あなたの心が離れるわけは?
「初めましてサリィ。今日から君は僕の婚約者だよ!」
隣の領主リンガー伯爵家子息のローランと、
クーデン子爵家令嬢サリィとの婚約が整った。
2人が12歳の時だった。
リンガー家は土地が豊富で作物や果樹を育てるには適しているが川が無く、雨が降らず日照りが続くと直ぐに困窮してしまう。
一方クーデン家の領地には山があり、常に雪解けの水が豊富に流れているが作物を作る土地が無く、畜産で何とか生活を送っていた。
そんな時たまたま同じ年に生まれた嫡男が、たまたま同じ学園へ入ったことで縁が出来た。
2人はとても気が合い夏の休みはお互いの領地へ行っては、
ここはこうしたら良い。あそこはあーした方が効率が良い。
と、他人の目で意見を交換して行った。
そのおかげか少しずつではあるが、お互いの領地が潤っていったがどうしても解決出来ない事があった。
それが土地と水だった。
お互いの親(領主)は息子たちのやる事には口を出さなかったが、土地と水の事になると頑なに首を縦には振らなかった。
その後学園を卒業した2人は、お互いの領地を継ぐために戻った。
先に結婚したのはクーデン子爵子息だった。
そして1年後には男の子が産まれた。
一方のリンガー伯爵子息は父親である伯爵を流行り病で亡くすと、直ぐに爵位を継承し婚約者と結婚した。
そして2年後、リンガー伯爵家とクーデン子爵家に同じ年の子供達が産まれた。
ただ親と違うのは、リンガー伯爵家には男の子。
クーデン子爵家には女の子が産まれた。
その事実をお互いが知るのに時間が掛かったのは、真冬のクーデン領地で大規模な雪崩が起き、いくつかの村を飲み込んでしまった。
幸いチーズやバター工場には被害が無かった為、収入に関しては困らなかったが巻き込まれた村の復興に時間が掛かってしまったのだ。
復興ぐあいの報告をするため王都へ出たクーデン子爵は、そのまま社交界にも顔を出した。
ある侯爵家の夜会にクーデン子爵が顔を出した時、リンガー伯爵に声を掛けられた。
爵位を継いでから会っていなかった2人はその後、ことある事に会い領地や領民の話をした。
そんな時家族の話しになり領地に戻ったら一度、家族で会おうと約束をして別れた。
そして冒頭へと戻る。
「まぁ、ローラン!いきなり何て事を言うの!」
伯爵夫人はびっくりして声を荒げた。
父親同士は笑っている。
「初めましてリンガー伯爵子息様。私はクーデン子爵家のサリィと申します。」
10歳とは思えない程の完璧な礼をしたあと、
「まずはお名前を伺ってもよろしいですか?」
と笑顔で答えた。
サリィは目がクリッとした鼻筋の通った顔に明るい麦色の髪。
とにかく天使の様な顔で笑顔を向けられるとみんな、心を奪われてしまうのだ。
そしてそれはローランも同じく、この瞬間からローランの目にはサリィしか映らなくなった。
そして半年後正式に2人の婚約が整い、結婚は学園を卒業した1年後。
お互いが19歳になったらと決まった。
16歳になる年。
2人は王都にある貴族学園へと入学した。
もちろん2人は王都にタウンハウスが無いため寮に入る。
2階建ての2階部分は、伯爵家以上の高位貴族の為の居室。
1階部分が子爵、男爵家の居室となる。
サリィは子爵なので1階の端から4番目の部屋になった。
(そう言えば、ローラン様は伯爵家だから2階なのかしら?)
