青円の商会3
「はぁーーーー!」
大きなため息をついてドカリと椅子に腰掛ける王様。
ドアはもう閉まっているので見ているのはごくわずかな人しかいない。
「すまないな。
戦争の影響で仕事も多ければ外出するのにも身の回りを固めなきゃいけないんだ。
体はいいんだが精神的に疲れてな……」
「お疲れ様です。
王様が頑張ってくれるから俺も好き勝手生きることができます」
「ふははっ、そうか。
国民が幸せに生きることができて私も嬉しいよ」
なんてことを!
メリッサは顔を青くした。
出迎えた時の態度は出来たものだったのにいきなりフランクすぎるものの言いように慌てて王様の顔色を確認する。
王様が怒った様子はなく安心したメリッサだけどやっぱり失敗したかもしれないと思う。
「どれ……もう知っているとは思うが私の娘、アユイニュートだ」
「王女様に会えて光栄です」
「ふふ、いいんですよ、そんな言葉使わずとも」
「お、王女様!」
「……アユイン!」
テテテと近づいてきたアユインはジにハグをした。
その場にいた誰もが驚きで一瞬言葉を失った。
短い抱擁を交わしたアユインはペロッと舌を出して悪戯っぽく笑った。
「私のことも守ってくれる友達、なんでしょう?」
「あ、ああ……そんなことも言ったけど……」
「なら友人にハグしてもおかしくないでしょ。
お父様もおっしゃっていたじゃない、親しくなるのに貴賤は関係がないって」
「う、うぬう……」
それはアユインがアカデミーに入る時に贈った言葉。
身分を隠して入ることになり、アユインは王様の娘ではなくただの貴族として周りと接することになる。
アカデミーには平民もいるし貴族の中にも上下はある。
力を持った貴族だからではなく人となりを見て付き合うようにと言った言葉で王様は先に釘を刺されてしまった。
ハグも一瞬だった。
子供相手に目くじら立てることもないと王様はグッと感情を飲み込んだ。
「……そうだな、才ある者と縁を結ぶことは悪くない。
それにジ君は賢い子だ、しっかりと礼儀もわきまえているだろうしな」
飲み込みきれてなかった。
アユインと王様の板挟みにされてジはひきつった笑みを浮かべるしかない。
「まあ、いい。
これが私の護衛をしてくれているビクシムとその弟子のライナスだ」
「えっ!」
ジがラを見る。
ニタリと笑い返すラ、改めてライナス。
「どぉー、ダッ!」
「こら、護衛中だぞ!」
ピッと親指を立てて自慢しようとしたライナスがビクシムに殴られる。
王様が砕けた態度を取っていたとしてと、相手が知り合いだとしても今は護衛の最中。
護衛らしい態度を取らねばならない。
「てぇー……」
ライナスは殴られた頭をさする。
「まあ、いいではないか。
久々に友達に会ったのだ、暗殺の心配もないし良いだろう」
「ほら、お許しが出たぞ」
「許されんならよかったじゃん!」
「さっきは許されてないからだめだ」
「ちぇっ……」
「ラ……いや、ライナス、だっけ?」
「ああ、師匠に付けてもらったんだ」
ドヤ顔で胸を張るライナス。
過去とは違う名前。
ジの知っている過去とは変わったと言える出来事にジの顔も喜びにほころぶ。
ランノはもういない。
過去で悲しい結末を迎えた貧民の子は、もはや過去とは全く異なった道を歩んでいる。
「おめでとう……」
「お前……泣いてんのか?」
「ごめん……めでたいことなのに」
「いや、別に泣くのはいいんだけどさ……」
少しは悔しがるかなと考えていた。
貧民街の子供にとってちゃんとした人から名前を付けてもらうのは大人として認められ、一人前の証をもらったも同然なのだ。
ジよりも先に名前をもらったことで少しはジに近づける。
もしかしたらちょっとだけジが先に名前をつけてもらったことに嫉妬でもするかもしれないと子供心に思っていた。
でもジは嬉しそうに笑いながら涙を流した。
誰も予想しなかったリアクション。
深い後悔とまた親友を失うかもしれない恐怖がジの心にはいつもあった。
どれほど足掻いても、どれだけ変えようとしてもまた同じ悲しみを繰り返すのではないかと怖かった。
ライナスがビクシムの弟子になって歩む人生が変わったと思ったけれどまだ確信を持てないでいた。
どこまで本気で弟子にするのか、まだ気まぐれにライナスが命を落とす可能性があるのかとか不安は尽きなかった。
ランノはライナスになった。
ビクシムのライナスを見る目は厳しくて、優しい。
まるで親子のようにも見えた。
弟子にして名前まで付けた、そしてそれを王様まで知っている。
ビクシムがライナスを見捨てることなど絶対にないだろう。
「ハグするか?」
「しねーよ!」
ドヤ顔晒したのに泣かれちゃ気まずい。
泣いてしまったジも気まずくて変な冗談で誤魔化そうとする。
「はっはっ、情に厚いな」
微妙な空気が流れていたが王様が笑い出す。
今時珍しい若者だと思った。
頭が良くて並外れたことをしている少年なのに、友達のことではまるで歳を重ねた老人のような涙脆さをしている。
その落差がなんだか面白くて王様は笑ってしまった。
「お、と、お、さ、ま?」
決して笑う場面ではない。
アユインにギロっと睨みつけられて王様はスンと笑うのをやめた。
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