Episode6 何が起きてるのか説明します!!
『ここは・・・』
途切れたはずの意識はなぜか、暗闇の部屋と共に蘇った。真っ暗で何も見えないが、所々物があることは感覚的にわかる。それにしても、この目隠しと足首には鎖に繋がれたような重しのを輪っかが食い込んでくる。
するとスライド式の開閉音とともに、誰かが入ってくる足音が。それも複数。また開閉音が聞こえる。今度は閉まった音だ。そして、誰かが目隠しされた布を後ろから解く手の感触が伝わってくる。やっとのことで拓けた視界。そこには、怖い男と助けてくれた救世主が並んで立っていた。
『お前、月田 冬至の息子の月田 トウクマだな?』
その男の低いトーンの声はどこか恐ろしく、どこか冷静さを感じる。とは言え、僕の中には命の危険性が身体中を駆け巡って、警告を示していた。思わず、それを言葉にしてしまった。
『僕は・・・殺されるの?』
助けてくれた救世主がいるからといって、とても逃がしてくれるようには思えない。その意志と共に、僕はその男に疑問を投げかけた。すると、男は僕と同じ目線までゆっくり腰を下ろす。
『しばらくは殺さない。お前と取引がしたいからな』
その言葉とともに、目の前に突きつけられた細くて綺麗な人差し指。それにしても、この子供の僕に取引?
『取引?』
『そう、取引。単刀直入に言うと、君の父さんやこの世界に区切りをつけた政治家たちを殺したいんだ。その過程で、君を囮として使いたい』
『殺したいって・・・じゃあ・・・僕の父さんを殺したのは、あなた・・・?』
さっきより濃く眉間に皺を寄せる。顔つきが少しずつ変わり、目つきも鋭くなっている。その静かな怒りに、これ以上、父のことを聞く勇気はなかった。
『正確に俺たちが殺したいのは、政治家じゃなくて国家に成り済ました変異者だな』
『え??』
『今、ドームの外でどれくらいの人間が死に、苦しんでると思う?』
そうさらに低いトーンと鋭い視線が強まる。もはや殺気に近い。僕は、慎重に言葉を選んでいく。
『それは・・・』
『そう。人類を密かに選別して殺しているのは、まともに人類の勉強もしてないのに、お偉いさんになりすました新人類・変異者だ』
『変異者?それはどういう・・・』
僕はそれでも理解が追いつかなかった。
『まあ、小学生が理解できないのも無理はないか。見せてやれ』
そう、男は救世主の方に視線を向ける。それが合図だと認識した救世主は、さっき助けてくれた小学校の先生の姿からやがて、隣に佇む男へと姿を変えていく。そこにいた人物は目の前にいる男とそっくりの外見をしていた。そっくりというレベルじゃない。瓜二つの存在。声、口調、髪質、指の綺麗さも全部同じ。どこも偽りを感じさせるものはなかった。
『ああ・・・あ・・・あ・・・じゃあ、こいつが父さんを!?』
『違う。確かにコイツは人、物に擬態できる能力を持つが、友好的だし、俺たちの武器にもなってる。お前の父を・・・お前の父に成り代わったのは別の変異者だ』
『そんなに!?たくさんいるの?そういった・・・変身できる能力を持つ人が!!』
僕は思わず、今までにない声を張り上げていた。
『そう。だから国家を潰すだけでなく、そいつらの正体も知るために、入れ替わりと知った政治家の息子・お前が必要なんだ。さすがに奴らも真実を知ったガキを放っておくことはしないだろ?』
目の前に向けられた事実に僕はしばらく何も考えられなかった。彼の取引にも応えられず・・・
* * *
最近は忙しいせいか、共有スペースのリビングは服や食べ物が散乱してる。カップラーメンの食べかす、いつに着たかわからない服が皺となってソファに置かれる。それより、あのガキのせいで険悪な空気がコウとクミホの間で流れてくる。コウの子供を囮に変異者を呼び寄せる作戦が聞こえてしまったようだ。
『ねえ!!コウ、話があるんだけど・・・』
さっきの会話が聞かれていたのだろう。クミホは手を腰に当てたポーズで、コウの後ろへと立ち尽くしている。しかし、コウは机上にある地図と新たな武器の整理に手が追いつかない様子。クミホと面を合わせることもなければ、彼女に対しての反応も薄い。それに痺れを切らしたクミホは大声で怒鳴り散らかす。
『話を聞けって言ってんだろ!!!!』
辺りは静まり返った。ヒョウガは言わずとも体を震わす勢いで反応する。それに対し、リーダーとしての姿勢は簡単には揺るがなくとも、作業していた手元を止める。やっと、コウはゆっくりクミホの方へと視線を移していく。コウも負けちゃいない。その冷たい視線と敵意のようなその覇気。俺・ミヤビはその光景を見ながら、食べたかったスナックを口に頬張る。うま!!やっと面と向かって話し合う気になったのか、クミホも覚悟を決めるよう顔に力を入れてく。
『まだ、ドーム内の子供たちを利用しようとしてるの?前も言ったよね?ドーム内の人間だからって、全ての人が悪いわけじゃないって』
そう一つ一つの言葉に重しをのせるよう、覇気のある口調と共にぶつけていく。
『実際、ドーム内の人間はこの世界の真実に知らなかった』
だが、そう突き飛ばした言葉に、口を閉じていたコウは反論をぶつける。
『知らなかった?そんなこと、考えようともしなかったってことだろ!』
コウも自分の気持ちが抑えられず、クミホと同じ覇気、声量で言葉を放っていく。それでも、クミホは・・・コウに理解を求めた。
