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Episode1

目の前にいる両親や妹。その表情には、何度も助けを呼ぶ声と必死に足掻いて家族を守ろうとする声が入り混じる。だが、俺には両手を強く押さえつける男たちのごつい筋力が加わる。その上、後頭部に突きつけられた銃。

『やめろ!!!家族には手を出すな!!!』

そう何度も叫んでも、銃を突きつけるクソ野郎たちは、笑うだけ。汚ねえ歯元を見せつけながら。でも、俺には抗う力がなかった。そのせいで・・・そのまま家族は、頭に銃弾を撃ち込まれた。我に戻るまでどのくらいの時間がかかっただろう。いや、もう本来の自分なんてとっくに捨ててる。


2035年、6月10日。

不潔という言葉しかよぎらない部屋の汚さ。あらゆる物は黒く汚れ、踏み出す一歩も見つからない程のゴミ山に住む。そんな部屋の窓からは、薄暗い空の始まりを告げる。嫌な気分にさせるのは空の色だけじゃない。卵の腐った臭いを想起させる黄色の煙が、肉眼で確認できるほど充満していた。これは、大気汚染を引き起こしている証拠だ。この環境問題のせいで、どんな世界が出来てしまったか、昔の俺たちには想像もできないだろう。


挿絵(By みてみん)


『今日もまたクソ野郎たちのツラを見なきゃいけねえのかよ』


そんな独り言をベランダに丸く座る猫に突きつける。男の言葉なんて気にしないような猫の澄まし顔に・・・そんな表情に鼻笑いで返すしかない。


『・・・・丸焼きにして食うぞ?』


息の抜けた声で強烈な一言を突き出すも、毛並みを揃えるよう優しく撫でられる猫からは、俺の発言が冗談とも見えるみたいだ。そんな何気ないやり取りは、ベランダから見える装甲車といった武装車で一変する。”クソ野郎”の噂をすればだ。黒く頑丈な肌を纏ったボンネットがこちらへと迫ってくる。


『おら!!!目覚ましの時間だ!!!』


狂ったように高い声と共に鳴り響く何発もの銃声。その銃声たちに反応するように隣の玄関から物音が聞こえ始める。心底うるせえと思う一方、アイツらに逆らえねえ理由がある。


*  *  *


履き尽くした黒い靴ひもシューズで玄関の外へと踏み出した先には、1階の大きい駐車場に現れた装甲車を見下ろす。俺の住んでる階は3階。玄関を出た廊下には、パジャマ姿であろうと全員、顔を揃えていた。その状況に慣れ始めた頃なのか、人々は悲鳴をあげることも無く、ただただ死を覚悟している屍に見えた。とは言え、中には死に対する恐怖でおかしくなったのか、四六時中体を震わせる奴もいる。やっと住民が全員顔を見せると、装甲車の上から、タトゥーを顔面に刻んだ男が姿を出す。手には肩を支えとするほどの大きい銃を抱えている。その威圧感と共に放たれた言葉がこれだ。


『今日もこのアパートから生贄を一人、差し出す約束だ。そいつが誰なのか教えてもらおうか?』


武装集団に怯えながらも、アパートの住民たちは男の質問に答えを突き出す。


『・・・今日は・・・あそこの人です!』


そう一人の女性が指差す先には、ヒゲに覆われた中年男性。全員に向けられた視線にポッチャリ男性は、目先をあちこち泳がせる。


『ほお・・・今日はまずそうな奴だ。まあメインディッシュを楽しく味わうには、先にゴミを処理しねえとな』


そう突き出す男の言葉に続き、周りの武装仲間も笑い出す。小馬鹿にされた屈辱、住人に裏切られたショックはやがて眉間にシワを寄せ始める。


『お前らなんかどうせ、こんなジジイに未来なんてないんだと決めつけて、俺を選んだんだろ!?』


必死に張り上げた声に何にも応えず、ただ視線を逸らす姿だけ・・・この生贄も今に始まったことじゃない。時間の経過とともに、相手を生贄することに罪悪感はなくなっていった。だって、順番があるだけで、自分たちもいつか死ぬのだから。そんなことを物語るように冷たく、覇気のない住民たちがひどく目に映った。


『さあ、行くぞ!!!』


この世のモノ全てに裏切られた、そんな表情を晒しながら、堅いの大きい中年男性は担がれて行く。気づけばあっという間に、装甲車はこのアパートを背に、帰っていく。罪悪感なんてものが本当にないのか、むしろどこか安堵している住民たち。俺はそれに・・・


『ミヤビ。例の生贄歓迎会は終わったのか?』

廊下から顔を出し、俺を名で呼んでくるのは、隣の部屋に住んでいる男性・ショウタ。気怠げな口調とのそのそした仕草で歩いてくる。そんなショウタの態度に呆れた様子で、言葉を返した。

『遅えよ。見りゃわかるだろ・・・』

俺の言葉に反応するように辺りを見渡した後、ポケットに突っ込んだタバコを手に取り、ライターで火を灯す。まあ、いつも通りの反応と見れば、普通か。それにしても、今日の中年男性の悲痛な声で叫んだ言葉がフラッシュバックしてくる。未来なんてない・・・なら、俺はどうなるんだ?俺の中で芽生えた疑問は、咄嗟に言葉として吐き出された。『お前さ、将来やりてえこととかあるの?』

『どうした?』

『いや・・・今日生贄になった男性が、年齢もそれなりにとってるし、することもないと思われて選ばれたと思うと・・・なんか胸の奥が気持ち悪くてな』


俺にしては、珍しく真面目な発言をしていると思われたのだろう。少し、深い息と共にショウタからは強い視線を向けられていると心底感じた。俺はその感覚を信じ、言葉を続けた。

