誘拐事件7
身体に力を込めて男を押し戻して、切り返す。
刃先は硬い表皮に阻まれ切れはしないが構わず振り切るが流石に男の方も何度も転がることもせず少しよろけるに留まった。
年寄りとは到底思えないパワーだが男の方も先ほどまでとは比較にならない力をしている。
「ふんっ」
それで終わるパージヴェルではない。
剣に魔力を込め炎をまとわせ切り掛かる。
咄嗟に腕を上げて攻撃を防ごうとしたが取るべき行動は防御ではなく回避だった。
研ぎ澄まされて周りがゆっくりと動いている、そんな感覚に陥るほど男の能力は強化されていた。
どうせ切れはしないと上げた腕がゆっくりと目の前を落ちていき、腕が視界から外れるとその向こうでパージヴェルがすでに突きの体勢をとっていた。
恐ろしいほどに無駄のない滑らかな動作。
次にどう動くかは相手の反応次第なところなのにまるで決まっていたようにパージヴェルは剣を操る。
驕りでも慢心でもない、絶対的な自信。
金属のように硬い表皮も切り裂ける自信がパージヴェルにはあり、回避だろうと防御だろうと剣をしっかり振り下ろせることは分かっていた。
それにしても速い攻撃に対して、視覚だけがパージヴェルの行動に付いていけているのに、身体は付いていけず動かない。
切られたことは分かってもなぜ切れたのか分からない。
どうしてすべてがゆっくりに見える世界でパージヴェルだけが普通に動いているのか分からない。
「燃えろ」
ようやく腕の痛みを感じ始めた時、男の胸にはパージヴェルの剣が刺さっていた。
そして胸に剣が刺さったことを認識した時、男の身体は炎に包まれていた。
「ああぁぁぁぁぁ!」
「安らかに、逝け」
慈悲をかけるならそれは中途半端にせずさっさと殺してやることである。
パージヴェルは燃え尽きるのを待つのでなくもだえ苦しむ男を袈裟斬りに両断した。
「不吉な魔力、魔獣との同化、この男に何があったんだ……」
剣を納め燃える死体を眺める。
孫のことを忘れてはいないが拘束するにはあまりに不確定要素が多くリスクが大きい。
もっと人がいるならそうしてもよかったかもしれないが今は逃げられでもしたら厄介なことになる。
「まあよい、今はリンデランを探すことが優先……」
「おい」
「ぬっ? お主は……」
ーーーーー
叩きつけられた左の脇腹が痛まないようにゆっくりとリンデランは仰向けからうつ伏せに体勢を変える。
まずはもうこの部屋の床は信用が出来ないので部屋から離れなければいけない。
リンデランの横にピッタリくっつき引っ張りながら少しずつ進む。
下から時折金属のぶつかる音がしてグルゼイが戦っていることが分かる。
幸い男の頭の中からジやリンデランのことは抜け落ちているらしく攻撃される気配はない。
今がチャンスである。
「リィィィィィン!」
「なん……だ」
状況が把握できない。もう少しで廊下に出られるところで誰かの声が聞こえたと思ったら天井が落ちてきた。
そんな義理もないのに身体が勝手に動いた。
「身体を丸くしろ!」
リンデランが頭を抱えて膝を曲げて丸くなる。
激痛が全身に走るがそんなことも言っていられない。
ジはリンデランに抱きかかえるように覆いかぶさった。
同時に衝撃で床が抜ける。
「お、重い……」
元々かなり古くなった建物に度重なる衝撃や床の穴などが重なって一気に崩壊してしまった。
運が良く潰れることなく崩れた木が支えあって2人が入れるだけの空間を作り出していた。
それも本当に2人がギリギリ収まっているだけで余裕はない。
仰向けになったリンデランの上に乗っているジは動かない。
身体を動かそうにも痛みと狭いスペースのせいで身をよじらせるぐらいしかできない。
「ジさん……?」
待てど暮らせどジは動かない、何の反応もしない。
不安になったリンデランがジの肩を揺すってもうめき声すら上げない。
ハッとして呼吸を確かめるが息はしている。
打ちどころが悪く気絶しているのかもしれない。
とりあえずジが生きていて安心するが自分の手元すら見えないのでこの先どうしたらいいのか分からず不安が胸を占める。
このまま知り合ったばかりの男の子と抱き合った体勢のまま誰にも見つからないなんてこともあると考えると怖い。
怖い、のだが今の体勢を考えた時、密着した体温とジの呼吸を直ぐ近くに感じ、意識しないようにすればするほど意識してしまう。
そもそも男の子の友達もおらずこんなに近いことも当然経験にない。
変なところに考えが飛んでしまうと止まらないもので思わず顔が赤くなる。
「あれ……これは」
リンデランの手に何かドロっとした物が触れた。ほんのりと温かく粘度のある液体がジの方から垂れてきている。
液体がどこから出てきた何なのか分からず感覚を頼りに液体の元を辿る。
液体はジの身体を伝って垂れている。辿っていくとコツンと手が固いものに当たった。
上に長く伸びる木材なのはすぐに分かったが液体は木材の上から垂れてきている物ではない。
胸を締め付ける不安。
その液体の正体に薄々勘づいてしまった。
「あ……あぁ……」
崩れた屋根か床が運悪くジの背中に突き刺さっていた。
液体はジの身体から流れ出る血液であった。
怪我の状態を確認しようにも顔を上げられないし暗くて何も見えない。
怪我の周辺を軽く触れられるぐらいで他に何もしようがない。
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