大神殿にて1
突然の訪問は驚くことではない。
上の貴族になると自分である程度治療ができる者を抱えていたり親しかったり、貴族の体面なんてものを重視するので指を切ったぐらいで訪問することもなく、重たい病気の時にちゃんと前もって予約を入れて訪問するか家に呼びつけるのでいきなり訪問することは少ない。
けれども子供が熱を出した、指を切ったとか猫が怪我をしたとか大体は愚かな貴族か小さい子供がいきなり訪ねてくることはある。
ましてや多少権力を持ち始めた貴族となれば傲慢な態度で治療しろと来ることもたまにある。
しかし勘違い貴族だって神殿の入り口に飛んできて神官長を出せなどと命じることは滅多にない。
アルファサスはちょうど1日の務めを終えて眠りにつくところだった。
能力が認められて神官長になったはいいものの煩わしい仕事がふえて内心嫌気がさしていた。
轟音が聞こえ、それから間も無く神官がアルファサスを呼びにきた。
ヘギウス家の家長が来たらしく、しかも自分を呼んでいるとのことでアルファサスは準備する時間もなくパージヴェルの元に向かった。
一目見てパージヴェルが連れてきた者が重体であることがわかった。
本来なら断るところだがヘギウス家はアルファサスが信仰する教派の支援者、さらにアルファサスはそれなりの正義感も備えていた。
金払いについては伯爵家なら考えなくても良いこともあった。
アルファサスは素早く指示を飛ばしてジとリンデランを治療室のベッドに寝かせ、容態を細かく確認する。
思わずパージヴェルに詰め寄りそうになる気持ちを抑える。
背中に木片が突き刺さるぐらいならなくはない。
子供が運ばれてくることはその中でも稀になるけれど木こりの両親を手伝ってとか入っちゃいけない所に入ってとかアルファサス自体も過去に一度そんな子供を診たことがある。
ただしジはそれだけではない。魔法を受けた痕跡がある。
闇属性の魔法がジの身体を蝕んでいる。
闇属性の魔法は十分な抵抗力があれば脅威度が低く火属性の火傷の方が厄介になる。
けれどダメージ受けたり弱っていたりすれば闇属性の脅威度は大きく跳ね上がる。
他の魔法よりも内臓がダメージを受け壊死が始まるのが早い。
子供のジでは抵抗力も低く、身体に相当なダメージを受けている。
腕での内出血していた部分は壊死し始めているし内臓も衝撃だけでなく闇属性による侵食を受けている。
非常にまずい状態である。
何をしたらこんなことになるのか。
「神官長、お呼びですか」
「うん、すまないが説明している時間がない。私の部屋の机にある白い箱を持ってきてくれ」
「はい、分かりまし……た」
寝ぼけた目を擦りながら入ってきた少女はベッドに寝かされているジを見て一気に眠気が覚めた。
偶然にもそこにいたのは治療魔法の訓練のために大神殿に派遣されていたエであった。
「ジ……ジじゃない!」
「知り合いか?」
しばらく会っておらず今にも息絶えてしまいそうなほど顔色が悪くても長いこと一緒に暮らしてきた友人の顔を忘れはしない。
エが駆け寄ってもジは弱々しく浅い呼吸を繰り返すだけで目も開けない。
素人目にも分かるひどい状態に言葉を失う。
「……そうです……私の親友です」
「だとしたら早く箱を取ってくるんだ。彼の容態は一分一秒を争う」
「は、はい!」
そばにいたい想いにかられるけれど魔法を習いたてのエにできることは雑用ぐらいなもの。
「では治療を始めましょう。マビソン、君がこちらのお嬢さんを担当しなさい」
アルファサスは自分の部下である高位神官に指示を出すとジに手をかざし集中する。
「偉大なる神の慈悲をもってこの者の身体を治したまえ、キュアトトリート」
淡いグリーンの光が広がりジを包み込む。
細かい傷が塞がり始め背中に刺さった木が治っていく肉体に押されて少しずつ抜けてくる。
慎重に負担をかけないようにゆっくりと治療していく。
エが箱を持って戻ってきてもまだジの治療は終わっていなかった。
アルファサスの集中を乱せないのでジに近づくこともできずもどかしい気持ちが募る。
