月明かりの下で2
不思議な声。
確かにそう表現することができた。
幼めな声、男の子か女の子か分からない。
どこから聞こえてくるのか、見つめ合っていた2人は弾かれたように立ち上がり周りを見渡す。
見渡しの悪くない中庭。
しかし周りにはジとエ以外の姿はない。
背中合わせになって周りを警戒する。
クスクスと笑う声。
なんなら何日か挑戦するつもりだったが早速当たりだ。
「大丈夫だ。
オバケ、とかじゃないさ」
触れ合う背中が震えているのが分かる。
「うう、うるさい!
怖くなんか……ヒャイ!」
ガタンと何かが倒れる音。
背中がより密着して押されるぐらいだ。
「フィオス!」
ジはフィオスを呼び出して腕にまとわせる。
走り出し、鋭く形を変えたフィオスを噴水横で振る。
「へぇ……見えてるんだ」
「コソコソしてないで、出てこいよ」
ただ無造作にフィオスを振ったのではない。
感覚を研ぎ澄まし、不自然にそこだけが魔力が濃いことを感知した。
効果がないことは分かっている。
挨拶みたいなものだ。
「ふふっ、いいよ。
僕のこの姿を見たのは君が初めてだ」
「この姿……」
「ばあっ!」
「きゃあああ!」
魔力の塊がエの後ろに移動した。
ジが振り向いた時にはすでにエの後ろにその姿があった。
年はジたちと同じくらい。
やや色素の薄い感じの金髪に透き通るような白い肌、いたずらっ子のような軽い笑みを浮かべていて少女にも少年にも見える。
そして額には赤い宝石のようなものが埋まっていた。
いきなり後ろから声を出されて、エは何がいるかの確認もしないでジに飛びついた。
「あははっ、ごめんごめん。
驚かせるつもりはなかったんだ」
ウソつけ、とジは思った。
驚かせる気がない奴がばあっなんて言わないだろうが。
震えながらジの胸に顔を埋めるエ。
自分の目で見てみれば特に怖いもんでもないのに。
「あんたは何者だ?」
「それはまだ言えないな。
逆に君こそ、何者だい?」
「なんだと?」
「質問したいことはいろいろあるけど……まあまずは、君ここの生徒じゃないだろう?」
「そうだよ」
「……あっさり認めるんだね?」
「ただ未来の生徒かもしれないだろ?」
「その未来の生徒がこんな夜更けに何しているんだい?」
「将来通うかもしれないんだ、校内の見学だよ。
ついでに夜になったら出るって聞いて、本当かどうか確かめようと思ってね」
この不思議な少年はジに好奇心丸出しの顔をしている。
悪意はなく、敵意も感じられない。
ニコニコと笑って、楽しそうである。
「そっかそっか、まだ聞きたいことはあるんだけど……君がダンジョンを攻略するんだろ?」
「知ってたのか?」
「もちろんさ。
このアカデミーで起きていることは僕は全部知っているからね」
「やはりあれはダンジョンなのか?」
「そうだよ。
だけど普通のダンジョンとは全然違うから、そこは安心してね」
普通と違うことは安心要素にはなり得ない。
常識的な考えが通用しない方が心配である。
「今まで何人もの子にダンジョンに挑んでもらったけどまだ僕のところまで辿り着いた子はいない。
君は……期待できそうだ。
あのユディットって子は迷ったんだけどね。
でも邪な考えじゃなくて、純粋に君を助けたいって思ってたからギリギリ、オッケーにしたんだ」
嬉しそうにクルクルと回って踊り出す少年。
「あんたは……」
「おっと、質問はそこまでだ」
少年は聞きたいことがあるというが、ジにも同じく聞きたいことがたくさんある。
「質問は君がダンジョンを攻略したらなんでも答えてあげる。
それどころか御褒美もあげちゃうよ?」
「……願いを叶えてくれるのか?」
「あははっ、それは噂が誇張されすぎちゃった結果だね。
願いを叶える力は僕にはないよ」
「まあそうか」
ダンジョンを攻略して願いが叶うなんて出来すぎた話あるわけがない。
「でもそれに近いことは出来るよ」
「なに?」
「待ってるよ。
何回でも来てもいいし、困ったらダンジョンで難易度下げてって叫んで。
そしたら少しぐらいは融通してあげるよ」
「おい、待て!」
「じゃあね……子供は早く寝ないと身長が伸びなくなっちゃうよ…………」
言うだけ言って少年の体が段々と薄くなって消えていく。
追いかけようにも未だにエはジにしがみついていて離れないし、置いていくこともできやしない。
「エ、大丈夫か?」
「だ、ダイジョブ……」
「本当か?
いつまでそうして……」
「も、もうちょっと!
もうちょっとだけ、こうしていさせて……」
勢い余ってジに抱きついてしまった。
昔は痩せてて骨張っていて、貧民らしい体つきだった。
なのにいつの間にか、しっかりと肉がついてガッチリとして、男の子らしくなっていた。
恐怖で混乱した頭に、会話するジの声の振動が伝わって心地が良く気持ちが落ち着いてきた。
背中に優しく添えてくれている手も温かくて、ジと少年の会話の内容を聞いている所ではなかった。
すると自分がとんでもないことをしていることに気がついた。
他人に、しかもよりによってジに抱きついてしまったと今更ながらに恥ずかしくなった。
温かくて心地よくてとかそんなことを考えていたことに顔が真っ赤になった。
もうちょっと抱きついていたい。
そんな気持ちもないわけではないが赤くなった顔を見られたくなくて、今離れたら真っ赤になっていることがバレてしまうから離れられなくなった。
でも抱きついている状況に変わりはなく、恥ずかしさがひと回りして変に頭の芯が冷静になってくるとちょっとしたジの匂いまで悪くないなんて思い始めて。
「こんな夜に付き合ってくれたんだ、落ち着くまで待つから大丈夫だ」
「……うぅ、ありがとう」
グーッと感情を抑え込んで顔の赤みが取れるまでジは優しく背中をトントンと叩いてくれた。
それもまたエの顔を赤くする原因になっているとはつゆ知らず。
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