悪魔とグルゼイ3
当時のグルゼイに師匠と呼べる存在はいなかった。
剣を教えてくれた先生はいたけれどあっという間に先生の腕前を超えてしまった。
教えてもらったことも基礎的な剣術だったので師弟関係と言っていいほどの関係性はなかった。
グルゼイは自分よりも優れた技術を持った相手に出会った。
勝ちたいという思いもある。
何度挑んでもそれを受け入れてくれる度量もあって敬意も抱いていた。
弟子入りの提案を受けてグルゼイはこの人の技術を学びたいと思った。
こうしてグルゼイはタカヴォというセランの護衛に弟子入りをしてセランの護衛として働くことになった。
ジが今習っている剣術はこのタカヴォから習ったものだった。
メキメキと腕を上げていくグルゼイは護衛の仕事にも真面目に打ち込んでいた。
セランの護衛のタカヴォの弟子であるグルゼイはセランが連れてきたこともあってセランの護衛であった。
護衛という立場であるが歳の近い若い男女が常に近くにいる。
2人の仲は大きく近づいていた。
「でも俺は臆病者だったんだ」
セランの思いにグルゼイは気づいていた。
けれども関係が崩れることが怖くて、そして貴族と平民という立場の違いを乗り越えることに及び腰になってしまってグルゼイはセランの思いに応えなかった。
平民ならともかくそれなりの年齢になって貴族女性が未婚でいることは許されない。
ちょうどその時セランの家の家計状況が苦しかったこともあり、経済支援をしてくれることも条件にセランは結婚することになってしまった。
「今でも後悔する。
あの時にセランの手を取っていれば、俺が勇気を出していればとな」
そのまま結婚したセランであるが結婚相手の家に入ることになるのでグルゼイはついていかなかった。
「そしてあれが起きたんだ」
相手は金持ちであるしそれほど年上でもなく、優しそうだった。
きっと幸せにしてくれるとグルゼイは信じてセランのいない日々を過ごしていた。
急報が飛び込んできた。
セランが死んだ。
殺したのは結婚相手だった貴族男性。
家で行っていた事業が芳しくなく経済的に苦しくなっているところに隣国との間で小規模な領地戦が発生した。
そこに至るまでに何があったのかグルゼイには知る由もないけれど経済的にも苦しい状況で領地戦にも負けそうであった。
負けるわけにいかないと思った貴族男性が頼ったのが悪魔の力だった。
「もっと……他に手段があっただろうに」
貴族男性はあまり強い人ではなかった。
戦場に出ても数にはなるぐらいで大きな戦力にもならず領地戦をひっくり返す力を欲していた。
どこでどう接触があったのか、もしかしたら最初から魔神崇拝者だった可能性もあるがそれも分かっていない。
しかしその貴族男性は必死に領地を支え、最後まで諦めなかったセランを犠牲にして悪魔の力を得た。
悪魔の力を得た貴族男性は領地戦で大暴れして戦いを勝利に導いた。
それだけならまだ良かったのかもしれない。
貴族男性はそのまま悪魔の力に飲まれてしまった。
領内で暴れ出し、手をつけられなくなって隠していたセランのことも悪魔の力を得たことも表沙汰になってグルゼイのところにまで話が入ってきたのだ。
力を制御できなくなった貴族男性は敵味方もなく暴れた。
領民に手をかけ、ただの殺戮マシーンと化してしまった。
悪魔と貴族男性に復讐をするためにグルゼイは貴族男性の元に向かった。
その時に出会ったのがオーランド・ケルブである。
セランの叔父でこちらもまた話を聞いて来ていた。
グルゼイやオーランドのように復讐するもの、純粋に悪魔を止めようとするもの、名声を上げようとするものなどが集まった。
町一つを滅ぼす勢いで暴れる貴族男性とグルゼイたちは戦った。
悪魔の力に取り憑かれた貴族男性は強かった。
魔物のように暴れる貴族男性とグルゼイは死力を尽くして戦った。
グルゼイは左目付近に大きな一撃を食らい、オーランドは足をひどく怪我した。
貴族男性を倒すのにすら大きな犠牲を払った。
グルゼイは残されたわずかなセランの遺品を前にして悲しみと後悔の涙を流した。
「その後も色々あった……」
不幸な事故が重なりセランの家が断絶することになり、せめて家名だけでもとオーランドの頼みでグルゼイがオブレシオンを名乗ることになった。
けれども貴族男性は倒したが悪魔そのものは倒していない。
グルゼイは悪魔を探して旅に出た。
長い、終わりの見えない旅の始まりであった。
オーランドも足をやられたために戦力にはなれないが悪魔探しを個人で続けているのである。
そして時は流れ、グルゼイも色々な地を巡った。
魔神崇拝者や悪魔の噂があれば飛んでいって噂を確かめた。
実際に魔神崇拝者と戦ったこともある。
「奴の名はグモン。
俺が探している悪魔の名前だ」
そうして旅をする中で犠牲を払えば人に力を与える悪魔のことを知った。
それがセランを死に追いやった悪魔グモンであった。
この国に来たのもグモンの噂を聞きつけたためだった。
「……もしかしたらある日急にいなくなることがあるかもしれないが心配するな」
「せめて置き手紙は残してください」
「出ていくなとは言わないのか?」
「言いません。
行くなら行くでいいです。
でも無事に帰ってきてください」
「……もしかしたらお前も連れていくかもな」
「そしたらちゃんとみんなに言う時間はください」
グルゼイがいつの間にか握っていた手をゆっくりと開くとポタリと血が垂れた。
強く握りすぎて血が滲んでいたのである。
壮絶な過去。
悲しくてどうしようもない怒りを抱えている理由が分かった。
ジは知っている。
結局グルゼイの復讐は果たされなかったことを。
ここまで来たはいいけれどそれ以上の進展もなく、戦争に巻き込まれ、貧民街で戦ってグルゼイは無念の死を遂げる。
だけど今回はせめて後悔と悲しみに満ちた最後は迎えさせない。
この家に住んでもらっているのも少しでもグルゼイの苦しみが軽くなればと思ってのこと。
愛した人には及ばなくてもグルゼイの支えになれていればいい。
「お前がいてくれて良かったよ」
グルゼイはようやく視線を落としてジを見た。
頭を撫でようとして手のひらが血で濡れていることに気づいて、優しく指の背でジの頬を撫でた。
「以前の俺だったらライナスから魔神崇拝者の言葉が出た時点で飛び出していたかもしれない」
怒りは抑えられなかったがほんの少しだけグルゼイの支えになれて、グルゼイの行動を変えられていた。
「……復讐は忘れなくても大丈夫です。
でも、帰る場所もあることを忘れないでください」
くすぐったそうに笑うジをグルゼイも優しく見つめ返して微笑んだ。
「帰る場所か……」
そんなものとうの昔に無くなったと思っていた。
けれど気づけばここは帰る場所になっている。
そーっとドアの隙間から2人の様子を伺うタとケがグルゼイに見えた。
どう謝ろう。
悪魔のことを忘れるつもりはないが他にも考えることはある。
「まだご飯の途中ですよ」
「そうだな」
グルゼイは気まずそうに頭をかきながら家の中に戻っていった。
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