『未来がなければ・・・生きてる必要はない。ならしたいこともねえ俺にも、未来を生きる必要はないのか?』

こんな重い言葉に返す言葉なんてない。それほど難しい問いを出されたら尚更だ。下手な慰めは効果がないと思ったショウタはこう返すしかなかったんだろうな。

”さあな・・・”と。



*  *  *


あの問いに答えが出ないまま、その日は月明かりの出る夜を迎えた。この生贄歓迎会が始まってたのも、つい最近じゃない。ただ今日のことは心の中で負の感情が蠢く。未来がないと判断された奴は、消されるというこのシステムに納得できないんだ。モヤモヤした気持ちから抜け出せずにいた俺の部屋からチャイムが鳴り響く。


こんな時間に誰だ?そう思うくらいの時刻が回る頃、俺は足場のない薄汚れたゴミや服の上を歩いていく。玄関にたどり着いた先のドアを開けると、薄暗い部屋から廊下の光が、眩いほどに目に入ってくる。その光と共に現れたのは、隣の部屋に住むあの男・ショウタだ。


『なんだ?こんな時間に?』

暗さに目が慣れた途端に明るいところに連れ出され、半目でしか対応できない。でも、オーラはいつもの気怠さではない別のものを感じた。実際、そのオーラは口調からも溢れていた。

『お前が今朝抱いていた疑問に、答えてやる』

『はあ?今からか?」

俺の質問には何にも答えず、"来い"というサインをエレベータの方に向かう行動で見せつける。


『外に行くのか?』

『この時間帯なら、あの武装集団も動いてないだろう』



今朝の気怠い感じから少し凛々しく見える姿からは”信用”という言葉が浮かび上がってくる。俺はそんな彼の後をついていくことにした。


*  *  *


どこか拍子抜けした街。そりゃそうだろう。優先的に避難させた人々は皆、安全地帯エリア・通常・第2新京東きょうとう市に移住したのだから。そいつらの住む街は、近未来を感じさせる高層ビルばかりで、自然なんてなさそうだ。なんで、曖昧な説明しかできないって?そりゃあ、街内のエリアを大きなドームに覆われているのだから、ドーム外の俺たちから見えるはずなんてない。そんな場所に足を踏み入れることなんて・・・ぜってえ、ねえだろうな。


ショウタはそのドームが一番よく見える建物の屋上へとなぜか、俺を連れてきた。錆びた鉄格子に、殺風景な屋上だ。だが、ショウタの目には光あるものを感じさせた。


『ほらよ!』


突然、宙を舞いながら俺の胸に飛び込んでくるビール缶。ひんやりした水滴が手の皮膚に伝わる感触。


『あの場所にはきっと夢や希望が詰まってる場所だと思わないか。あそこには、美味い飯や酒、いい面の女、最高な場所があるとは思わねえか?』


向こうの世界をイメージしながら喉越しを鳴らすショウタの飲みっぷりに釣られたのか、俺もビール缶を開け、ゆっくり喉へと流し込む。あ、うめえわ。今、俺が感じたのはビールの美味しさだけで、ショウタが心を躍らせている理由に共感できなかった。だが、それなりに夢はあるべきだと思い、彼の意見に賛同した。


『ああ・・・確かに夢が広がっているかもな』


ショウタがどんな気持ちで、それを語っているかわからない。美味しい飯や酒に良い女?そんなことで、ギャアギャアいうやつだとは思わなかった。そんな眼差しが伝わってしまったのだろう。ショウタも(俺の)嘘の演技を見抜き、外の世界になんて興味ないことを悟ったように、光溢れた瞳が消えていく。


すると、その光ない眼差しは、俺の胸ぐらを掴みに行く行動に入り、気づけば、屋上の端へと身を投げ出されていた。


『急に何なんだよ!!』

ショウタの接続しない前後の行動に疑問でいっぱいだった。だがそんなことをお構いなしに、俺を今にも落としそうな端まで追い詰める。あまりに錆び付いてた鉄格子は、背中の当たった勢いで、あっさりと地上へ落ちる。

『お前の質問に答えてやる。したいことも未来もないお前には・・・死がお似合いだ』

『え?』

次の瞬間、胸ぐらを掴んだその握力はあっという間に抜け、身は屋上から地上へと一気に落下。体をくすぐる風は、地上とぶつかると同時に、脊髄を粉々にするほどの激痛を喰らわせる。



かすかに見える視界に歪んだ世界。大きなゴミ箱に背中を打ちつけた身は、そのまま地面にねじ伏せられる。まだ意識はある・・・だが何も見えない。なんだ?俺を取り囲んでるのか?車のライトが視界を真っ白に染める。だが車から現れたシルエットで、誰かは察した。今朝、生贄を求めてきたあの武装集団たちだ。


『ハハハ!!!今日は生贄がいつもより多いな。よし、こいつを殺せ!!思う存分な!!』


そいつらのシルエットとその言葉を感じたときはすでに遅かった。俺の額に突きつけられた銃で、完全に意識も感情も消えた。武装集団の撃ち放った銃弾で俺は死んだ・・・みたいだ。


挿絵(By みてみん)




この作品を読んでみようと来てくださった皆様、ありがとうございます!!!この作品は毎週、土日公開予定です。明日は2話と3話を連続公開します!!良ければ、今後もこの作品を応援していただけると嬉しいです!よろしくお願いします!

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