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その3

 高橋は日用品コーナーに来ていた。店内をぐるりと何週かしてみて、違和感無くいられるのがこの辺りだと踏んでいた。鍋や台所用品など、雑貨が棚に積まれている。什器は人間の背丈よりも高く、網フック状の物ではない。商品と商品の間からこっそりと覗き見る現認(現場を見る)方法は取れなかった。

 店によっては使用している什器の関係で、これが非常に有効となる。こちらからは見えても、犯人側からは見えないシチュエーションがベストであるのは明らかだ。出来る限り犯人に姿を見られない事が、円滑に事を進ませるための一つの方法である。

 高橋の居る場所は入り口近くでは一番のベストポジションであった。彼女の背丈ならば爪先を少々上げて背伸びすれば、目線がギリギリで什器スレスレになる。向こう側に見えるのは丁度カー用品売り場。金物と並び、ホームセンターでは被害が多いコーナーの一つだ。

 カー用品コーナーにも地味に高額品が多い。パーツももちろん、一万円を超えるバッテリーなどが積まれている。重くて簡単には運び出せないだろうが、カートに乗せて運ぶのならば大量に持ち出せるだろう。

 同時に、小物である芳香剤なども注意が必要である。一つ五百円から千円ほどする物が多い。しかもそれらは握り拳程の大きさであり、非常に携帯性が良い。要するに、カゴやバッグなどが一つあれば店員の目を盗んで根こそぎ奪う事が可能だ。一つ五百円でも、百個盗まれれば五万円。千円の品なら十万円にまで達する。

 一つ二つなどと、子供のやるような可愛らしい万引きが全てではない。店自体を閉店に追い込む可能性があるような凶悪犯も確かに存在しているのだ。それら盗品は恐らく、横流しに出されるのだろう。

(やっぱ暇だなぁ)

 平日という事もあってか、人の出入りは少なかった。時刻はもうすぐ夕刻になる。食品スーパーならば仕事帰りのサラリーマンなどが増えて、ごった返す時間帯だ。だがホームセンターはそうはならない。

 レジのパートのおばちゃんなどもお喋りに華が咲く。高橋はレジから少々離れた所で見張りをしていたが、まるで隣で喋っているのではないかと錯覚するほどに大声である。人が居ないので余計に響く。

 客の居ない店内で万引き犯を探すほど、この職業にとって苦痛な時間は他に無い。客が居てこそ成り立つ商売であり、居なければ店員でもない彼らはやる事も無いのだ。

 犯罪者をあえて探すという、因果な商売。世間一般の人から見れば、『暇な時間でも何もしなくて良いのか。いい仕事だな』などと嫌味混じりな間違った偏見を持たれる事も多い。逆に言えば、彼らにとってはその時間こそが最大に無駄だ。

(あれ、あの人――)

 入り口からぷらっと入ってきたのは、昼間のイケメンだった。服装が変わっている。目立たない地味な灰色のスウェットで身を包んでいた。

 無表情のまま、ポケットに両手を突っ込んで歩く。何も気取らず、レジの横をゆっくりと過ぎて売り場の中に入っていった。もちろん店員が疑う様子も無い。

(昼間来て、なんでまた夜に……)

 高橋の予感は『追え』と言っていた。典型的な万引き犯の特徴であったからだ。店に何度も来るという事は、事前に下見した上で後に本格的に盗みに来るという窃盗犯な可能性もある。その場合、かなり計画的な犯人である。凶悪な場合も多い。

(追ってみよう)

 彼は昼間、土建屋の男に絡まれている所を助けてくれた。変な人だが悪い人ではないのだなと、ある意味信用した節があった。だが今の彼は明らかに怪しい。

 高橋はイケメンに気付かれないようにして、隠密行動を開始した。足音を立てないようにゆっくりと歩き、通路を一つ挟みながら彼の行き先を予測して進む。

 通路を出た瞬間に、日用品コーナーから食器コーナーへと移動して行くイケメンの後姿が一瞬見える。高橋は彼の足音などを聞き逃さないように神経を集中する。

(曲がった)

 右だ。イケメンの足音が遠ざかる。見失わないように高橋は通路の影からそろりと顔半分だけを出して確認する。イケメンの背中。ずっとまっすぐ進んでゆく。

(あっちは酒コーナーだ)

 小さなホームセンターでは酒や飲料を扱っていない店舗も多い。だがこのチェーン店は珍しく置いてあるのだった。高橋もチェックしていたが、店員の目の届きにくい店の隅っこの方に。恐らく隠匿するならここだろうと考えていた。

(でも彼は今、何も手に取っていない。だとすると、もしやるなら酒自体が目的?)

 高橋は瞬時に、彼の服装を今一度チェックした。全身スウェット。無防備に晒した背からは首元にフードが見えており、下に薄手のパーカーでも着ている可能性がある。手には何も持っていない。バッグなどが無い以上、サイズの大きい物、大量の商品は持ってゆく事は不可能。せいぜい盗んだとして、ポケットに入るサイズの物。

 そう。例えばビールや酎ハイなどの三百五十ミリ缶だ。あれならギリギリ拳にも隠れる。

 盗む前から、高橋は「もしこの人が盗むなら、どう盗むだろう」という事を予想して動いていた。そして彼女が下した判断は、ビールコーナーに先回りする事だった。

 ポジションに着き、冷えたビールが冷蔵棚に並んでいるのがまじまじと見えるのを確認する。そして相手からは気付かれにくい場所。

(来た!)

