秘密の関係5
「そのキノレだ」
「久しぶりじゃないか!」
獣人の男は嬉しそうな顔をしてキノレを抱きしめる。
「あいつは上手くやってるか?」
「あんたと同じ、悪いやつだよ」
「なら上手くやってるんだな」
「あんたも見ない間に歳をとったもんだ。それなんだ? 知らない顔をたくさん連れて。孫じゃなさそうだな」
獣人の男はキノレの後ろに並ぶジケたちを見て目を細める。
キノレの子供にしては若いし、孫にしても年齢も見た目もバラバラである。
「孫じゃないさ。この人たちは私の雇い主だ」
「雇い主? オズドゥードルはあんたをクビにしたのか?」
「体が動かなくなる前に自分で辞めたのさ。みなさん、この人はトショウ族のイェロイドです」
「まあなんだか知らないがよろしくな。キノレの知り合いなら歓迎してやるよ」
イェロイドニヤリと笑うと軽く手を振る。
ウルフとかそんなタイプの耳ではなく、なんとかラビットとかそんな魔物のミミに近い。
ともかくジケの感想としていかついおじさんには似合わないミミだなと思った。
「少し事情があって山より上の地に通りたいんだ」
「ここを通りたい……ねぇ。分かるだろ? 最近空気が不穏だ。取引を控える商人も出てきてる」
「分かってる。そのために通りたいんだ」
「そのためにだって? ナルジオンを説得しに行くというのか?」
「まあ、そういうことだ」
「おい、死にたいならよそでやってくれ」
イェロイドは呆れた顔をした。
「死ぬなら妻のところでと私も決めている。どうして戦いの空気が高まっているのか、お前の方こそどうなんだ?」
「……詳しい事は俺も知らない。ただ急に過激派や戦争推進派の意見を取り入れてる」
「詳しい知らなくてもお前なら耳がいいだろう。細かい事は知らなくても噂ぐらいは知ってるだろ?」
「……うむ。俺が聞いた話ではナルジオンが考えを変えた時期ぐらいに娘のナラスタシアの姿が見えなくなったということぐらいかな」
少し悩んだような素振りを見せたがキノレならとイェロイドは答えた。
「誘拐ではないのだろう?」
「誘拐なら今ごろ大騒ぎだろうぜ。あくまでも噂だが病気らしいな。戦争しようとしてるのもそれが原因だとか言う奴もいる」
イェロイドの話を聞いてジケの予想はやはり大きく外れていなさそうだなとキノレは感じた。
「ともかくお前は戦争反対派だろ?」
「うちの部族は平和主義な者が多いからな。他の部族よりも力が弱いし戦いにならない方が平穏に暮らせる」
「もしかしたら戦争を止められるかもしれない、と言ったら?」
「他でもないお前が言うなら期待するだろうな」
「だからナルジオンに合わせてほしい」
「…………俺にそんな力あると思うか?」
イェロイドは盛大にため息をついた。
ナルジオンとは狼王のことである。
どうやら何もなくとも通してくれそうな雰囲気はあるけれど狼王と接触するのは難しそうだ。
「どうにかできないか?」
「元々ナルジオンはそんなに人に会うようなやつでもない。最近は特にな。可能性があるなら……ナルジオンに近いやつに紹介してもらうしかない」
「心当たりは?」
「さぁ……」
「酒があれば思い出すか?」
「おっと? そろそろ見返りなしじゃ厳しいと思ってたんだ」
少し渋るようなイェロイドの態度を見てキノレは荷物の中からお酒を取り出して渡した。
噂を話すぐらいまではいいが他の人を紹介するとなるとイェロイドにも多少の責任は出てきてしまう。
イェロイドとしてもあまりリスクは背負いたくなかったのだ。
だがこうした時のために色々と持ってきた。
お酒を見てイェロイドの目の色が変わる。
「情報と引き換えだからな。これはお前が持ってても誰も気づかないだろうな」
「んーもう一声どうだ?」
ぬるっと交渉に入っている。
普段ならイェロイドは洞窟で物々交換による取引を担当している。
物を何かと交換すれば当然何かが無くなって、何かを得ることになる。
取引の痕跡を完全に消す事は難しい。
ただ今は情報と引き換えに物を渡すとキノレは交渉する。
情報を渡したところで取引が外にバレる事はない。
つまり渡したお酒はイェロイドが独占できるということなのだ。
「もう二本。それとツマミもくれてやる」
キノレはニヤリと笑うとさらにお酒と酒のツマミになる乾燥肉を渡した。
お酒は交渉しやすいけれども重いのでここで多少消費してしまおうなんて考えていた。
「気前がいいな。流石にナルジオンとのツテはない。それに周りにいるやつともだ。だが近く、ゲツロウ族との取引がある。どうなるかはわからないが……連れていってやろう。怒られたらお前らのせいにするからな」
「それで構わない」
「もっと何かあるんだろ? うちの族長も説得する準備をしといてくれ」
イェロイドはお酒を一本開けるとぐいっと一口飲む。
「ともかく最初の一歩は踏み出せましたね」
「それよりも砕けて話すキノレさんの方が意外でしたよ」
「ふふふ、丁寧な態度は舐められかねませんからね」
ここまで一貫して丁寧な感じだったのにイェロイドに対しては割と若い感じで話す。
丁寧な感じが悪いわけではないが、砕けて対等に話す方が獣人には受け入れられやすい。
「ただまだまだ道は長そうだな」
話を聞いた感じでは狼王に会うためには狼王に近い人に会う必要があって、そのためにはゲツロウ族って部族でなんとかする必要があって、さらにそのためにイェロイドの部族の族長も説得する必要がある。
簡単にはいかないだろうと思っていたけれど、先は長そうだとジケは思わずため息をついてしまった。




