絆
終話です。お付き合いくださいまして。ありがとうございました!
国立に抱きしめられた菊池は、そのまま目を閉じ腕がだらりと垂れる。
「おい! 蒼! 蒼!」
「あ、ああ。……大丈夫。久々にやったら、加減が……分からなくて」
目を閉じたまま、菊池は途切れ途切れに喋る。
「もういい。しゃべんな」
菊池は小さく頷き、国立のシャツをキュッと握る。
その手の上に、国立は自分の手を重ねる。
菊池の口の端に、薄っすらと血の跡が見えた。
「あれって、キス、だよなあ……」
国立の独り言のつもりだったが、ピクリと菊池の頭が動く。
「嫌、だった?」
「全然。ってか、もっかいしたい」
菊池は顔を上げ、国立を見上げる。
切なそうな菊池の視線を、国立は真正面から受けた。
徐に。
二人の唇が重なる。
息が出来ないほどの、熱を交換しながら。
この時。
「冗談冗談」
そう笑えばよかったのかと、国立は思う。
友だちの枠を越えないように、と。
いや冗談には出来ない。
国立は冗談にしたくなかった。
菊池はぐるぐる回る頭の片隅で、国立と抱き合っている己を俯瞰する。
ようやく己の血を取り戻せた。
これでまた、一族の跡取としての扱いを受けられる。
よって国立の側にいる必要もない。
必要、ない?
必要の、有無なのか……?
否。
離れたくないのだ。
菊池は、国立と離れて生きるという選択肢を、もう持てなくなっている。
こうして抱き合っているだけでも、心臓は踊るが心は鎮まる。
荒ぶる精神と肉体の、折り合いをつけることが出来る。
しかし離れてしまったら、どうなるのだろうか。
年齢相応の男の性の歯止めは、きっと効かなくなる。
菊池の父である現当主が良い見本だ。
正妻の他に複数の愛人を持っている。
竜に縁のある一族の男は皆、戦いの後に女を貪る。
菊池と同年齢の連中も、心を伴わない女との行為に耽溺している。
唾棄すべき事象だと菊池は思っている。
実の父であっても、受け入れがたい。
受け入れたくないのは菊池の潔癖さか。
あるいは性癖なのか。
◇◆
はぐれを狩った後のことだ。
当主の命により、菊池は国立が引き取られた県へ移住した。
そのまま同じ学区内の中学校に入学すると、すぐに国立の噂を聞くようになる。
喧嘩が強いとか。
いつも女と遊び回っているとか。
会いに行ってみたいと菊池は思った。
成長した国立の姿を見てみたいと。
だが、女に囲まれているような国立は、菊池は見たくなかった。
菊池が入学した中学に、友だちはもとより知り合いもいなかった。
制約により体力と運動能力が削られていた菊池は、よく倒れたり欠席したりしていた。
弱い陰キャはいじめの標的となる。
能力は使えないが、一族の血に潜む匂いに煽られるのか、菊池をいじめる生徒の背後には、しばしば邪竜や低級の蛇霊がいた。それらが醸し出す念を受けた者が、執拗に菊池を足蹴にした。
中学生の菊池には、邪竜を視認できても、戦える力はなかった。
その時は、まだ。
仕方なく、学校の勉強だけはやっていた。
おかげで成績は伸びた。
いじめてくる生徒には、女子もいた。
男子の様に直接の暴力はないが、女子の手口は陰湿だった。
ところが、だ。
菊池が県内でも有数の進学校に合格すると、女子の態度はコロリと変わった。
『優秀な種を持つ男を、女は欲しがるものだ』
愛人を侍らせた父が昔、そんなことを言っていた。
心底気持ち悪いと、菊池は思った。
国立が受験すると伝手を頼って知ったので、菊池は同じ高校を選んだ。
長らく男子校であった公立高校だが、女子生徒の数が少ないというのは、菊池には魅力的だった。
女は苦手だ。
極力関わらないでいたい。
学校の授業の中で、性の多様性を学んだ。
知識は増えたがピンとはこなかった。
菊池にとって、性は多様ではない。固有のものだ。
その固有の相手と高校で出会い、いつの間にか親しくなっていた。
僥倖なのか。
より深い沼へと足を踏み入れたのか……。
◇◆
「やべえ」
国立が呟く。
「何が?」
「これ以上二人きりだと、理性が飛ぶ気がする」
それは菊池も同じだ。
思わず顔が火照る。
壊れた小屋の屋根から、五月の日差しが降りている。
先ほどまでの暴風は、一体なんだったのだろう。
「とりあえず、オリエンのゴールまで行こうか」
菊池と国立は、衣服を整え荷物を持って、山道を歩き出した。
後日。
季節は夏を迎えていた。
当主の許可を得て、菊池と国立はK県某所へ向かう。
一族の総本山であり、当主だけが使役できる竜神が座す処である。
祈り向かう菊池の脳内に、竜神の声が響いた。
国立にも、声なき声は届いていた。
――これより、お主と国立とやら、二人一緒にコトに当たるべし
「え、良いのですか」
――構わぬ。既に国立の体内には、一族の血が巡っている。それに持って生まれた竜使いの素養があるようだ。先祖に菊池一族の者が、いたやも知れん。
「畏まりました」
――それにな。竜族には『番』という相手がおるのだ。人間が伴侶と呼ぶ概念とは異なり、『番』は互いの性別を問わぬ。『番』同士は、切り離されると双方死ぬのだ。
菊池と国立は、顔を見合わせる。
番?
その言葉は知らなかった。
だが、分かるような気がする。
切り離されたら、生きていけないということだけは……。
眩しい夏の光の中、二人は総本山を辞した。
互いの指を強く絡め合いながら。
了
Q:ええと、短編で良かったんじゃないですか? プロットって知ってます?
A:プロット? 知らない食べたことない。1万字越える場合、連載形式にするだけですわ、ほほほ。
お読み下さいまして、ありがとうございました!!
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