Episode13 諦めるか?続けるか?
クミホの首筋から吹き飛ぶ血飛沫。大きな物音と共に膝をついた彼女はそのまま、うつ伏せへと。
『はあ・・・はあ・・・・』
俺の中で乱れ始める一定の呼吸。
『クミホ?・・・クミホ』
何度か呼ぶ彼女の名前。しかし、反応するどころか、彼女の首からは赤い海が床一面を染めていく。
『ぐは・・・・・は・・・・は・・・・』
呼吸する為の器官が弱いが、微かに動いてるクミホの息遣い。一定のリズムではなくとも、呼吸の流れに沿うよう、上下に揺れる身体が確認できる。
『まだ生きていたか』
月田冬至は、追い討ちで新たな弾を装填する。もちろん、体全体に込み上げてくる怒りは、全身に流れる血流と共に加速していく。
『こいつ!!』
その加速は、大臣の抵抗する声を上げさせるほどの攻撃を繰り出していた。
風のスピードで、携帯電話は鋭い日本刀へ変形を遂げる。俺の手から繰り出される素早い剣さばきで、大臣との距離を詰めていく。その男も瞬時な対応で、人間の手からクミホの武器に見立てたハンドガン2丁が繰り出される。何発もの発砲されていく銃弾。
人間の速さをとうに超えている剣先で、銃弾を違う軌道を描きながら、弾いていく。だが、さらなる加速は止まらない。大臣の意識が向く前に、片方の手首を斬り落としにいく。
『っく!!!』
切り離された神経に痛みを押し殺せない男は、そのまま背後に現れた俺に気づかず、ハンドガンを背中に何発もの銃弾を喰らっていく。だが、手が切断されただけで、くたばるような奴じゃない。とにかく体の中にある血を全て奪い取る勢いで、刀を何度も顔面に突き刺しや斬り込みを左右へと振っていくも、次々と避けていく。
『うわあああああああああああああああああ!!!!!』
次第に込められていく攻撃は怒りのボルテージとともに、高鳴っていく。それはただの怒りじゃない。彼女の笑顔が蘇ってくるたびに、約束を果たせなかったことの後悔が脳裏に走ってくる。そう。これは自分に対しての怒りだ。
激しくぶつかり合う刃同士の戦い。
『クミホさん!!!しっかりして!!!!』
クソ!!少年の泣き叫ぶ声が俺の脳内へと侵入してくる。揺らいだ心に、大臣の足蹴りが腹部に命中。人間の怪力を超えた威力が通路の端側まで吹き飛ばす。内臓を打ちひしがれた勢いで、地面にねじ伏せた体勢に入る。
『どいつもこいつも!!』
何度も立ち上がる俺たちに怒りの声を漏らす。大臣も冷静さを失った以上、手加減をするつもりはない様子。その光景に畏れおののいた俺は、少年に初めて心から頼む命令を突き出した。
『トウクマ!!!クミホを連れて逃げろ!!!』
クミホの前でうずくまっていたトウクマは、俺の言う通り彼女の腕を自分の肩に乗せ、運ぼうとする姿が。もちろん、大臣はそれを黙って逃がすわけない。だから俺は!!!!
『はなせ!!!』
引き剥がそうと服の襟をこれでもかと引っ張り続けた上に、後ろから大臣の首を絞めつける。
猟犬のように大臣の首を絞める両手を解除することはない。変異者という新人類は大量出血で死ぬのが条件なだけで、意識を絶たせるのは人間と同じように扱えばいい。そう、力の限り、腕に力を込める。
『はなせって!!!!』
まだだ!!!少年がクミホを連れ出すまで、耐えろ!!!
だが、一直線に長い足で蹴り飛ばされた腹部で俺はまた地面へと頭を打ち付ける。その隙に必死に体を奮い起こすも、天井がひび割れた影響で落下してくる瓦礫で下敷きの一部と化す。
* * *
像の踏み台にされてから数分が経つ。こいつ・・・。容赦ない攻撃。死に際も死んだ後も、ヒョウガを痛めつけたといっていた目の前のクソ女。体を支えているはずの肋骨も生々しく砕けた音で、打ちひしがれた。この怪物の身になっても対抗できない絶望さに身体中から悲鳴が上がる。
『ぐあああああああ!!!』
肺も潰れる寸前で、俺の顔は真っ青に染まっていくだろう。ヒョウガ、お前は死に際まで、何を思っていた?もう意識も持たない。だが、必死で止めようとする声が聞こえる。それも幼い声。もしかして、あのガキ!?
