やれることはやる1
「お風呂計画はだいぶ整ってきたけど……結構お金かかるし……人も探さなきゃな」
なんとなくお風呂を作る計画も形になってきた。
しかし現段階でもかなり大規模な計画となっている。
色々と必要なものも多そうだとジケは思っていた。
特に人が必要だなと感じている。
「ちゅーか、ずっと貧民街にいるつもりか?」
ポリポリとオヤツ代わりに出された炒り豆を食べるリアーネがジケの計画書を覗き込む。
今計画しているものも貧民街で行われるものである。
ジケが貧民なのは重々承知であるが、ジケの能力はもう貧民に収まっていない。
特にお金に関しては貴族街の隅っこになら家を買えるぐらいできるんじゃないかとリアーネは思う。
貧民街を出ていけなんて言わないが平民街に住むこともジケなら余裕だろう。
それでもやはりジケは貧民街を中心に考えている。
「俺はな……気づいたんだよ」
「気づいた? 何にだ?」
「貧民街はな……すごい良いところなんだとな」
「うん……まあ悪いとこだって言うつもりはねーけどよ」
正直なところジケに会うまでリアーネの中で貧民街の印象は最悪だった。
それはリアーネの生い立ちも関わっている。
リアーネは孤児院の出身である。
親がいなく、教会が身寄りとなってくれているだけで貧民街に住んでいる人と大きくは変わらない側面があった。
それでも貧民とは違うのだというほんのわずかなプライドが存在していた。
そんなプライドが貧民街のことを自分よりも下で、あまり良くない場所なのだとリアーネに思わせていたのだ。
だがジケに会ってちっぽけなプライドに作られた偏見は打ち砕かれた。
貧民でも必死に生きている。
貧民でも輝くような才能を持つ者がいる。
ただし今はもう貧民街が悪いところという意見はないというわけでもない。
ジケの周辺は貧民街の中でも良いところなのは誰にも文句がないだろう。
けれども貧民街全体を見た時にやはり暗いところがあるのはどうしても否めない。
「貧民街はな……金も手間もかからないんだ!」
「はぁ?」
ちょっと予想していなかった言葉にリアーネは口に運びかけていた豆をポロリと落とす。
「ここら辺も人はたくさん住んでる。けれどどの家も管理されてるわけじゃなくてみんな勝手に住んでるのが現状だ。住人と交渉すれば家を手に入れることだってできるからな」
「まあそうだな」
今ジケの家の周辺はジケの仲間たちが住んでいる。
様々な経緯はあるけれど基本は住人に対価を渡して開け渡してもらっている。
「平民街、あるいは貴族街ならそうはいかない」
貧民街で家を簡単に手に入れられるのは貧民街だからだ。
住む場所があればありがたいぐらいの感覚で、生きていければいいという考えの人も多い。
対して平民街で同じように家を集めようとしたら相当な出費を強いられる。
絶対に明け渡さない人やジケの行いに反発する人もいるだろう。
ましてお風呂を作ろうなんて計画を考えた時に平民街では障害が多すぎるのだ。
この点でお金も手間も貧民街ならばかからないのである。
「新しいことをやろうとするとどうしても周りは警戒しちゃうからな。そうしたところでも貧民街は受け入れてくれたりする」
何かを始めるのに貧民街は意外と悪くない。
平民街だと新しいことに対して反発することもあるが、貧民街は警戒しつつもよほどのことじゃないとあまり口を出してこない。
貧民街において嫌ならその場を離れればいいのである。
だが平民街だと自分の家を守るために戦うこともあるのだ。
「ついでに新しいことの受け入れも貧民街は早いからどんなリアクションが来るかも期待できる」
失うものがない貧民たちは割と新しいものも試してみたりしようとする。
何もしなくても噂が広まるのも早い。
「儲からないってことだけ度外視すれば良いとこなんだよ」
「それデカくねえか?」
「いいんだよ、どうせ生きてけるだけ金あればいいんだから」
儲からないのは大きな問題ではないのかとリアーネは目を細めた。
ただジケとしては今でもお金はそれなりにあるし儲けたいならいくらでも手段があるのだから儲けは割と考えていない。
「私の給料も忘れんなよ?」
「もちろん、リアーネのことは俺がちゃんと養ってやるから」
「ふふ、期待してるぞ。どうしてもダメなら私がお前ぐらいは養ってやるからな」
「ありがと」
「あとは……貴族街はダメなのか?」
今の話はほとんど貧民街と平民街を比較していた。
あまり貴族街については言及がなかった。
「貴族街は……難しいよな」
ジケはため息をつく。
今のところ貴族街まで手を広げるつもりはない。
「土地代家代も高いし周りの警戒心も高い。きっと貧民の俺に家売ってくれるところなんてないし新しいことへの警戒も強いんだ。多分何かしようとしても無駄に終わる」
揺れない馬車やアラクネノネドコだって今は貴族に受け入れられているが、王様をはじめとしてヘギウスやゼレンティガムなどの上流貴族が受け入れてくれたから下の貴族たちにも受け入れられた。
下から広めていこうと思えば途方もない苦労が必要となってしまうのは目に見えている。




