲良くなり、つい先日付き合って欲しいと告白を受けたの!


 更に、正式に付き合い始めた数日後。お母さんが腕をケガしてしまい食堂の仕事が出来なくなってしまった時、次男さんは実家の雑貨屋に急いで許可をとり、雑貨屋の手伝いを休んで家の手伝いに来てくれたのだ! 


 これには、家族揃ってびっくりしてしまった。だって、幼馴染の彼は、家が繁忙期で忙しくても、家族の誰かが病気になったりケガをしても、手伝ってくれた事は無かったのよ。彼には彼の仕事があると言っていたから……。それが当たり前だと思ってしまっていた。まさか、自分の仕事を休んでまで手伝いに来てくれるなんて。



 次男さんが手伝ってくれたおかげで、お母さんはゆっくり療養できたし、食堂も通常通り営業できた。最初は私達の交際を渋っていた両親も、実直に働き、お向かいの娘さんに声をかけられても全く靡かず、誠実に私を支えてくれた次男さんを認めてくれて、晴れて両家の家公認の恋人になれた!!


 現在次男さんは、雑貨屋と食堂を交互に手伝ってくれている。私も次男さんと一緒に過ごす時間が多くなり、とっても幸せ! こんな風に幼馴染との関係を吹っ切れて、新しい出会いに素直になれたのは、きっとあのお人形さんのおかげね。


 そうそう、お人形さんについて、なんだか見たことある気がしていたんだけど、この前教会に行った時に思い出したの。教会に飾ってある、神さまと御使いの妖精様達の絵、この絵に描いてある妖精様の姿があのお人形さんと同じだったの! 見えにくかったけど、あのお人形さんの背中にも小さな羽があったし、来ている服や帽子も絵にそっくりだった。


 でも、お人形さんは、妖精様なんかじゃないわよね。だって、妖精様は神さまの御使いで、すっごくすごい存在なのよ? 王様とかお姫様とか英雄様がお会いになるならまだしも、私みたいな平凡な町娘の前なんかには、現れるはずないわよね?


 それに……絵の妖精様達は、みんなとってもキレイな顔の子供達だもの。お人形さんはおっさん顔だったから、絶対違うわね!! でも、私はお人形さんの方が好きよ! 私を元気づけてくれた、優しい優しいお人形さん。また、何処かで会えるかな? 


 また会えたら、今度は次男さんの事を紹介しよう! 貴方のおかげで、新しい出会いができましたよって! それから、今度は私がご馳走しよう! あの甘くて美味しいリン?なんとかナッツのお礼に!!



 ピピピピピッ!


 真っ青な空を、2匹の白い小鳥が仲良く飛んでいる。そんな2匹を微笑ましく眺めながら、私は今日も元気に食堂の手伝いをしに行く、今日は次男さんが来てくれる日だ、さあ頑張って行こう!
























* * *



 俺は、雑貨屋の次男だ。俺にはずっと好きな子がいた。それは、食堂の一人娘の女の子。


 彼女はいつも明るく笑顔で食堂の手伝いをしていて、その笑顔が凄く眩しくて可愛かった。こんな無口の俺にも優しく接してくれて、食堂の仕事も真面目に頑張っていて、そんな彼女がずっと憧れの存在だった。


 でも、彼女の側には幼い頃からアイツがいた。いつも、ヘラヘラと笑ってぐうたらしているアイツ。彼女が食堂で頑張っている間も、仕事に行ってくると嘘をついては、町外れの裏道で他の若い奴らと賭け事をしたりとクダをまいていた。彼女やアイツの親にはバレてないみたいだが、雑貨屋の手伝いで町外れ付近に配達に行っていた俺は、アイツが賭け事をしていたのをバッチリ目撃している。ちなみに賭け事に負けて金がない時なんかは、食堂で彼女に言葉巧みに話しかけては、タダ飯を奢らせていた。


 真面目な彼女には、そんなアイツは相応しくないと常々思っていたが、アイツの本性をバラそうにも、俺は無口で話が上手くないし、外面と口がうまいアイツ相手に勝てる気がしない。日々モヤモヤしながら食堂に通って彼女を見守るしかなかった。