薄れていく、沈んでいく意識を再び、奮い起こす。さっきまで動体にかかっていた重しが解き放たれたのか、思ったより、上体は身軽に起き上がる。目の前には、少年が象に向かって銃を突きつける姿が。象の硬い皮膚では、貫通さえしないのに。それでも、少年は、象を俺から遠ざけようとしていた。必死に呼び寄せる怒鳴り声。象は見事に、少年の方へと体を向けていく。
『おい、おら!!よそ見すんな!!!」
陽動の役割を果たしてくれた少年の力を借り、俺は振り返る象に思い切り、強烈なドリルをお見舞いする。なんと硬い皮膚で覆ってたはずの体は、あっという間にめり込んでいく。その穴から少しずつ溢れていく血飛沫。
体の神経にでも触れたのか、象の悲鳴声を上げながら、体を360度振り回す。
振り下ろす勢いで、暴れ回るも攻撃の手は緩めない。さすがの痛さに限界が来たのか、スライドショーのように体は様々な動物へと切り替わっていく。虎、カバ、ワニそしてライオン。だが、俺は相手がくたばるまでやめない。ヒョウガが同じように殺されたなら、殺し返すまでだ。
やっとのことで掴みかかった俺の服にしわが寄っていく、怪力でそのまま、投げ出されるも勝敗にはもう答えが出ていた。床一面に染めていく血の海とよろける小娘の姿。
猛反撃の力もない。
最後に俺の顔面前へと飛びかかってるが、威力のあるハンマーで再びねじ伏せた。
今度は、座席のシートを粉々にしていく。ついに、暴れていた動物の女は静止。座席の概念も失う崩壊ぶりになんか気にも止めず、百獣の王・ライオンから人間の姿へと逆戻り。小娘の体には変化が宿るも、意識自体はずっと微かな断片しか機能してない様子の半目を晒してくる。散々、ヒョウガのことを馬鹿にしやがって。そんな気持ちが先行するばかり。少年が抱える女性を目にするまでは。
『ミヤビさん・・・助けて・・・クミホさんが・・・』
少年が抱えるクミホの首は少年の上着でせき止めするも、時間の問題。だが悲惨なぐらい全身は真っ赤に染まっていた。でも呼吸できてるだけで、不思議なくらいだ。
クミホを今すぐ助けないと。思考はヒョウガの復讐相手から彼女を救う手段へと巡らせる。
その時、窓から大きな塊が見えた。まるで小さい魚の群れが迫ってくるような集合体が・・・
『兄さん!!!!』
Doooooooooooooon!!!
