泥棒、ニワトリに見つかる
「ようやく……見つけた……」
しわがれた声の、おそらく老婆であろう人が手を伸ばす。
見た目にも豪華な杯を取って、ゆっくりと持ち上げる。
「これさえあれば……この忌々しい……」
目深に被ったローブの奥で老婆は笑う。
震える手で杯を撫でる。
「そこで何をしている!」
「なに……!」
老婆が振り向くとそこに人が立っていた。
黒い服装の男は抜き身の剣を手に、老婆のことを睨みつけている。
「誰もいなかったはずなのに……」
「それはこちらのセリフだ。ここは宝物庫……一般人が立ち入れる場所ではないぞ」
老婆と男がいるのは王城にある宝物庫。
王城の中でも最高レベルに警備が厳重な場所である。
男の方はロイヤルガードの一人であり、宝物庫を守る役割を任されていた。
本来なら宝物庫には王の許可なく誰も立ち入れない。
ちゃんとした警備も立っているし、鍵のかかった扉もある。
そしてロイヤルガードである男も宝物庫を守っている。
「どうやってここに侵入した?」
ロイヤルガードの男は顔をしかめる。
決して気を抜いていたなんてことはない。
なのにロイヤルガードの男は、宝物庫に侵入されたことにすら気づかなかった。
見張りも鍵のかかった扉も、そしてロイヤルガードの警戒すらもどうやって潜り抜けたのか疑問であった。
「正面からに決まってんじゃないか」
老婆は杯を抱えるようにしながら軽く答える。
「貴様が持っているのはこの国の宝だ。戻してもらおうか」
老婆が持っているのは聖杯であった。
国の祭事において登場する国宝といっていいものである。
「少し借りたいだけだよ」
「人に貸せるものではない。どうやって忍び込んだのかはおいおい聞かせてもらうことにして……まずはあなたのことを拘束させてもらう」
ロイヤルガードの男は剣先を老婆に向ける。
「それはやめてほしいね。私には時間がないんだ」
「抵抗するというのなら多少手荒になる」
たとえ老婆だろうと見逃すような真似はしない。
ロイヤルガードの男は殺気を放つ。
「おお、怖いね。だがこんなところで捕まるわけにはいかないんだ。さようなら」
「逃すわけなど……なに?」
老婆が何かをしようとしている。
動きを察知したロイヤルガードの男は先手を取って動こうとした。
軽く制圧するつもりで老婆の目の前まで迫った。
しかし剣を突きつけた瞬間、老婆が消えた。
「なんだと……? どこに……」
まるで最初からそこにいなかったようにいなくなってしまった。
目の前にいたはずなのにと、ロイヤルガードの男は動揺を隠せない。
たとえ高速で移動したとしても残像なり多少の跡はある。
ロイヤルガードの男が捉えられないほどの速度で動くなんてまずあり得ず、移動の痕跡が全く察知できなかったことにもまた困惑する。
「……警戒令を発令する!」
なんにしても逃げられた。
聖杯はなく、盗まれてしまった。
ロイヤルガードの男は老婆を逃さないように兵士を動員することに決めた。
ーーーーー
「はぁ……はぁ……もう限界だ……」
城の中が騒がしさを増している頃、老婆はすでに城の外に出ていた。
ローブの中に隠すようにして聖杯を抱え、ヨタヨタと道を歩く老婆に目を向ける人はいない。
「このまま安全なところまで……うっ!」
老婆は激しく震える自分の手を見つめる。
みずみずしさもない手は、明らかに年齢を感じさせる。
「あぁ……もう……」
老婆の手がさらに水分を失っていくように、しわがれていく。
小枝のように触れれば折れてしまいそうな手を見つめて、老婆悲しそうな顔をする。
「早く逃げねば……」
老婆は体を引きずるようにして城から離れていく。
そして平民街を抜け、やってきたのは貧民街だった。
「ケホッ……ここまでくれば……」
息も絶え絶えといった感じで老婆は膝に手をついた。
今にも気を失いそうだが、貧民街で気を失えば聖杯を盗まれてしまうかもしれないとなんとか耐える。
「コケッ、コッコ、コケコッコー!」
「はっ……魔物?」
どこかに休める場所はないかと歩いていると目の前にパムパムが現れた。
後ろにはメスのキックコッコたちを引き連れて、家の周りをお散歩中であった。
パムパムが統率しているのでキックコッコも人を襲うことはない。
しかし知らない人から見ればそんなこと分からない。
「あっ……」
パムパムというデカいキックコッコにも驚き、足腰の弱った老婆は後ろに倒れてそのまま頭を打ちつけた。
「コケッ?」
近くで人が倒れたことにパムパムが気づいた。
「……コケッー!」