今度会ったら聞いてみようかしら?お部屋には行けないけど・・と思いながら寮から教室へと向かう。
1年生は爵位順でのクラス割となっていてローランとは別れてしまったが、
それでもサリィを見かけると必ず声を掛けに来てくれるし、休みの日も一緒に街へ出掛けている。
今日もサリィが便箋と封筒を買うために、一緒に街へと出掛けその足でオープンしたてのカフェへ来ていた。
「気に入った物が買えて良かったね。」
「私よりもローラン様のが趣味が良いので、素敵な物を選んで頂けて良かったわ。」
サリィは買ったばかりの便箋と封筒の入った袋を抱きしめる。そんなサリィの姿を見て、
「そんなにも喜んでくれるサリィが可愛い・・」
「フフッ、ローラン様だけですよ!そう言ってくれるの。実の兄だって言ってくれないもの!」
「僕の言葉だけ受け止めてね!」
「もちろんです。」
2人の世界に入りながら美味しくケーキを頬張っていると、
「そこにいるのローランじゃないかい?」
と声を掛けられる。
振り返り見ると、そこに立っていたのは、
「フランツ殿下。」
だった。
殿下とローランはクラスが違うが、この前の乗馬大会でローランが優勝したため名前を覚えて頂いたとサリィは聞いていた。
「おや、こちらは?」
そう聞かれたら答えない訳にもいかずローランはサリィを紹介した。
もちろん[婚約者]の言葉も忘れずに。
「クーデン子爵のサリィ嬢だね。とても優秀な方だと聞いているよ。来年からは成績順でのクラス分けになるから、もしかしたら同じクラスになるかもね。」
とても楽しみだな。
そう言って殿下はお付きを連れカフェから出て行った。
フランツ殿下は現国王の第3番目の王子で、未だ婚約者が決まっていない。
国内高位貴族令嬢か、国外の王女か。正式な発表は無いが決まりつつあると父であるクーデン子爵が話していたのをサリィは思い出した。
卒業後に発表されるのでは?と・・
どちらにしても、学生の間は同級生として付き合う事にはなるけれど・・
出来れば関わり合いたく無い相手ではありそうだ。
その日以降、ローランとサリィが一緒にいると必ず殿下が現れた。相手は王族、下手な態度を取ることも出来ず仕方なく一緒に過ごすが、次第に殿下のサリィへの態度が近くなっている事にローランが気付いた。
奇しくも殿下が言った2年生。
殿下とサリィはA組、ローランはB組だった。
殿下は同じクラスと立場を利用し、サリィにNOが言えない状況を作った。
事あるごとにサリィを呼び付けたり、生徒会へ半ば強引に入らせローランとの時間を奪っていく。
王族と子爵令嬢
ただ1つ幸いな事と言えば、ローランとサリィが婚約者同士だと知られていたことだ。
さすがの殿下も婚約者のいる女性に手を出す事は出来まい。
そう誰もが思っていた。
だか、どこへ行くにもサリィを連れ歩き、自分こそがサリィの婚約者だ!と、ローランへ見せつけるような態度を取った。
ローランは殿下が何故その様な態度を取るのかがわからなかった。
A組は特別クラスのため校舎が分けられている。
そのためローランからサリィに会いに行く事は出来ない。
ローランはサリィのため、死に物狂いで勉強した。
(もし3年生でも離れてしまったら、サリィは僕の手から取られてしまう!そんな気がしてならない!)
と、周りが心配する程に猛勉強をした結果・・
(やったぁ、サリィと同じA組になれた。)
ローランは意気揚々とA組へ入った。
が、現実は甘く無かった。席も成績順だったのだ。
殿下とサリィは上位のため席は前。
ローランは頑張ったが下位。席は後ろだ。
一度あまりにもサリィへのスキンシップが目に余るため、
「サリィは自分の婚約者です。いくら殿下とは言え婚約者のいる女性へむやみに触れるのは紳士としてどうかと」
「伯爵子息風情がなにを殿下へ言っている!むしろ殿下に触れられて喜んでいるのがわからんのか!」
「お前のような男が婚約者で、サリィ嬢も恥ずかしいと言ってたぞ!」と、
伯爵家、子爵家、男爵家。さすがに侯爵家以上の取り巻きはいなかったが同じ伯爵家、しかも後ろに殿下がいると思っている取り巻き達の嫌がらせはエスカレートしていった。
時々サリィと目が合う時があるが、すぐに殿下に話しかけられ外れてしまう。
そんな時サリィから寮へ手紙が届いた。
ただ一行の言葉。
[ 私の心はローラン様だけに向いています。]
ある日の夕方、1人廊下を歩いていると空き教室から話し声が聞こえてきた。
よく聞くと同じクラスの、しかも殿下の取り巻き達だと気付きその場から離れようとしたが、
「ここまで来るとローランが気の毒になってくるな。」
と、自分の名前が出た事で隣の部屋へ入り壁伝いに話し声を聞く。
「あれだろ?最初は嫌がらせのつもりでサリィに近づいたんだろ?」
「ああ、乗馬で自分より良い成績を上げたから、第2王子殿下に言われて腹を立てたんだよな。」
(えっ、あの時は自分の良きライバルが出来て嬉しいと言ってなかったか?)