 そんな俺にも転機がやってきた! 食堂の前に引っ越して来た、見た目だけはキレイな胡散臭い母娘に町の男達が夢中になったんだ、その中にアイツもいた! アイツは、気色悪い仕草で男どもに甘える娘にメロメロになって、彼女の事を蔑ろにし始めた。


 悲しむ彼女を見てなんとかしたいと思ったが、無口で不器用な俺は食事の注文時に「大丈夫?」と声をかけたり、アイツがあの娘と道端でイチャコラしていたら、その道を彼女が通らないようにそっと誘導するくらいしか出来なかった。でも、彼女はある日からいきなり元気を取り戻した。何があったかわからないけど、元気になって良かったと思っていたら、実家の雑貨屋で彼女を手伝ったのをきっかけに彼女どどんどん仲良くなっていき、ついに告白まで受け入れてくれたんだ!


 もう、天にも昇る心地だった。彼女との交際はうちの両親も兄夫婦もすごく喜んでくれたし、彼女の両親も俺が食堂を手伝った日から仲良くなって、今では食堂を手伝いながら彼女と一緒に、彼女の父親から秘伝の料理を教わる毎日だ。




 ……そういえば、彼女との交際のきっかけになったあの母娘、いつの間にか夜逃げみたいに居なくなっていたな。周りにたむろっていた男達は、あの母娘に色々貢いでいたみたいで、阿鼻叫喚になっていた。アイツも実家の貯金をあの娘に貢いでいたみたいで、アイツの両親がその事を責めたら芋づる式にアイツが実は無職で賭け事してたのがバレて、家を追い出されていた。


 アイツは彼女とよりを戻そうと近づいて来たが、彼女が拒否したので、俺と彼女の両親とで追い払ってやったよ。アイツは、金も家も彼女も将来の食堂の主人という未来も全部無くしたけど、真面目な彼女を蔑ろにしたんだから、自業自得だ!


 俺はこれからも真面目で頑張り屋な彼女と一緒に食堂を盛り立てていこうと思う。そういえば、この前彼女が新商品のレシピだと出してきた、粗く砕いたナッツを焼いたものにカラフルなドライフルーツを混ぜてミルクをかけたデザートは凄い美味かったな。お客さん達にも好評だった。俺やお客さん達は、彼女の料理の腕前や発想力をべた褒めしたが、彼女はこれじゃあ「リンなんとかナッツ」には全然及ばないな、と残念がっていた。


 「リンなんとかナッツ」ってなんだろう?? 行商人とかが運んできた遠くの町の珍しいお菓子とかだろうか? 彼女が食べたがっているんだったら、なんとか俺が作ってあげられないだろうか? 今日も彼女の事で頭がいっぱいになりながら、日々を過ごす。ああ、憧れの彼女と一緒にいれて、毎日幸せだ!!



 

 ちなみに向かいに越して来た母娘は、いろんな町を転々としながら、男達を騙しては金品を貢がせていた詐欺師親子。母親も体の調子なんて全然悪くなくて、ただの演技でした。他の町では余りの悪質さに手配書まで出回っている所もあるくらいのワル。


 優しく見えていた幼馴染の彼は、表向き優しいですが、実のところ中身はクズで、彼女に寄生してました。彼女は何をしたって自分から離れないし、将来は大きな食堂の主人として悠々自適に過ごせると余裕ぶって生きていました。だから仕事にも着いていませんでしたし、美しい娘にも直ぐに靡きました。その結果がコレなので、まあ、なるようになったかなと。


 また、食堂の彼女が開発したなんちゃってグラ◯ーラはやがて有名になり、食堂の看板メニューとして代々受け継がれていきますが、開発秘話として妖精様似のおっさん顔のお人形さんの話も代々受け継がれていくはめに。受け継がれた話の関係でまたびっくりするような出来事が食堂に降りかかりますが、それはまた別のお話で。


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