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らすと

 一週間後、高橋は再び例のホームセンターへと仕事に来ていた。今日はオンの日である。恋人の事は忘れて集中していた。彼との仲は順調だ。だが高橋はまだ自分の仕事が万引きGメンだという事を彼には教えていない。今日ここへ来ているのも秘密だ。

 高橋と付き合うようになってから彼はこの店へは姿を現していないようだった。来られても困る。今日彼がこの場に姿を現したなら、今度こそ高橋は自分の職業について言い訳は出来なくなる。

(相変わらずお客は少ない、っと)

 シフトで入れられている曜日は決まっていた。必ず平日の真ん中、水曜日。特売セールも何も無いホームセンターでは本当にやる事も無くて困る。ここに入るのは既に四回目となっているが、捕捉はまだ無い。だがここの店長は最初の日に高橋を気に入ってしまったため、無条件に信頼してくれている。今の所は問題無い。

 これが店側から冷たくあしらわれてしまうようになると、保安員としてもその店に居るだけで苦痛になってきて、余計に仕事の効率が落ちてしまうなどの弊害もある。意外と重要な要素なのだ。「今日は三件捕捉しろ」などと訳の分からない命令をしてくる店のチーフなどもたまに会う。だが捕捉というのは腕だけでは成り立たない。単に運が必要なのだ。その万引き犯と偶然めぐり合えるかどうかがある意味全てだ。運が悪ければ腕の良いベテラン保安員だって何ヶ月も捕捉に辿り着けない事もある。逆に新人でも一発大きい物が当たる事があるのは、そういう意味だ。

(ん、何か来た――)

 外国人だった。赤いニット帽を被り、黒いセーターを着ている。肌は白い。ヨーロッパ系の白人のようだ。偶然寝具売り場をうろついていた高橋は、発見した男に注目する。体格は痩せ型だが、身長は高い。百九十センチ近くあるだろう。

 保安員として、外国人は最も注意すべき相手の一つだった。高額商品をカゴ抜けにより根こそぎ持っていく可能性は、外国人の比率が高い。日本人と違い、外国人窃盗団は異様に堂々としている。だから万引き犯という顔をしていない。あたかもただの客かのような顔をしながら、一万円超えの商品を山のように奪う事を目的とする。

(って、あいつヤバイ! やりそう)

 白人は唇を尖らせて口笛を歌っていた。気分良く買い物をしている白人の兄さん。肩を上下に揺さぶりながら耳にヘッドフォンをしている。そして手元には店内カート。カゴが乗っているべきそこには、カーペットが被せられていた。まるでカートに蓋でもするかのように。良く見ると、そのカーペットの下にはぎっしりと何かが詰められている。黒いプラスティックのような物体が山のように。

 高橋は後を付けながら、目を凝らした。そして中に入っていた物の正体を知ると、顔面が蒼白になった。

(化粧品!)

 口紅やファンデーションなどが宝箱のように詰まっていた。どう考えても今目の前の男性が使うようには見えない商品の山。火を見るより明らかだった。これは確実にカゴ抜けを目的としている。

 話では、日本製のファンデーションなどが海外で高額取引されるらしい。小さく、携帯性も良い事から外国人には良く狙われる。しかも一つ二つではない。十個、百個単位で根こそぎ狙われる。入って四週目にして回ってきた最大のチャンス。一発大穴にぶち当たった。

 だが相手は屈強。高橋一人では敵わない。恐らくここまでの量を狙うという事は、相手は一人ではない。何人かの仲間が後ろで控えている窃盗団の可能性がある。もしかしたら駐車場で仲間が車を待機させているかもしれない。それが分かったなら、車に乗る前に押さえる必要がある。

 だが仲間が来たら危険だ。外国人の場合、窃盗罪が成立したら祖国に強制的に帰されて懲役が確定となる。そのため、日本人以上に抵抗する可能性が高い。しかもナイフや、最悪の場合銃を持っている可能性もある。大穴で当たれば大きいが、リスクも高い。受傷する危険性があるのだ。

(これ、一人では危ない……。店員に応援を頼もう)

 高橋はまだ出口までは遠い事を確認し、先手を取って行動し始めた。店内にいる男性店員に声を掛けようと走る。だが役職者であろう男性店員は平日の昼間という事もあり数が少ないらしく、その数少ない店員ですら店内に見当たらない。もしかしたら会議か何かでもしていて、皆バッグヤードにいるのかもしれなかった。売り場に居るのはパートのお腹がたるんだおばちゃんばかりである。外国人相手では頼り無かった。そもそも頼んだ所で断られるだろう。

(まずい、そろそろあの男出口に向かいそう。時間が無い!)

 男の背は高いため、離れた什器越しでも頭が見えた。エレベータに乗られたら見失う。追いついて、一緒に客のフリをして乗るしかない。そして駐車場に出た所を押さえるのだ。

(ダメ、男性店員が見つからない。危険だけど、一人で行くしか――)

 こういった時、高橋は女性の身体能力の弱さを実感する。外国人窃盗団と本気でやり合うのは初めてだった。仕事でもなければとっくに見逃している。だが逃げるわけにはいかなかった。恐らく男のカゴの中の化粧品の山は一万二万じゃ利かないほどに額が膨れ上がっている。見逃してしまえばそれこそ大損害となってしまう。

 高橋は意を決して走った。男がエレベータのスイッチを押した。屋上にあったらしいエレベータは少々時間を掛けて降りてくる。その間も男は音楽を聞きながら身体を揺らし、乗りに乗っていた。

「待ってくださぁい、私も乗ります!」

 男に悟られないように、エレベータに近づいたら走るのをやめて近づく。男は左手の親指を立て、スマイルで返した。

どうやら保安員だという事は気付かれていないらしい。

 エレベータに乗り込んだ時、高橋は緊張から心臓がバクバク言い始めた。この後、いよいよやってくる捕捉の期待と緊張を胸に、上がってゆく数字を見つめる。その間も男はガムをくちゃくちゃ言わせ、音楽に乗っていた。カートの中の物はそっくりそのままである。



 男は屋上エレベータから降りると、案の定堂々と車に向かっていった。高橋は後からエレベータを降り、出口の影に隠れる。男が来るのを見計らったらしく、ワンボックスカーが現れた。中の黒人の仲間らしき男がドアを開ける。恐らく、そのまま贓物を運び出すつもりだった。

(今だ!)