ローランはその時の様子をサリィに話していた。
そしてその話を聞いて、サリィも喜んでくれた事を思い出していた。
「最初は嫌がらせのつもりが、サリィに本気になるとは思わなかったけどな・・」
「!?」
「本気でローランと婚約破棄させるつもりで動いてるぞ!この前側近に話してたのが、クーデン子爵へチーズやバターの卸しを禁止させろとか言って・・」
「脅しかよ・・サリィ大丈夫かなぁ。」
( サリィにも、直接言ったのか!?だから、あの手紙を寄越したのか?)
思わず教室へ入り直接話を聞きたかったが、盗み聞きしている事がバレて殿下の耳に入る事を恐れたローランは怒りで震える身体を抑えるのに必死だった。
その夜、領地にいる父へ手紙を書いた。
この2年の殿下から受けた事、今現在サリィが殿下に目を付けられ側から離してもらえない事。
もしかしたらクーデン子爵家へ何らかの脅しが入るかも知れない事すべてを記した。
その後も取り巻き達からの嫌がらせが止んだ訳では無かったが、クラスの中でローランの味方がいない訳でも無かった。
その内の1人が侯爵家子息のアランだ。
アランの家系は騎士で、歳も同じと言う事で殿下の護衛のためにこの学園へ入学した。
本来なら殿下の側に仕えなければいけないが、ローランと同じ理由で見向きもされていない。
「殿下にも困ったものだ。婚約者のいる女性に無理強いを働くなんて・・」
「・・・」
「私・・あの取り巻きの女達がその・・トイレで話してるのを聞いたんだけど・・」
アランの婚約者でカルツィオ伯爵家ラーラが話しに入ってきた。
「殿下が2ヶ月後の卒業パーティで、皆んなが驚く事を考えていると言ってたって・・それ以上の事はごめん、聞けなかった・・」
「皆んなが驚くこと?」
「ええ。」
( サリィが巻き込まれなければ良いけど・・)
嫌な胸騒ぎしか起きなかった。
領地にいる父からも
[ クーデン子爵にも伝えた!どうやらサリィ嬢からも手紙が来ていたようだ。サリィ嬢の事はクーデン子爵が動いているから安心して大丈夫。
それよりもローラン、お前は大丈夫かい?
お前がしっかりしないと、サリィ嬢を奪われるぞ!]
と、しっかりと釘を刺された。
( 僕の気持ちもサリィにしか向いていない。初めて会ったあの日から、僕の気持ちは変わらない。)
あの日サリィから送られて来た手紙を握りしめながら、殿下が言った卒業パーティーに備えた。
そして卒業パーティ当日を迎える。
本来、婚約者がいる場合は婚約者同士で出席をする。
当然ローランもサリィへエスコートの申し入れをしたが、返ってきた返事は
[ 殿下のエスコートをお受けしました。]
と、ひとめ見てサリィの字では無い字で書かれていた。
ローランは仕方なくまだ婚約者が決まっていない友人と出席をした。
時間になり始まりの鐘が鳴ると同時に、殿下にエスコートされたサリィが会場へと入って来る。
2人の衣装は誰が見ても婚約者同士であると思わせる色合いだった。
( かわいそうに、サリィ痩せたなぁ。ちゃんとご飯食べてるのかな?眠れてるのかな?僕だったら美味しいものをいっぱい食べに連れて行くのに。)
ローランがサリィへ視線を向けた時サリィの表情に違和感を感じた。
プランツ殿下の声が会場へ響き渡る。
「卒業を控えた今、皆に伝える事がある!」
ざわついていた会場は一瞬にして静まり、皆が殿下とサリィへと向く。
それを確認した殿下はローランの方へ向き勝ち誇ったように声を張る。
「第3王子フランツと、ここにいるクーデン子爵令嬢であるサリィ嬢は婚約する事となった。
それに伴い、リンガー伯爵家のローランとは婚約解消とする!」
「「「「「えっ!!!」」」」」
「おい、ローラン!本当なのか!?」
「ローラン様、サリィと婚約解消なさるのですか!?」
「・・・殿下、よろしいですか?」
ローランは詰め寄るアランとラーラを止め、殿下とサリィの側まで近寄った。そして、
「サリィ、僕の声が聞こえるかい?」
「・・・」
「サリィ、僕の目を見て。」
と、サリィへと話しかけた。
(ずっと違和感だった。最後に僕と目を合わせた時から、サリィの目線が不思議だった。)
「サリィ、お願いだから・・」
「貴様!俺のサリィを馴れ馴れしく呼ぶな!」
「いいえ!まだサリィは自分の婚約者です。」
サリィ、と名前を呼びながら手を掴もうとした時
「ロ、ローラ・・ローラン?」
うつろな瞳から大粒な涙を流し、ローランの名を呼び続けるサリィ。
「サリィ!」
「触れるな!」
2人がサリィへと腕を伸ばした時
バァァァン!!!
