オズドゥードルに入り込め2
「ユダリカによると良い商品があるとか?」
ジケが商売も持ってきた理由は理由に厚みを持たせるためでもあった。
友達の家に行くというのも立派な理由ではあるものの、その理由だけで今のオズドゥードルに行くのはやや薄い感じがした。
だからついでに商売も理由に含めた。
友達の家に行くということに商売という理由を重ねることによって北に来ることにちゃんとした説得力を持たせたのである。
「ええ。ユダリカも是非ってことなので」
「残念ながら馬車はもう買っているぞ?」
「それは存じ上げています」
オズドゥードルがフィオス商会から馬車を購入していることはジケも知っていた。
三台も購入していったのだから割と目立つ方であった。
「では何を売るつもりだ?」
「……こちらを」
ジケがチラリと視線を向けるとイスコが小瓶をテーブルに置いた。
「なんだそれは? ポーション、か?」
赤っぽい液体が入った瓶を見てカルヴァンは目を細める。
「残念ながらこれはポーションじゃありません。パロモリ液というフィオス商会が独自に開発した商品です」
「ふむ……初めて耳にするな」
馬車の話までは北に届いているようだが、流石にパロモリ液の噂までは届いていないようだ。
パロモリ液はまだ一般的ではなく一部の貴族と馬車の点検、修理を行った人に勧めたりするぐらいなので仕方ないところはある。
「このパロモリ液には防炎断熱効果があります」
「防炎断熱効果だと?」
「防炎はひとまず置いといて今回は断熱効果をご説明します。断熱効果は文字通り熱を遮断する効果です」
「熱を遮断する……」
カルヴァンの体勢がほんのわずかだが前に傾いたのをジケは見逃さなかった。
表情に変化はないが、少なくとも表情ほどに興味がないわけじゃなさそうだ。
「壁や窓にこれを塗ると熱を遮断してくれるんです。今外は寒いです。なにもしなくても冷たさが部屋の中に染みてきます。けれどこれを塗るだけで外の冷たさが入ってこなくなるんです」
「ほう」
「さらには外からの冷気を遮断してくれるだけじゃありません」
「というと?」
「部屋を温めるために火を焚くでしょう。ですがやはり温かさは壁や窓から逃げていってしまいます。それもまた遮断して温かさを部屋の中に閉じ込めてくれます」
さらに少しカルヴァンの姿勢が前のめりになった。
意外と態度に出る人だなとジケは思った。
「今回こちらを訪ねたのはユダリカに誘われたこともありますけど、ユダリカのお母様の部屋をこちらで断熱加工したいと依頼があったこともあります」
「ユダリカが?」
「はい。ユダリカからの依頼です。ついでと言ってはなんですが許可をもらいがてらこうして説明させていただいて他の部屋もどうかなと」
ジケはニッコリ笑う。
ただ友達として招かれただけでなくユダリカが母親のために部屋を温かくしたいとフィオス商会に依頼したから来た。
なぜこのタイミングなのかわずかに疑問はあろうがジケを読んだ理由そのものはこれで疑問に思わないはずである。
「しかし本当に効果があるのか?」
前かがみの体勢になっていたカルヴァンは椅子の背もたれに体重を預ける。
もし本当にジケの言う通りの効果があるなら寒冷な地域にとってパロモリ液は喉から手が出るほどに欲しいものとなる。
しかしユダリカの友人だからと手放しで信頼するわけにもいかない。
断熱効果が本物なのかカルヴァンは疑うような目を向けた。
「ではこちらを」
熱の移動など目に見えない。
疑うのも当然のことでジケだってカルヴァンの反応は予想していた。
ニヤッと笑ったジケの横のイスコがサッと折り畳まれた布を取り出した。
流石にイスコも流れを分かっている。
「これは?」
「マントです。ですがただのマントではなく内側にパロモリ液が塗ってあります」
イスコが取り出したものはパロモリ液で加工したマントである。
「こちら羽織ってみてください」
「……違いはあまり分からないな」
言われるがままにマントを肩にかけてみるがあまり断熱効果というものを感じられない。
「でしたら前をしっかり閉じていただいて、廊下に出てみましょう」
部屋の中であまり効果が感じられないことはジケも承知の上である。
カルヴァンはジケに言われた通りマントの前を押さえて閉じ、廊下に出てみる。
「むっ!」
「違い、感じられましたか?」
カルヴァンは驚いた。
部屋の中は来客もあることだし温められていて断熱効果がわかりにくい。
けれどもオズドゥードルの大きなお屋敷は廊下まで全て温めきることは難しい。
そのために廊下はかなりひんやりとしていた。
マントを身につけていても布越しに冷たさが感じられるはずなのにジケが用意したマントの中に冷たさは感じられなかった。
開いている足元の方から冷たさが少しのぼってくるぐらいで布から冷気が入ってくることはない。
試しにマントを閉じた手を離してみるとあっという間に冷たい空気がマントの間から入ってくる。
「しかと感じた。疑いを持って悪かったと謝罪しよう」
ジケの言葉に嘘はなかったとカルヴァンは素直に認めた。
そのままマントが欲しいと思ったぐらいである。