 高橋は覚悟を決めて駆けた。男の両手が買い物カゴに掛けられる。

(間に合え!)

 思い切り走った。高橋は男が両手のカゴを車に乗せる直前、男の身体を引っ張った。

「What?」

『何だ?』と思わず声を上げる男。

「お客さん、駄目ですよ。ちゃんとレジ通ってください。これ返して!」

 カゴを降ろさせようと、車に乗せられないように自身の体でブロックする。仲間の男が車内から合図をする。すると白人の男はカゴを一旦カートに乗せ、高橋の肩をつかんだ。

「痛っ。離して!」

 ヤバイと思ったらしく、白人は大柄な体躯にも似合わず焦った早口言葉を連発する。高橋は抵抗し、締め付けられる肩から手をもぎ取ろうと力を込めて両手で白人の右手をつかんだ。

「逃げても良いから商品置いてって!」

 だが白人は言葉が分からない。高橋を退かせ、無理矢理にでも商品を持っていこうとする。仲間の男が車から降りてきた。

(ヤバ――、押し込められる)

 目をぎょろりとさせ、右手の拳を固く結んだその姿に高橋は半分怖気づきそうになる。だが諦めなかった。商品を取り返してこの場を逃げられれば何とかなる。それだけを目的に声を上げ続けた。

「逃げても良い。置いてって!」

「そうだ、置いてけ!」

(は?)

 日本語の男の声。外国人二人も振り返る。するとそこにはイケメンが立っていた。何がどうしてそうなっているのか理解できず、高橋はうろたえる。

「そこまでだ、お前ら。俺の彼女、返してもらおうか」

「どうしてあなたがここに!」

 彼は高橋が保安員をしている事は知らない。なのに何故ここが分かったのか。他に人っ子一人も居ないホームセンターの屋上が。

「そんなのは後だ」

 仁王立ちして引かないイケメン。だが彼だけでなく、直後に男性店員数名が屋上に駆けつけて来た。

「ワ、ワワワ……。クルナ、クルナ!」

 高橋は白人に抑えつけられた。まるで人質のように。不安な表情になるも、二人は既に逃げ腰になっている。

「何だ、日本語喋れるんじゃないか」

 店長の姿。贓物を目で確認すると、舌打ちした。

「明らかだな。ちょいと話聞かせてもらうぞ」

 店員達が威圧感を醸し出していた。向こうは二人。だが店員は四人。いずれも外国人二人に負けず劣らず体格が良い。さすがホームセンターで働く人達だけはある。高橋を盾にする余裕も無くなり、離して構わず車に乗り込もうとする。

 だが四人は力ずくで車に乗りかける二人を引っ張り出し、押さえつけた。何だか情けないほどに呆気なく取り押さえられ、事務所へと連行されていってしまった。

 後に残ったのは店長とイケメン、そしてへなへなと腰の抜けた高橋の三人だった。

「いやぁ、良くやってくれたね高橋さん」

 店長は笑顔で高橋を労った。取り返した化粧品の山は店長の手に返された。

「いえ、正直あのままでは危なかったと思います。私も、怪我を負ってもおかしくありませんでした。店員さん達が来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」

 それと同時に、イケメンが手を高橋の手を取って起こした。

「良く頑張ったね」

「ていうかあなたこそ、どうしてここに?」

 それが一番の謎だった。店とは関わりが無いはずであろうイケメンは、ここにいる事が不自然だ。すると彼は苦笑し、清々しい笑顔で語った。

「君があの白人の男を追跡して行くのを店内で見たからさ」

 だがそれだけで万引きを追っているとは普通気付かない。

「それとごめん。君に黙っていた事があるんだ。俺、ここの万引きの常習犯でさ。毎日がつまんなくて、少しでも刺激が欲しくてここで悪さしてた。けど、君に会ってから毎日が楽しくなった。そしたら、自分が情けなく思えてきた。で、今日、店長さんに謝りに来たんだ。盗んだ物の代金全て払ってさ」

 イケメンはその場に伏した。土下座だった。高橋に対して。

「ごめん。俺は、君を騙していた。こんな事で許されるはずが無いと思ってる。けど、この気持ちだけは本気なんだ。俺はもう二度とこんな事はしない。反省している」

 もしかしたら高橋には愛想を尽かされるかもしれない。それを分かっていながら、彼は高橋に全てを打ち明けた。高橋は困惑した表情をしながらも、微妙に嬉しそうな顔を浮かべていた。

「店長さんは?」

 高橋は顔を上げ、店長の顔色を窺う。どうやらこれより前に店長は散々彼に謝られていたらしく、もう怒っていないといった表情を浮かべていた。

 それを見て安堵し、高橋は膝を屈む。

「顔を上げて」

 ゆっくりと、右手を差し出していた――。



 高橋さん 万引きGメン Limited Edition


 了

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