解縛
流血シーンがあります。ご注意を。
突風は妙に生臭い。
気持ち悪い生温かさを感じる。
風に飛ばされた菊池は、小屋の隅で転倒する。
その前に、顔をクロスした腕で庇いながら、国立が立っていた。
国立が対峙するのは、ドス黒い塊。
「蒼、大丈夫か」
「ああ」
一族の特殊能力を封じられている菊池だが、塊の視認は出来る。
竜である。しかもデカい。
はぐれではない。
自然の中で長い年月を経て、生まれたであろう水竜か、あるいは木竜だ。
普通の人間が戦えるような、そんな生易しい相手ではない。
だが、国立は角材を手に竜に向かう。
赤黒い眼を見開き、牙を剥き出し竜は吼える。
「うりゃああああ!」
国立は角材を振るう。
竜の爪が軽く、国立を薙ぐ。
血飛沫が上がる。
竜に振り払われ、国立は菊池のいる場所へ飛ばされる。
国立の頬には、鋭利な刃で斬られたような傷が生じていた。
「っつ……」
「ヒロ!」
息の荒い国立は、それでも口を歪めながら笑う。
「つええ。前に戦ったヤツの何倍だろ」
流れ出た血を国立は手で払う。
そうか。
菊池は思う。
僅かながらも、一族の血を宿した国立は、竜を感知し、呼びこみ、武器もなく戦うことが出来るのだと。
だが今回は相手が悪い。
最悪、魂を刈られる。
菊池は拳を握る。
竜の口が郭大する。
口の奥に青白い炎が見える。
咄嗟に菊池は、側にあった一斗缶を投げつける。
竜はおしなべて、金気を嫌うのだ。
金属で出来た一斗缶を投げられた竜は、瞬間小屋から抜ける。
ほんの一瞬だが。
菊池はこの隙を見逃さない。
「聞いてくれ、ヒロ」
「なんだ」
国立の息は荒い。
傷口からは、ぽたりと血が落ちている。
「説明はあとだ。ヒロの血を、貰う」
「ええっ!」
国立の返事を待たず、菊池は国立の頬の傷に唇を這わせた。
菊池は、血が流れ落ち溜まっている国立の口の端も舐めとった。
熱のこもったキスのように……。
――あの日、当主の竜は厳かに告げた。
『ある条件を満たせれば、自動的にお前の能力は回復す』
『その条件とは』
『お前が血を与えた相手から、同じ量の血を返してもらうこと』
血を返してもらった菊池は、体外まで響くような心臓の鼓動によって眩暈を起こす。
指先まで拍動が押し寄せ、年中薄ぼんやりとしていた視界がクッキリする。
戻った能力は七割程度だろう。
でも、これで闘える!
封じられていた菊池の能力が、解放された瞬間だった。
「後は任せろ」
すくっと立ち上がる菊池の背を、国立は見つめる。
「あ、蒼?」
燃え上がるような肉体を晒しながら、菊池は右肩をぐるぐる回している。
気負いも衒いもなく、自然体で立っている。
悲鳴のような唸り声とともに、竜が戻って来た。
竜は菊池を認めると、超速で前脚を振り下ろす。
菊池は右手の指先で、空中に何かの文字を描く。
すると竜の動きはぴたり止まる。
「彷徨し山の落とし子よ。我ら人間に害を為すお前を、見過ごすことは出来ない」
静かな声で菊池は竜に告げる。
「よってあるべき場所へ、帰るのだ」
パ――ン。
竜は霧散する。
国立は思い出す。
急に家に現れた黒いモノ。
両親を切り裂き、自分に噛みついてきたモノ。
ダメだと思った。
もう死ぬのだと思った。
最後の一撃をくらいそうになったその時。
聞えた文言。
霧散するモノ。
そして、自分の手を取ってくれた誰か。
口に流れてきた、甘い水。
「お前だったんだな、蒼」
国立は菊池に駆け寄り、後ろから抱きしめた。
Q:二人が同じ高校に入ったのは偶然なんですか?
A:ふふふ。その辺りは次話にて。