閑話・経緯
流血シーンがあります。要注意。
国立弘務の母は、南の小さな島で神託を受ける家系の血を引いていた。
くっきりとした大きな瞳と、ぽってりとした唇を持つ、艶めいた女だった。
国立の父親が一目惚れしたというのも頷ける。
とはいえ神がかりとは狂気を孕むものなのか、感情の起伏の激しい女でもあった。
国立が小学校に上がった頃、父は仕事を言い訳として、家に帰って来なくなった。
母の感情の振幅に、ついていけなくなったらしい。
父と母の結婚は、父方の親族には、良い顔をされていなかった。
溢れんばかりの恋情を受け入れてもらえない母の苦しさは、子どもに向かった。
いくつもの習い事とこれでもかと詰め込まれる勉強に、日々国立は疲弊していた。
出来が悪ければ、母の拳が飛んで来る。
『お前が不出来だから、あの人は帰って来ない』
ボコボコと国立の頭を殴りながら、髪を振り乱す母の目は、赤く染まっていた。
国立は、女性という存在に、苦手意識を持つようになる。
あの日は……。
本当に久しぶりに父が家に戻っていた。
父は、緑色の紙を母に差し出した。
阿鼻叫喚、とでも言うのか。
母は泣き喚き、父にも殴り掛かった。
国立は部屋の隅で蹲り、両手で頭を抱えていた。
コワイコワイコワイコワイ……。
母の泣き声は部屋中に、どろりとした澱みを生む。
澱みは次第に形が変わっていく。
「あんたなんか、殺してやる!」
母が叫んだ瞬間、母の口から澱みが吐き出された。
それは蛇のような、ヌメッとした鱗を持つものだった。
蛇との違いは、ソイツの頭に角が生えていたこと。
ソイツは父を襲い、母の腹を裂いた。
「お母さん!」
母に駆け寄った国立も、ソイツは容赦なく噛みつき爪を立てる。
母は最期の力を振り絞り、国立を自分の腹の下に隠した。
なんでなんでなんで……。
徐々に冷たくなる母の血液。
痛い痛い痛い痛い……。
ソイツが母の身体ごと、国立を刺し殺そうとした時だった。
ふわりと。
家の中の澱みが軽くなる。
そしてソイツの気配が消えた。
国立の意識もまた、消えかかっていた。
誰かが自分を見つめている。
重い瞼を少しだけ開く。
黒い服を着た、小さな人だ。
泣きそうな瞳が国立を見返した。
澄んだ目だと国立は思った。
その目の持ち主は、そっと国立の指を握った。
口の中に、何かが流れて来た。
止りかけた心臓が震えたように動き出した。
誰かは分からない。でも自分の命を救ってくれたのは、あの人だと国立は確信していた。
病院の天井を見ながら国立は思う。
あの目を持つ人に、もう一度会いたいと。
◇◆
禁を破った菊池は、当主である父親に厳命された。
血を与えた子どもを探し出し、なるべく側にいるようにと。
その子どもと同じ場所で生活出来るのなら、子どもが怪我でもした時に、与えた血を取り戻せるだろうから。
伝手を頼って当主は見つけた。
その子ども。
国立弘務という。
奇しくも菊池蒼と、同じ年齢だった。
Q:これってBLタグついてますよね。どの辺が?
A:堀先生の「燃ゆる頬」へのオマージュ作です(やや弱気
Q:堀先生とそのファンに謝れ!!
次話はBLっぽさがもうちょい出ます、おそらく……。