 案の定、イケメンは何の迷いも無くビールコーナーへとやってきた。両手をポケットに入れたまま、じぃっと冷蔵棚を見据える。視線は動いていない。一切の動揺や気持ちの揺らぎが見えない。これが素人の万引き犯ならば、すぐに態度に出る。特に視線の動きは顕著だ。

(まだ分からない。ここが勝負。買うか……盗るか)

 イケメンは右手をポケットからすっと出すと、銀色のラベルのビールを一本手に取った。がっしりと握り、ラベルを無言で見つめる。その目は恐ろしいほどに表情が無く、思考は読み取れない。死んだ魚のような目とでも言えば良いのだろうか。

 そして右手を素早く引っ込めた。イケメンの左側から見ていた高橋にははっきりと見えなかったが、右手が次に姿を現した時には既にビール缶は消えていた。

(入れた!)

 商品を棚から着手し、隠匿をする瞬間。捕捉する上でこれは最も重要な事だ。その店の商品である事が確実に分かっており、どこに入れたのかを確信していなければ、声掛けは命取りになる。誤認逮捕に繋がる可能性があるからだ。

(ビール缶一本隠匿。隠匿場所はスウェットの右ポケット。よし、完璧)

 後は途中でチャリ(隠匿した商品を捨てられる)されたり、追跡に気付かれないようにしながら店から出るのをひたすら待つのだ。店から出た時点でなければ声は掛けられない。

(見た目はカッコイイのに、何でこんな万引きなんてセコい事してるわけ。イケメンさん……)

 高橋はいつも考える。何故そうは見えないこんな人が万引きを、と。今までも色々な人間を捕捉してきた。老人、主婦、子供。皆、金が無かったわけではない。買える金は持ってきていた。だが、盗む。買えないわけではない。買えるのだ。

 だがあえてリスクを犯し、たかだか百円、二百円のために人生を棒に振る人が後を絶たない。高橋の気持ちには、やるせない悲しみの方が強かった。

 確かに生活は豊かになった。金を出せば何でも買える時代になった。だがこの職業をしている高橋には敏感に感じられたのだ。時代と反比例するかのように、人々の心は貧しくなっているのだと。

 学校では味わえないスリルを求め、小中学生は面白半分でお菓子を盗る。旦那の働いている昼間に、夜家族に食べさせるための食材をエコバッグに入れて盗る。

 百円を出せば堂々と食べられる。だが人から盗んだ物は、やはり暗闇に紛れて食べる。家族に本当の事は言えない。そのようにして手に入れた食べ物は、果たしておいしいのだろうか。

 一時の『得した』などというふざけた感情に支配され、一生人に言えない背徳を背負って生きるのか。誰かが物を盗れば、誰かが確実に損をしている。それは得したのではない。他人を傷付けているのと同じだ。

(もうすぐ店から出る)

 イケメンのスウェットのポケットには缶ビールが隠匿されている。その上から突っ込んだ手で蓋をしていた。

 脇目も振らず一直線に店から出てゆくコースを取った。このまま進めば捕捉は確実だ。

「ん、大丈夫ですか!」

 突如、イケメンが声を上げて駆け出した。高橋の居る場所からでは何が起きたのか見えない。急いで移動した。

 入り口近くでは、一人の老人が倒れていた。苦しそうに胸を押さえ、呼吸もヒューヒュー言っている。白目を剥きかけ、右手をイケメンに伸ばし、左の肩をつかんだ。

「しっかりして下さい!」

「あ、がが……が……はぁっ……!」

 声にならない声を上げ、老人は左手で心臓を抑えていた。恐らく何かの発作だった。緊急事態である。

「誰か来てください。誰か救急車を!」

 客も居ないし、丁度レジに誰も人が居ない。肝心な時に使えない店員である。

(どうしよう……、でも仕方ない!)

 今から店員を呼んでくる余裕は無い。高橋は倒れた老人とイケメンの所へと飛び出していった。片膝を着いて容態を確かめる。呼吸困難を起こしているようであり、一刻を争う事態に思われた。

「大丈夫ですか! すぐ救急車呼びますからね」

「あ、はぁっ……がっ」

 老人は何度か必死で頷く。

「君は、昼間の子じゃないか」

 イケメンも高橋の顔を見てぎょっとしていた。まさかまだ店内に居るとは思わなかったのだろう。

 構わず高橋は携帯電話を取り出し、百十九番した。店の名前と急病人が居ると告げると、すぐさま出動するという事になった。

 結局店を上げての大騒ぎとなった。付近から集まった住民達の野次馬も多く、万引きどころの騒ぎではなくなってしまった。イケメンと高橋は店長から賞賛され、その日は勤務時間も超過した。

 不本意ながら、高橋は万引きしていると分かっていながらもイケメンを見逃さざるを得なくなった。

(でも私だけは知っている。あの時、確実に彼は缶ビールを万引きしたんだ――)

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