と、勢いよく扉が開く。
それと同時に突入する第二王子率いる騎士たちと、医術師の服を着た人達。
そして最近立太子された第一王子殿下が会場へ入ってきて、すぐにサリィはフランツ殿下から離され医術師へと渡された。
「フランツ、これはどう言う事か説明を」
「兄上、いえ王太子殿下。ここには何用で?」
「今は私がフランツへ質問している。答えられぬのか?」
フランツ殿下は下を向いたまま答えない。
しばらくの沈黙のあと
「サリィ様への呪術は無事、解術出来ました!
ですがすぐには意識も戻らないので、一旦休憩室へ移動しても宜しいでしょうか?王太子殿下。」
「良い、目を覚ますまで近くで見ておれ。」
「承知致しました。」
返事をしたあと、騎士に抱き抱え(だきかかえ)られたサリィは会場を後にした。
ローランに頼まれたアランとラーラもサリィに付き添うため会場を後にする。
「リンガー伯爵子息ローラン。婚約者殿を心配する気持ちはわかるが、もう少し付き合ってくれ。」
「もちろんで御座います。」
王太子殿下へ紳士の礼をする。
「さてフランツ。サリィ嬢へ使った薬はどこで手に入れたか説明せよ。」
「・・・」
「出来ぬのか?」
「・・・・」
「では、質問を変えよう。サリィ嬢へ使った薬が、この国では使用どころか国内への持ち込みも禁止されている物だと知っていたのか?」
「・・・いえ、存じ上げませんで「嘘をつくな!!」
王太子殿下の声に会場内にいる人々はヒュッ!と小さな声をあげた。
普段からもの静かで誰に対しても優しい物腰で対応する王太子が、これほどまでに大声を出した事など一度も無いだろう。
それほどまでにフランツへの怒りが大きいのだと、会場にいた全ての人が感じた。
「リンガー伯爵これへ。」
そう名を呼ばれたローランの父が扉から入って来て、王太子殿下の前で紳士の礼をした。
「クーデン子爵家のサリィ嬢へ使われた薬と同じ物がここに御座います。この薬は隣の中の国でしか栽培されない葉から作られた貴重な物で御座います。」
そう言って小さな小瓶を王太子殿下へと渡す。
「そしてその液体に呪術師が呪詛をかけた物が、第3王子殿下がお持ちのこちらに・・」
と、もう一つの小瓶を渡した。
「父上、それは・・」
「わかりやすく言えば惚れ薬なる物。」
「惚れ・・」
会場中がシーンとなる。
「1日1回、飲み物に1滴入れて飲むと最初に目にした人の事が気になり出し、飲み続けるとその相手の事しか目に入らない!幸いな事は中毒性が弱いという事です。」
会場では[ 殿下がそんな薬を!]とか[ そこまでクーデン子爵令嬢の事を]とか聞こえて来たが、第3王子がそこまでサリィの事を好いていたのか?
ローランに対する嫌がらせだけで使ったのか?