少年が必死に俺を呼び止めるも、綺麗な自然の並木を背景に迫ってきた黒い大群はに、窓側の側面を破壊していく。原型をなくすほどの勢いで外から受けた攻撃で意識は左右に揺れる視界とともに、薄れていく感覚。
さらに、その黒い何かは天井を引き剥がすように、新幹線の屋根を粉々にしていく。見上げた先には、確かに5メートルを超える人の上半身を描く何かが見下ろしているが、これ以上、何もできない。そう思った俺は、少年とクミホを腕に抱え、新幹線に空いた風穴から逃げ出していった。
* * *
『おい!!起きろ!!』
遠くから聞こえる声。僕は、その声に導かれるように意識を向けた。重たい瞼に重たい身体、それを必死に起こそうと意思を貫き通す。そう、目覚めた先には再び瞼を閉じさせる勢いの日差しが入ってくる。その視界には、森の木々らしきものがいくつか見えた。口元に付いてるものは、なんだ!?呼吸器に綺麗な空気を送る酸素マスクが身につけられていた。
『それ外すなよ。ここはドーム街の区域だから、新鮮な空気なんて吸えねえぞ』
後ろで座り込むミヤビは、破けたスーツにあざだらけの皮膚が目に映る。
『ここあ?』
『お前、ココア飲みたいのか?』
『違う。ここは?』
『あー。俺に聞かれても、途中降車したしな』
そう、ミヤビ兄さんは、目の前の木にもたれかかった体勢に疲れ切った表情を見せる。メンバーが一人しかいないことを知って、慌てて起きた。
『みんなは?クミホさんは?』
『ヒョウガは死んだ・・・・クミホの方は手を尽くした・・・』
『手を尽くした・・・』
『自分で見てこい・・・よ』
最後の最後で震えるミヤビの声。見られたくない顔は両手で覆い尽くす。丸くうずくまってしまったミヤビさんにこれ以上声をかけることもできず、ミヤビの送った視線の先へと1歩1歩歩き出す。
その先には、最善を尽くし、どこからか手に入れた医療道具が散乱している。でも間に合わなかった。
まるで安心したように目を瞑るクミホ姉さんの姿。あの微かな息遣いは完全に途絶えた。何もかも、失ったこの感情。
その現実を受け入れるまで、しばらく僕は目を背けることしかできなかった。
* * *
自分にも自問していた。そのときに蘇ってくるクミホの死顔。そして、僕を助けようと逃したコウの焦り顔。それらの素顔がフラッシュバックさせるのと同時に、僕は頭を抱えた。
『僕のせいで・・・みんな・・・死んだ』
『みんな死んだ・・・か』
独り言でつぶやいたはずの声は、ミヤビ兄さんにも届いていた。だが、彼の表情は今まで見たことない静けさを感じた。いつもの笑みをこぼす顔ではない。たまに見せる兄貴的な顔つきをしてるわけでもない。
何もかも失った顔だ。目に光のない屍と変わらない。
だが、まだ諦められなかった。
『まだリーダーなら助けられるかも!!』
希望を持ったはずの発言は、彼から返ってきた言葉で、海の底まで追いやられた。
『もう終わりだ。ここまでやってきたけど・・・これ以上、身近な死人を増やしたくない』
ミヤビ兄さんの言葉で現実に戻った。もう帰ってこない。もう終わり。前のめりで下を俯く彼の姿を見れば、なおさらだ。いつもおちゃらけた余裕がないのんだから。
『でも、今動けばリーダーの一人は助けれる。身近な人を失う数は減る』
『そうやって助けに行ったときには、もう殺されてる!!目の前で死なねるよりは、助けに行かない方がいい!』
彼の瞳には涙でうめ尽くされた。みんなを失った悲しみだけじゃない。自分がこれ以上動けないことの情けなさに悔し涙を流していた。僕は人のことを知った気になるつもりはない。
今は時間がない。そう思い起こされるように、僕は覚悟を決めた言葉を続けた。
『失うのは怖い。でも、何もかも失うのは、もっと怖い。なら一人でも救いたいんだ』
『なら、もう一人でしてくれ』
必死な説得でも、何も変わりがない兄さんの姿に嫌気がさした僕は、彼に怒鳴りつけた。
『このチキンが!!!!』
『ああ、そうだよ!!チキンだよ!!!』
兄さんは、手首につけていた時計の端末を僕の方へと放り投げる。
『それで仲間の位置情報がわかる。死んだ後もな。それを追って、自分でやれるってとこ見せてみろ』
そう渡された端末。その重しは、僕に全て向けられた責任感が重くかかる。正直、彼と一緒に行くという考えそのものが甘かった。思わず、背筋にくる寒気、一人になった途端、僕は怖気付いてしまった。それは言葉に発してなくてもわかる。
『なんだ?怖いのか?』
急に重たくなる脚と震えを見せる手元。だが、そんな恐怖、今押し殺してやる。そう、自分の手の甲に強烈な爪を立てた。
『こ、怖くなんかない!一人でやり遂げることに意味があるんだ!兄さんに希望を持つことの大切さを教えるために』
そう、僕は彼を背に、その場から去っていった。
次週、ついに完結。