『まだそんなこと...だからって、全ての人を敵に回していいとは限らないの!!じゃないとこの負の連鎖はいつまで経っても終わらないんだって!!』
『終わらせる!!全員殺してでも!!やってやる!!!』
クミホの言葉なんて、もはや通用しない。そう怒りがコウの表情に刻まれていくと同時に放たれた"やってやる”。しばらくは、クミホも彼女の言葉に対抗できず、争うことを辞めた。そんな彼女の目には、涙が溢れてるようにも見えた。
* * *
負の空気が流れてから十分が経った頃、俺の部屋に入ってくる一人の影が目に見える。そのシルエットを見て、誰かはもう分かった。
『なあ。毎回コウと喧嘩した後に俺のとこに来るの、やめてくれないか?』
壁にもたれた背中とフカフカのベットに沈んでいく腰。そこに、頬を膨らませたクミホが、脚を伸ばした俺の太ももを枕代わりに横たわる。これは、コウと喧嘩した時にいつも起きる現象だ。
『コウのバカ。何回も言わせんなよ!』
いつもの姉貴的な存在も、恋人のコウと衝突すれば、強い大木でできた精神も折れてしまう。
『ちょっと、太ももに乗せた頭どけてくんねえ?』
『えー』
『俺、ギター弾きたいからさ』
そう右手に掛けていたアコースティックギターを手に取る姿を軽く横目で見てくるクミホ。しばらく、俺の言葉に反応するまで数秒の時間が流れるが、彼女はゆっくり重しになっていた頭を太ももから離してくれる。
『じゃあ、私のリクエストした曲弾いて』
まだ頬を膨らますも、少し俺に心を許すその姿に思わず笑みが溢れる。
『レディーのお願いなら、何なりと』
自分の定位置を決めるために右手に握ったギターを自分の体に寄せていく。伸ばしきっていた足もベットから下ろし、自分の心を調整するツールを指の皮膚に触れる弦に感じていく。
『曲は何?』
『・・・キャットで・・・綺麗な歌声でよろしく』
『はいはい』
懐かしさに浸りながら、弦にふれる指は綺麗なメロディーを奏で始める。歌とかギターとかはやってこなかった人間がなぜ弾き始めたのか?それは、自分自身を失わないため。半分、この地獄のせいで狂い始めてる。人を殺しても何も思わない。むしろ笑うだけ。夜なんか突然笑い出すときだってある。
だが、盗んだギターを弾き始めてからそんなことも減ったような気がする。歌詞に込められた歌手の思いもあるのだろう。俺は本人になりきるつもりで、部屋を轟かせる歌声を披露していく。リズムと組み合わさる歌詞。クミホは、キャットby俺により流れていく音楽に導かれるよう、ベットに横たわっていた身を起こしていく。
* * *
『で?どうだった?弾かせたんだから、なんか一言感想を!』
ギターを弾いていた約4分間、短いようで長い時間ライブを過ごした気分に浸る。それぐらいの達成感はあった。
『めっちゃ綺麗な歌声・・・』
『そりゃ、どうも』
『なんか元気出たわ』
そう、クミホはあっという間に俺のベットから起き上がる。
『ミヤビ。ありがとう』
その言葉を機に、彼女は何事もなかったかのようにその部屋から去っていた。
これもいつも通りの現象。
* * *
しばらく鎖に繋がれた手足。そのベットと机、そして机に置かれた電気しか光のない部屋。壁は、冷たい鉄格子のような色に硬そうなコンクリートが尻の下を敷いている。そんな冷たい場所で、僕・トウクマは突きつけられた真実を受け入れる努力を何度も試した。やっとのことで呑み込む余裕ができたのか、思考は本当の父と母の安否について向けられる。
もし、彼らの話が真実なら、父になりすました奴が、母を殺すかもしれない。だって、息子である僕が秘密を話してるかもしれないから。今、何時だ!?
急いで、母さんを助けないと!!その強い気持ちとともに手足をバタバタと鎖に抗い続ける。
『あの!!ここから出してください!!!!きゅ、手助けしますから!!!!!』
震えた声と張り上げた声量が届いたのか、まもない間にドアが開くと同時に、女性の姿が目に映る。
『君がトウクマくん?』
『あなたは?』
『私はクミホ。よろしく』
サラッと流れるロングヘアに、優しさあふれる瞳を持った彼女は、僕の手足が繋がれた鎖を鍵で解除していく。
『なんで鎖を?』
『協力してくれるんでしょ?私たちの戦いに。なら、もう仲間だよ』
『僕のこと・・・信用できるんですか?もしかしたら僕が変異者かもしれない』
彼女は僕の言葉に軽く鼻で笑う。
『そんなのすぐわかるわよ。本物はどっちかなんて舌にある細胞を切り取れば見える。あいつらは完全に人間とは違う細胞の作りをしてるからね』
『じゃ・・・あ、僕が気絶している間に?』
『そう、採取した細胞を元に、あなたを本人だと判断してるのよ』
手慣れた手つきで簡単に鎖を外したクミホという女性は、僕を起こすよう背中に温かく小さな手を添えてくれる。どうやら、この人は理解ある人だ。
『あの・・・お願いがあるんですけど・・・』
『うん?』
『協力する代わりに、僕の母さんを助けてほしいんです!!母さんは夜遅くても、必ず家に帰ってくるから、このままだと・・・偽者の・・・偽者の父に!!』
必死に訴える姿に同情したのか、少年の涙目が彼女に移るように涙目になっていく。
『お願いします!!お願いします!!!』
僕の必死な気持ちはやがて過度な土下座へと移動していた。
『その必要はない』
クミホさんからの返事が聞けると思いきや、そこには扉付近に立っていたあの男が。
『その必要はないって・・・』
『見つけた。お前の父さんになりすましたコピーが』