[まだ何か隠してる事があるような・・]
「そうか、わかった」
王太子殿下の側近が何やら耳元で話した後王太子殿下は立ち上がり、
「我々は別室へと移動する。せっかくの卒業パーティに水を差してしまい皆には悪い事をした。
ここからは王室が持つゆえ、皆心ゆくまで楽しんで行って欲しい!」
その後軽快な音楽とともにダンスが始まった。
その間に別室へと移動・・と思ったが向かったのはサリィのいる休憩室だった。
どうやらサリィが目を覚ましたようだ。
「ローラン、サリィ嬢がそなたを呼んでいるそうだ。」
「あっ・・」
「・・よい、早く行ってあげなさい。」
「ありがとうございます。失礼致します、王太子殿下。」
サリィがいる部屋へと駆け込むように入る。
そこにはラーラに支えられ立ち上がろうとしているサリィの姿があった。
「サリィ・・」
「ローランさま!」
ローランの姿を見たサリィは縋るように抱きつき、肩を震わせながら泣いた。
「サリィ・・僕がわかる?」
ローランの問いかけに顔を埋めながら頷く。
その後サリィが落ち着いたのを確認し、王太子殿下、第二王子殿下、サリィの両親、リンガー伯爵、医術師長がサリィの話しを聞いた。
もちろんローランがサリィを支えている。
「最初からローラン様への嫌がらせのつもりで、私に近づいたと気付いていました。」
ポツリポツリと語り始めたサリィ。
馬術大会でローラン様に負けたフランツ殿下は、ローランへの嫌がらせ目的でサリィに近づいた。
サリィもフランツ殿下の態度や言葉に薄々何か企んでいるのでは?と思い、距離を取ろうとした。
だが2年に上がりクラス替えの際、同じAクラスとなり距離を置く事も出来なかった。
サリィの態度もいけなかったのか?今度は領地にいる両親や領地の事で脅され、ローランと距離を置くしか無かったと泣きながら話している。
クーデン子爵夫人は娘の話を聞きながら同じように泣いていた。
それでも領地や両親、ローランの事を思うとフランツ殿下の側から離れる事が出来ずにいたと。
ある日、無理やり参加させられたお茶会で飲んだお茶に違和感を感じたと、何かを思い出したように考え始めた。
「その時はなぜか第3王子殿下の事が気になって・・でも自室へ戻った時には何も感じなかったので、そのまま・・」
だがその日を境に生徒会室にてお茶をすすめられるようになり、ローランを見ても胸が熱くならなくなっていったと・・
「何か嫌な予感がしました。ローラン様の事が大好きな自分が消えてしまう気がして・・」
だからお手紙を書いたのです。
サリィの気持ちを考えたら、不覚にも泣きそうになったローラン。
ギュッとサリィを抱きしめて
「今も大切に持っているよ。」
と耳元で囁いた。
「いつの頃からかお茶を飲んだあと記憶が無くなるようになりました。始めは数分、数時間、最近は翌朝まで記憶が無い事もありその間、自分が何をしていたかも記憶が無いのです。」
おそらく卒業パーティーの数日前の事を言っているのだろう。
ローランからの誘いが無いことにも不安が募ったのだと、薬の効き目は不安や睡眠不足からも増膨すると医術師長が言った。
これ以上サリィから聞く事は無いと判断され、まだ心配でもあるからとサリィと子爵夫妻は王宮へと泊まる事となった。
サリィはローランと離れることを嫌がったが、
「今夜はローランにも城へ泊まってもらう事にしよう。部屋は別に用意するから、安心して子爵夫妻と過ごして欲しい。」
と王太子殿下に言われ納得した。
「アラン、調べはついたかい?」
「はい。」
王太子殿下、第2王子殿下、アラン、ローラン、ローランの父、宰相。そして国王陛下が応接室に集まって、アランの言葉を待っている。
「フランツ殿下はクーデン子爵令嬢を使って、王太子殿下を亡き者にしようと企てておいででした。」
「!!?」
内容はこうだ。
しがない子爵令嬢を自身の婚約者にし、準王族扱いとし王太子に近づける。
婚約者のいる王太子は当然ながら子爵令嬢を遠ざける。
