誘拐事件4
腹部1発。それで動きが止まったところに顔にもう1発。
これは何とか腕を上げてガードしたけれどジは吹き飛ばされて後ろの壁に叩きつけられた。
肺から空気が勝手に出て行く。
男が近づいてくるのがかすんだ視界に見える。
「手間かけさせやがって……女の居場所さっさと吐いてもらおう……か⁉︎」
動こうとしてもジの体は動かない。
どうやって吐かせようか思案しながら歩いていると突然視界が斜めになる。一瞬の浮遊感。
一階の床に落ちてようやく自分が立っていた二階の床がなくなったのだと男は理解した。
幸い一階の床も腐りかけで落ちて割れたので多少の衝撃が吸収されて痛み以上の損傷はない。
見上げると分かる。床が腐って抜けたのではない。明らかに何かに切り落とされている。
「何者……!」
「遅い」
何かが床を切った。その事実に気づいた時にはもう男の首は撥ね飛ばされていた。
「俺の弟子に手を出した罪、命であがなってもらおう」
「し、師匠?」
床を這いずって下を覗き込むジが見たのはグルゼイが男の首を撥ねる瞬間。
なぜここにいるのか疑問に思うがひとまず助かったと思った。
グルゼイがジを見上げて眉をひそめる。
「無事だったかと言いたいところだが思っていたよりも酷い状態だな」
「すいません……師匠に剣を習っておきながら情けなくて」
「そうではない……」
「師匠! 危ない!」
まだ剣を教えてもないのだし明らかな異常事態。
顔色も悪くチラリと見える腕は紫色になっているのが見える。
無様な姿だなんてこのような状況で思うわけもなく子供に、ましてや自分の弟子にこんなことをした奴に怒りすらわいている。
この廃墟に来て異常な状況の一端を理解して、良く生き残った、良く耐えたものだ、そうグルゼイは思っていたがジは全く違う捉え方をしていて少しだけショックを受けた。
弁解しようと口を開いたがその隙もなく首の無くなった男の身体が動いた。
拳を高く振り上げグルゼイに襲いかかる。
もちろんグルゼイに油断はない。
首を切って血の一つも出ないのだから何かがおかしいと思っていた。
まずは弟子の生存確認を優先しただけで終わったなどと微塵も思っていない。
「くっ!」
剣を振り男の肘から先を切り飛ばすが男の勢いは衰えない。
そのまま残りの腕でグルゼイに殴りかかり、間一髪グルゼイはそれを避ける。
よく見ると男の首や腕の切り口からその正体が分かった。
「年輪……お前、木だな。
本体はまた別のところにいるのか」
表面は人のように見えていたが中身は木。
頭と腕を失った不気味な木製人形は未だグルゼイに殴りかかろうと体を反転させる。
「気味が悪いな」
頭や腕を切り落としても動いてくるというなら対処は単純だ。
「大人しくしていろ」
薄く均一な魔力がグルゼイの全身を包み強化する。
左手を上げた木製人形は瞬く間にグルゼイの剣にバラバラにされた。
「ふぅ、大丈夫か、ジ」
グルゼイが飛び上がりジの横に着地する。
2階の高さをこともなげに飛んでみせるグルゼイにジは実力の差を感じる。
「師匠、どうしてここに……」
「……弟子の危機とあれば飛んでもくるさ」
少し照れくさそうにグルゼイが頬を掻く。
ジの居場所をグルゼイが知るわけもないから大婆が伝えたのかもしれないと考えた。
それにしても助けに来てくれるなんて意外だった。
実際大婆の知らせを受けたのだが大慌てで飛んできたなんて言えるわけもなかった。
「もうすぐ兵士やなんかも来るはずだ」
「良かった……」
「ただ……まだ終わっていない」
グルゼイが振り返りざまに剣を振る。一階から伸びてきた木の根の先がボトボトと床に落ちていく。
あの木製人形は本体ではない。
人形でも操作するのは容易いことではないので近くにまだいるはずだとグルゼイは考えている。
「もう少し待っていろ。すぐに終わらせてくる」
