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悲しみを減らしたい

 過去において、北の蛮族の南下に伴う戦争は何回か起きていた。

 ジケが知らない間に始まりジケが知らない間に終わった小競り合いのようなものもあるために正確な数は知らない。


 ただ大きな戦いが何回かあったことはわかる。

 なぜならジケの耳にも噂が届いたり生活が変わったりしたからだ。


 中でも最も被害が大きかったのが一番最初の侵攻であった。

 獣人たちの王である狼王を中心として一気に南下して攻め込んできた。


 同時に王弟との内戦でボロボロだった王国は防ぎ切ることができずに王国の支配域である北側領土の一部を奪われてしまったのだ。

 そのまま勢力を広げると見られた北の蛮族であったが最後の結末は奇妙なものだった。


 一部の部族を残してまた北に戻ってしまったのである。

 王国は残った蛮族をどうにか倒して北を取り戻し、北の蛮族に対してより強固な備えをするようになった。


「あんときは……最悪だったな」


 ジケはベッドに寝転がって抱えたフィオスに目を向ける。

 北の蛮族に住む土地を奪われた大量の難民が流れてきた。


 内戦の傷も癒えずにまだまだ貧窮していたのにさらに難民が流れてきたものだから状況は最悪としか言いようがなかったのである。

 いったいどれだけの人が貧民となり、そして生活することもできずに死んでいったのだろうか。


 ジケはその頃にようやくオランゼにフィオスを使ったゴミ処理方法を考え出してもらったので少しだけお金がもらえていた。

 ただ貧民で信じてもらえなかったのか今のようにしっかり仕事を任せてもらえることもなかった。


 結局ゴミ処理でもらえるお金も少ないので本当にギリギリの生活であった。

 もっと厳しかったのは北の逃げられなかった人たちだろう。


 元より資源に乏しい北の人が北の蛮族との戦いで何もかも失えばどうなるかは想像に難くない。

 後に地獄だったと語る元々北に住んでいた冒険者もいた。


 ただ最初の侵攻は北の一部を奪い取るなんて上手くいったのにも関わらず北の蛮族側が撤退してしまった。

 その理由も後々判明することになる。


「俺も見にいったもんな……」


 何度も起きた衝突の末、王国は狼王を捕らえることに成功した。

 そして狼王は王城の前で処刑されることになる。


 大衆が見守った。

 その中の一人に過去のジケもいた。


 その前に王様がなぜこんなことをしたのかと問うた。

 狼王は答えた。


 “王国が助けの手を差し伸べてくれなかったから”


 狼王はひどくやつれていたが目だけは殺気にギラついていたことをジケは忘れない。

 もっともっと後になって誰かが酒の席で言っていた。


 狼王には娘がいた。

 体が弱く、狼王はそれを大層心配していたそうだ。


 あるとき娘はひどく体調を崩した。

 薬でも治せない。


 狼王は致し方なく神官を連れてきて治療させようとした。

 しかし魔法でも治せない。


 困りに困った狼王は王国に助けを求めた。

 けれども王国は娘を助けなかった。


 だから戦争を起こしたのだ。

 最後は娘が死んで狼王は失意の中北の大地に帰っていったのだと。


「まあそこだけ聞いたら……王国が悪いみたいだけどな」


 あたかも王国の非情さが戦争の引き金みたいであるが、よくよく話を聞いてみるとそうでもない。

 薬でも魔法でも治せない病気を治してくれと言われても王国にはどうしようもない。


 だが狼王は王国ならばどんな病気も治すことができるアーティファクトがあるはずだと言って聞かなかった。

 戦争を起こしたのもアーティファクトを奪い取ろうとしたためである。


「そんなものなかったから戦争が起きた……」


 国内の状況が悪く北の蛮族と戦争なんかしていられない。

 そんなアーティファクトがあるなら差し出していたはずだろう。


 なのにそうしなかった。

 ということはきっとなかったのだろうとジケは思う。


 それでも狼王は信じず王国を敵とみなしたのだ。

 二回目以降はきっと恨みによる侵攻だったのである。


「色々謎は多いけれど、狼王の娘はなぜ死んだのか……」


 薬でも魔法でも治せない何かによって死んだ。

 獣人族は普通の人よりも遥かに体が丈夫だ。


 だから北の大地でも生きていられる。

 単なる風邪なわけがない。


「過去よりも早い……でもきっと過去と同じことが起きようとしている」


 ジケはポーンとフィオスを空中にトスする。

 プルプルと震えながらフィオスが空を舞う。


「狼王を止めなきゃ戦争が起こる……」


 今回は過去と大きく違う。

 確かに国力はだいぶ弱っているけれど内戦は早めに収束して主戦力たる貴族は健在だ。


 国内も持ち直して色々と上がってきている傾向にあるので北の蛮族の動きを全く無視でもしていない限り簡単に北側が落とされるなんてことはないだろう。

 それでも戦いが始まれば悲劇が生まれる。


「戦争を止めるなんておこがましい考えかもしれない。でも何かを知っていて止められるなら……助けられる人がいるのなら」


 またきっとエニには怒られるかもしれない。

 でもこれからやることだって回り回っていけばエニのためにもなる。


「どうやって説得しようかな……」


 やるだけやってみようとは思う。

 でもどうやってやってみるか。


「ぶえっ!」


 考えに耽っていてジケはフィオスをキャッチし損ねた。

 顔面にフィオスが落ちてきて思わず変な声が出る。


「まっ、正直が一番かな……」

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