全ての始まり1
「ちょ……マジでびっくりしたな……」
「コケッ!」
良いことしただろう? と言わんばかりの顔をしてパムパムはポージングする。
相変わらず楽しそうに生活しているようで何よりだ。
ジケが何を驚いたのかというと、パムパムがひきつれるメスキックコッコ軍団が人を抱えて来たからだった。
白い雲にでも乗せられたかのように気を失った老婆が家に運ばれて来たら、ジケでも驚いてしまうというものである。
「しかも……死にかけだしな」
キックコッコたちは自分が驚かせてしまった老婆のことを運んできたのだが、最初ジケは死体を運んできたのかと思った。
エニが生きていることを確認して慌てて治療したものの、まだ目を覚ましていなかった。
「体の状態……すごく悪くて。でも私じゃ治せなくて」
「んな顔すんなって。エニが悪いわけじゃないだろ?」
エニが少し落ち込んだような顔をしている。
治療はしたのだけど、治せたのは転んだ際に打ちつけた頭だけだった。
しかし、老婆の体はまるで枯れかけの木々のように細く、明らかに状態が悪い。
なのに治療しても体の様子が良くなることはなかったのだ。
それはエニの治療が悪いわけじゃないだろうとジケは慰める。
「それに……あの人が持ってたものって」
「ジケも似たようなの持ってるよね」
「うん……あれって前に見た聖杯って似てるんだよな〜」
老婆は大切そうに杯を抱えていた。
抱えていたのでひとまず寝かせているベッドの枕横に置いてある。
だがその杯はジケが持っている杯にも似ている。
パルンサンの宝物庫で見つけた不思議な魔道具の杯である。
さらには以前出席した王子の出生パーティーの時に見た、王国の国宝たる聖杯にも似ている。
「でもまさか聖杯……じゃないよな」
「んなわけないでしょ? だとしたら大泥棒だけど……あんな体じゃ走ることも大変なはずだよ?」
エニは怪訝そうな顔をして肩をすくめる。
老婆が持っていたものが聖杯だとしたら大問題だ。
王城から盗んだということになる。
だが今にも死んでしまいそうな老婆が王城の宝物庫から聖杯を盗み出したなんて、とてもじゃないが考えられなかった。
「そーだよな……」
とりあえず起きたら話でも聞けばいいかと思った。
「お前らは帰っていいぞ。起きた時にいたらビックリしちゃいそうだ」
「コケッ!」
倒れた人をほっておかない精神は素晴らしい。
ジケが行っていいと言うと、パムパムはおでこに翼を当ててピッと離してウィンクして家を出ていった。
メスキックコッコも一緒について行って、家の中の温度がちょっと下がったような気がした。
「あれ? そういえばフィオスは?」
「んん? 確かに……」
いつもならジケに抱かれているか、見えるところにいるのに今は姿が見えない。
近くにいるという感覚はあるので、家の中にはいるのだろうとジケは思った。
「リアーネ、あの人のこと任せていいか?」
「おうっ」
貧民街で野垂れ死にしかけている人も時にはいる。
パムパムが連れてきたし助けるということに文句はない。
ただ手放しで信頼できるかはまた別問題である。
一応警戒はしておく。
エニにも老婆についていてもらうけれど、もしかしたら危ない人かもしれないのでリアーネにもそばにいてもらう。
「フィオス〜」
ジケはフィオスを探しに自分の部屋に向かう。
「フィオス……おおっ? 何やってんだ?」
部屋を覗き込んだジケは目を丸くした。
フィオスは部屋にいた。
「なんでそんなことに?」
ただし普通に床にいたとかそんなのではない。
「偶然……あの人が持ってた杯見たからか?」
ジケの部屋には盃が置いてあった。
なぜなのか、フィオスはその杯に収まるようにしていたのである。
フィオス杯は可愛いけれど、ピッタリと杯に収まるフィオスは面白さもある。
「あれ……?」
杯を部屋に置いていたのにはわけがある。
魔道具らしいと鑑定してもらった杯には不思議な液体が溜まる能力があった。
その液体は触れはするけど、手につかず取り出せず斜めにしても流れて出てこないし、飲めもしない。
すごく変なものだと思っていたのだけど、日を追うごとに中の液体は増えていってほとんど満杯になっていた。
変なところに置いといて溢れても嫌だなと思ったので、見えるところに置いといたのだ。
杯からフィオスを持ち上げた。
すると中にあったはずの液体がなくなっている。
「……飲んだな?」
フィオスが杯の中に入っても飲めなかったはず。
ただ急に液体が消えるわけもない。
杯を見つけた時に中に入っていた液体は、ジケとフィオスが飲んでしまった。
飲めたのだから飲めるはずではある。
満杯になったら飲めるのかなとは思っていた。
だから多分フィオスが飲んだのだ、とジケも結論づけた。
杯の中に入っていた液体がどんな効果を持つものなのか調べたかった。
しかし杯を覗き込んでも一滴の液体もない。
「……美味かったか?」
ジケはフィオスのことをムニムニと揉み込む。
フィオスはプルプルと震えていて、感情的には楽しそうである。
杯の液体も気に入ったから飲んだのだろう。
「しょうがないか」
無いものはない。
飲んでしまった以上はもうどうしようもないとジケは諦めることにした。
また待てば液体が溜まるかもしれない。