その間にリンデランの治療が終わり、部屋から連れていかれる。
「エ、いますか?」
「神官長、ここにいます」
「箱の中から赤い液体が入った瓶を出して開けて私にください」
「分かりました」
エは箱の中からアルファサスの言う通り赤い液体が入った瓶を取り出して蝋で密閉された蓋を開けてアルファサスに渡す。
アルファサスはそれを飲み干してまた治療に専念する。
赤い液体は魔力回復のポーションで治療薬として使うことも、またこうして治療の際に魔力を回復する時にも使う。
エからすると気が遠くなるほどゆっくり背中の傷が治っていき血に濡れた木片の先が出てくる。
意外と深く刺さっていた木片が出てくるまでにアルファサスも予想外の時間がかかっていた。
先に治療を終えたリンデランが身を清めて様子を見にきた。
「ふぅ……エ、箱を」
抜けた木片が床に落ちてカランと音を立て、ジを包んでいた淡い光が収まってアルファサスは大きく息を吐いた。
まだ治療は終わりではない。アルファサスは箱の中から細長い箱を取り出すとその中から一本の針を選んだ。手のひらほどの長さがあり中が空洞になっている針をジの背中に突き刺した。
「キュア」
今度は先ほどよりも低いレベルの治療魔法を唱えると針の中を伝って血が上ってきて横に控える神官の持つタライの中に垂れる。
ジの中に残った闇属性の影響を受けたややドス黒い血を抜く。
こちらの作業は程なくして終わり、最後にもう一度身体を調べて、治療は終わった。
「し、神官長、ジは」
「治療は無事終わりました。あとは本人次第です」
「どういうことですか?」
「怪我が治っても失われた体力と血液は戻ってきません。
むしろ怪我を治すのにさらに体力を消費したのでここから回復出来るかは本人の気力次第という事です」
怪我が治癒したとしても体力が付いてこなくては亡くなってしまうこともあり得る。
むしろジは子供の身でダメージを負い過ぎた、血液を失い過ぎた。
峠を越えられない可能性も大きいと言わざるを得ない。
「あの! 何か私に、ジさんにしてあげられることはありますか?」
運ばれるジを横目にリンデランがアルファサスに声をかけた。
「うん? 出来ることは見守ることぐらい、強いて言うなら熱が出たら風邪の時のようにおでこに濡れた布でも乗っけて冷やしてあげるぐらいかな」
「分かりました。それと治療ありがとうございました」
「何事もなくて良かったです。お嬢様も怪我人でしたのでお休みください」
「私は大丈夫ですのでジさんをよろしくお願いします」
「すいません、あなたはいったい誰ですか?」
頭を下げるリンデランにエが近づく。どうしても気になってしまった。
「えっと、私はリンデラン・アーシェント・ヘギウスと申します」
リンデランが服の端をつまみあげ優雅にお辞儀をする。貴族のお嬢様なのは所作一つ一つから簡単に分かるのだがそんな貴族のお嬢様がどうしてジの心配をしているのかエは引っかかった。
「ジとはどういったご関係で?」
「ジさん、ですか? ……ジさんはその、命の恩人……です」
「……命の恩人?」
なんで今顔を赤くしたと聞きたい気持ちを抑えて無難な質問をぶつける。
本来なら止めなきゃいけない立場のアルファサスだが自分も何が起きてこんなことになったのか事情が気になるし、エのただならぬ雰囲気を感じて面白そうだと思った。
ただ、寝ている途中で起こされたアルファサスは会話を立ち聞きしていて眠くなってきたので、そのまま2人を放置して寝室に帰った。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
ブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。
評価ポイントをいただけるととても喜びます。
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張りたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。