先回り1
本来ならば狙われるのは鍵を持つ家だろう。
けれど盗掘団はもはや本来の目的を忘れて道を踏み外してしまっている。
むしろソコをまだ利用するつもりなら鍵のある家を狙わずに次のターゲットを探している可能性がある。
どの家を狙ったのか全ては把握できていなくてもイスコが盗み聞きしていた泥棒先はいくつか判明した。
調べてみると中には盗まれたこともまだ気づいてもいない家もあるようで意外と事態の根は深そうだった。
「一体なぜヘギウスを狙ったのか……」
「共通点のように思えていた悪い貴族を狙うというところはもう崩れてしまいましたからね」
イスコは重要な参考人としてヘギウスで預かることになった。
監禁場所に放置されて忘れられていたとはいえ、いつ盗掘団がイスコが逃げ出した事に気づくかも分からない。
もはや痕跡を追いかけることも厳しいがヘギウスにいれば少なくとも手は出すことができない。
ジはソコを助け出すためにリンデランたちと頭を悩ませていた。
イスコの話が本当なら泥棒は続く。
今こうしている間にも次の犯行が行われているかもしれない。
あるいは次に狙うとしたらどこなのか。
本当ならイスコが盗掘団の居場所を覚えていればよかったのだけど逃げ出した時にはすでに極限状態に近かった。
そのためにイスコはジのところにたどり着くまでの記憶が曖昧だった。
イスコはこの辺りで商人として活動したことも少なく土地勘もなくてどこにいたのか分からなかったのである。
だから場所を特定して捕まえるのは難しかった。
ではどうするかというと後手の先手を打つ。
泥棒に入る先を予想して待ち伏せしようと考えた。
泥棒に入るのを待つなんてやきもきする作戦だがこちらから動き出せない以上仕方がない。
「ただお金を持っているだけじゃないはず……」
これまでは悪い貴族や商人を狙っていたという共通点があった。
それだけでは次のターゲットなど特定できない。
だがヘギウスを狙ったのなら話は変わってくる。
悪い貴族や商人などいくらでもいる。
お金を持っている人も多い。
それなのにヘギウスを狙った理由があるはずなのである。
盗掘団から見た時にヘギウスは狙うに足る何かがあったはずなのだ。
「何かヘギウス家でイベントでもあったか?」
忍び込むのにちょうどいいイベントでもあったのかと考えた。
人を招いたパーティーがあれば人の出入りが増えて忍び込みやすくなる。
「うんにゃ、そんなことなかったよな?」
ウルシュナが答える。
泥棒に関して話すためにジが来ていると聞いてウルシュナも駆けつけた。
リンデランがまた泣き出していなくて安心した。
「うん、特別何かがあったことはないです」
「うーん……なんでヘギウス家を狙ったんだろう」
仮にお金に目が眩んだにしても他にもあるお金持ちの貴族の中からヘギウスを狙った隙のようなものを見出したはずなのだ。
そうでなきゃヘギウスは狙うにはあまりにも危険な相手。
警備も慎重で盗みがバレた後に大規模な捜査が始まることは確実。
ジなら盗み出せる勝算があっても手を出さない。
「……パージヴェル様がご不在でした」
ふと黙って控えていたヘレンゼールが口を開いた。
「パージヴェルさんが?」
「国よりいただきましたヘギウスの領地がありまして、そちらの方の統治確認をしに行く話は以前もしましたね。
盗みの少し前パージヴェル様はそのために領地に出発なされました」
家における変化としてヘレンゼールに思いついたのはパージヴェルがいないことだった。
パージヴェルは基本的に首都にあるこの邸宅で仕事をしている。
けれど領地で直接見なきゃいけないものや輸送できないような重要書類もある。
決裁のために領地に赴くことがあって、それが盗みに入られる少し前のことであった。
ジはハッとした顔をした。
「お祖父様がいないだけで我が家を狙ったのですか?」
「いや、あり得る話だ」
リンデランはパージヴェルが少しの間いないだけで揺らぐようなヘギウスではないと懐疑的な考えを表情に浮かべている。
だけどジは違った。
「当主がいなくなるということは大きなことだ」
パージヴェルがいないということはパージヴェルだけがいないということと大きく意味合いは異なる。
貴族の当主であるパージヴェルがどこか遠くに移動するとなれば単身で身軽に行くわけにはいかない。
他者に対する体面というものもある。
少ない実力者の護衛をつけて移動しなければならないのだ。
当主がいないからと警備の体制に変化があったり警戒を緩めるものではないけれど家の中の実力者は確実に減っている。
当然それだけの人を連れて出発すれば目立つ。
お忍びで行くのでもないのでパージヴェルがいないことは少し調べれば分かってしまう。
他にも理由は考えられる。
当主がいなければ当主の執務室に入る人はいない。
自分の大事なものを自分の側に置いておきたい人も多く執務室に大切なものを置いているなんてよくある話だ。
当主が当主の執務室にいるのは常なので盗むのは大変であるが当主がいないなら逆に大きなチャンスとなる。