フランツは子爵令嬢にさらに強い薬を仕込み、王太子を自分の物にするには薬を飲ませるしか無い!と、毒薬を惚れ薬として渡し毒殺しようとしたらしい。
もちろん失敗する事を見込んでその際は自分もその場に居て協力する。と・・
「失敗しても成功しても、罪は子爵令嬢へ着せるつもりだったと・・子息達が供述しました。」
「・・なぜサリィだったんでしょうか・・」
ローランは膝の上で拳を握る。
動機は馬術大会からの自分への嫌がらせと聞いている。
「ローランの前では言いにくいのだが・・」
「クーデン子爵令嬢は私の好みなんだよ。」
答えたのは王太子。
「ああ、確かに兄上の好みだな。」
そう言って笑うのは第2王子。
第2王子は昨年、代々近衛隊隊長を輩出している侯爵家へ婿入りし臣籍降下している。
「今はキャシーを愛しているから心配するな。」
内緒だが今年中には子が産まれる。
王太子はローランの肩を軽く叩く。
「フランツは私とキャシーが政略結婚で、愛が無いと思っている。だからクーデン子爵令嬢を見た時にこの計画を思い付いたんだろう。」
サリィは完全に巻き込まれた。
一歩間違えば大罪を犯し、断罪されていたかも知れない。
ブルブルと身体が震えだす。
握りしめた拳から血が滲み出すが、拳を開く事が出来ない。
サリィの痛みを思えばこんなもの・・
「陛下、クーデン子爵夫妻は第3王子殿下の事は王室にお任せしますと。」
「クーデン子爵夫妻には改めて謝罪すると伝えて欲しい。フランツの事はすまない、我々に任せて欲しい。」
それから、とローランの方へ顔を向け
「リンガー子息とクーデン令嬢には改めて、後日謝罪させて欲しい。」
護衛と共に部屋を出た陛下を見送ると、
「部屋へ案内させる。今夜は令嬢とは会えないが明日、医術師長の診察が終わったら会えるよう伝えておく。」
そう言って王太子、第2王子が応接室から出て行った。
部屋は客室を用意されたが、ベッドで寝る事が出来ず
ソファーに座りサリィの事を考えていた。
そんなローランを心配した父、リンガー伯爵がワインを持って部屋へと入って来た。
[お前も来年には妻を娶るからなぁ。そろそろ私に付き合ってくれ。]
そう言いながらワイングラスへと注いだ。
初めて父と飲んだワインの味は、少し血の味がした・・
翌日医術師長の診察を受けたサリィは、とくに異常も無いとの事で帰された。
本来なら寮へと戻るが今回のこともあり領地へと帰った。
上位成績を修めていたことと、王室からの助言もあった為早期卒業が認められた。
ローランも一緒に領地へ行きたかったが、フランツへの処罰を見届ける為に残った。
卒業式前日、フランツ殿下は我が国の王位継承権を剥奪され隣国サルバ国へと婿入りした。
この地へ足を踏み入れる事を禁じられ、事実上国外追放となる。
卒業式後、アランとラーラに呼び止められたローランはお互いの結婚式には必ず参列すると誓い合い、2日後領地へと帰った。
リンガー伯爵領へ行く前にクーデン子爵領へ寄り、サリィに会った。
サリィはすっかり元気を取り戻していて、
「母と婚礼の準備をしています。王室から素敵な生地をたくさん頂きました。ドレス楽しみにして下さいね!」
と、笑顔を見せてくれた。
サリィの様子に安心したローランはその足で自身の領地へと帰った。
明日からは父から領地経営を学ばなくてはならない。
今回の事で学んだことは、自分に非が無くても恨みをかってしまう事がある。
それが自分自身だけでは無く、愛する人に向かうということ。
そして一歩間違えれば命すら奪われること。
幸いリンガー伯爵領もクーデン子爵領も王都からは離れている為、社交シーズンであっても必ず行かなければならない訳でも無く、必要な時にだけ行けば許される。
領地へ帰る前日、アランから領地へ帰ると聞いた王太子がローランを城へ呼んだ。
通された王太子の執務室へ入ると陛下も一緒にいた。
もちろん護衛のためと第2王子(今は侯爵)もいた。
メイドがお茶を運ぶと人払いをし、お茶をすすめられた。
「媚薬は入っていないから安心してくれ。」
そう言ったのは陛下だった。