グルゼイが再び飛び降りて一階に行く。
「どうやら本体も近くにいるみたいだな。
尻尾巻いてどっか逃げればいいものを。スティーカー」
グルゼイの左手の裾から小さな蛇が顔を覗かせて赤い舌をチロチロと伸ばす。
スティーカーと名付けられたグルゼイの魔獣である。
スティーカーはその小さな口を大きく開けるとグルゼイが持つ剣の根元に噛み付いた。
剣に当たる牙から剣の表面にグリーンの線が広がっていく。
グルゼイの剣の表面には剣の根元から枝分かれする細い溝が剣の先まで伸びている。
スティーカーの牙から出た毒が溝の端から溝を伝って剣先まで満たされていく。
魔獣との協力技。
そうしている間にも木の根はグルゼイを襲う。
弟子を傷つけられた怒りに燃えながらも頭は冷静に。
避けて、切って、あらかじめ決められていた動きのように無駄がなくダンスでも踊っているかのようにグルゼイは木の根を処理する。
木の根っこだって硬いはずなのに柔らかいものでも切っているかのように切っていく。
「ボーッと見てる場合じゃないな」
ただ上から眺めていても状況は変わらない。
痛む身体を押してジは床を這いずる。床が抜けても危ないのでグルゼイが開けた穴から少し離れて移動する。
目指すは暖炉。
もう一本火かき棒を探すため、ではない。
「えっと、ここら辺かな」
暖炉に手を突っ込みペタペタと触って探る。
すっかり日も落ちて暗いので視認するのは難しく、魔力を感知できるような集中も保てない。
指先に布の質感を感じてそれをグッと掴む。
「よい、しょっと」
脇腹が痛いけれど気合を入れて掴んだものを引っ張り出す。
「おい、大丈夫か?」
ジ自身の手も真っ黒なのであまり効果はないがそれでも多少はマシになるだろうと暖炉の煤を払う。
「少し……かなり埃っぽくて呼吸が苦しかったです」
真っ黒なそれが目を開けた。真っ黒な中に少し紫がかったようなブルーの瞳がジを見上げている。
煤にまみれて真っ暗になっていたのはリンデランだった。
咄嗟にリンデランをどこかに隠さなきゃいけないと思った時目についたのが部屋にあった大きな暖炉であった。
長いこと手入れもされていないのか煤けて真っ黒になった暖炉にリンデランを押し込んだ。
ついでに煤を手に取って顔やその目立つ髪に塗ったくって隠した。
薄暗い部屋の中ではよく見たって分かりにくく、まして暖炉の中をしげしげと覗き込む奴もいない。
その過程で火かき棒はたまたま見つけたのだ。
結局グルゼイが駆けつけたので意味はなかったかもしれないが見たところ見つけられてはいなかったので効果のあるアイデアだったと思いたい。
「身体はどうだ?」
「まだとても痛いですが先ほどよりは少しだけ和らぎました」
ポーションの効果があったようで話はできるようになった。
しかし走って逃げられるほどの回復は出来なかった。
逃げられたとしてどこに行く。玄関は塞がれている。
壁に穴は空いていても2階から飛び降りるのは、今のコンディションではとてもではないが耐えられない。
「動けるか?」
「……とても動けそうにはありません」
動こうとしてみてリンデランがうめき声をあげる。
リンデランの状態も相当に悪い。
「何でもいい。這いずってでも移動するんだ」
「……わかりました」
仰向けの体勢からリンデランが小さくうめき声を上げながらうつ伏せにひっくり返る。
逃げるのは難しいかもしれないがせめてこの床の抜けそうな部屋から離れた方がいい。
落ちればグルゼイが戦う戦場だし、落ちた衝撃でそのまま死んでしまいそうなぐらい身体の調子が悪い。
ジは真紫になった右腕でリンデランを抱えるようにしながら2人で少しずつ移動を始めた。
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