「父上、面白く無いですよ。」
「あー、すまん。」
少し恥ずかしそうにお茶を飲む。
ローランもお茶を口にする。
「フランツの事だが・・」
そう切り出したのは王太子だった。
あの後フランツ殿下に王子の称号を剥奪し平民となるか、隣国へ王子のまま婿入りするかを選ばせた。
婿入りを選んだ時は2度とこの地に足を踏み入れない事を契約書にサインさせた。
婿入りと同時にこちらとの縁を切らせた。
「本来なら死罪でもおかしくない罪だが、丁度あちらの国から王子の婿入りの打診が有り受け入れた。
あちらの国とはこれからも友好関係が続く。
そなたと令嬢にとっては納得いかない結果かも知れぬが、どうか許して欲しい。」
そう軽く頭を下げた陛下は、一国の王ではなく一人の親だった。
ローランも同じように頭を下げた。
その後、
リンガー伯爵家とクーデン子爵家への賠償金と、サリィ個人へシルクの生地やらレース、糸、リボン等女性なら必要な物。
ティアラ等の装飾品。靴、化粧品などが贈られた。
王妃殿下と王太子妃殿下の手紙と共に贈られた品々に、子爵家は大騒ぎとなった。
ローランには王太子から王都のタウンハウスが贈られた。
大きくは無いが社交シーズン過ごすなら充分な広さだ。
サリィもきっと喜んでくれるだろう。
「結婚式が済んだらお礼も兼ねて2人で挨拶に伺います。」
とお礼を述べた。
結婚式を2ヶ月後に控えたある日、ローランとサリィは2人で遠乗りに出掛けていた。
卒業後からお互い忙しく、2人でゆっくり会う時間が取れなかった。
会って無かった訳ではないが、お互い親との交流もあり時間が取れなかったのである。
クーデン子爵領にある湖が今日の目的地。
ローランの愛馬に2人で乗り、ゆっくり1時間程移動すると到着する。
幼い頃からよく来ている場所のため、お付きもいない完全プライベートな時間である。
いつもの場所に敷物を敷き、サリィはバスケットの中から昼食を取り出す。
「久しぶりに作ったのでローラン様のお口に合うと良いのですが・・」
そう言いながら手作りのサンドウィッチを手渡してくれる。
パンの中身はハム、チーズ、レタスにトマト。チキンサラダも挟まっている。
「うわっ、僕の大好きな具材ばかりが入ってる!うまい〜、やっとサリィのサンドウィッチが食べられた〜」
サリィが一つ食べ終わる頃には持ってきたサンドウィッチは全て無くなっていた。
サリィはニコニコ微笑みながら持ってきたポットからお茶をカップへと注ぐ。
「ありがとう。」
2人で湖を眺めながらお茶を飲む。
あと2ヶ月後には毎日一緒に過ごすことになる。
ローランはカップを置くとサリィの手を握った。
「ローラン様?」
「僕はまだ、サリィにちゃんと謝ってなかった。
ごめん、僕のせいで君を巻き込んだ。もしあのまま事が進んでいたと思うと僕は・・」
「ローラン様は巻き込まれただけですわ。馬術大会のローラン様は本当に素敵でしたもの!そんなローラン様に勝手に嫉妬して、勝手に恨んだフランツ殿下が悪いんです!」
確かに怖かったですけど・・
「それに、王太子殿下を殺めようなんて!よく思いついたものですわ!」
「・・・・」
「ローラン様、私はこうしてまた一緒に過ごせてすごく幸せなんです。だから謝らないで下さい。
謝るなら、もっと私のことを幸せにして下さい。」
ローランの手を握りながら顔を真っ赤にして俯いている。
そんなサリィの姿に改めて誓う。
「サリィ」
ローランはサリィの前に跪き、サリィの左手の甲を額に当てる。そして
「2度と怖い思いはさせない。必ず幸せにします。一緒に幸せな家庭を築いていこう。だから僕と結婚して下さい。」
「幸せにして下さい。一緒にあたたかな家庭を築いていきましょう!こちらこそお願い致します。」
ローランはサリィを。
サリィはローランを、思いきり抱きしめ合う。
お互いの温もりを確かめ合うように、これからもこの温もりを失わないために。
初めましてサリィ。今日から君は僕の婚約者だよ!
お読み頂きありがとうございました。