最後の足掻き4
「まあ俺も同じようなことしてた可能性あるしな」
仮にジケが商会なんか持たずに貧乏に過ごしていたら、同じように札を売り飛ばしてちょっとしたお金を得ようと考えたかもしれない。
とりあえず武闘大会に参加申請してみて、得られそうな利益だけ上手く持っていくのは賢いやり方である。
「ほんと甘いな」
「甘くて結構さ。これぐらいならな」
少しのお金があればしばらく食い繋ぐこともできる。
少しの優しさをふと思い出してもうちょっと頑張れることもある。
ジケも過去に色々してもらった。
お金があるなら少しぐらい優しさを誰かに返しても良いだろう。
「フィオス、頼むぞ」
ジケは抱えているフィオスに札を預ける。
フィオスの中では三枚の札が渦巻いていて、もう一つ増えて四枚がグルグルと回転している。
時々わざとぶつけるのかコンコンと音がしたりしていた。
「おう、リアーネ!」
「よー!」
貧民街を抜けて、平民街。
人が増えた平民街の道端に、殺気立った人が何人かいることにジケは気づいていた。
そんな殺気が漏れてる人の一人が、表面上笑顔でリアーネに声をかけてきた。
リアーネも笑顔で答える。
「調子はどうだ?」
「絶好調さ。そっちはどうだ?」
「よかねえよ。少し前にクソガキに札盗まれた。大人がガキの札奪えねえから盗まれて終いだ」
リアーネの知り合いの冒険者の男は盛大にため息をついた。
冒険者の男は腕っぷしで札を集めていた。
札を三枚以上集めて余裕だなんて思っていたら、何人かの子供たちに札を盗まれてしまったのだ。
子供から札は奪えないなんて言っているが、冒険者の男はちゃんと取り戻そうとした。
しかしただただ子供の体力と逃げ足に追いつけなかったという話だったのである。
子供が持っている無尽蔵のバイタリティを羨ましいと思いつつ、子供から札は奪えないしなと自分を納得させて諦めた。
「あははははっ! ガキにしてやられたのか!」
冒険者の男の話を聞いてリアーネは爆笑する。
「テメェ……」
「んな怖い顔したって札無しだしな!」
「玉無しみてぇにいうんじゃねえよ!」
冒険者の男は額に青筋を立てて怖い顔をする。
それでもリアーネは普通に笑っている。
「札売ってやろうか?」
「なんだと?」
「今の私は売るほど札持ってんだ」
ニヤリと笑うリアーネはチラリと一枚の札を見せる。
三枚ぐらい売り払ってもまだ余るほどに札を持っている。
どうせこのまま札を提出しても余った分は無駄になるだけ。
それならば売ってしまった方がいいかもしれないと、先ほどジケが札を買った子供を見て思ったのだった。
「うっ……いや、自分のケツは自分で拭くよ」
少し悩んだけれど、冒険者の男は自分の考えを消すように手を振って答えた。
金を払って札を買うという手段もある。
禁止されている行為ではないし、札がいらない人から買うのは正当に認められた方法なのである。
大人の札と子供の札は少しデザインが違う。
だから子供が大人の札を奪っても意味はない。
おそらく札を盗んだのは、誰かに売りつけるつもりなんだろうと冒険者の男は思う。
ならば自分だって他の人から札を買ったって別に良いだろうという話ではある。
しかしそれは違うと冒険者の男は結論を出した。
武闘大会という以上は、腕を競い合う戦いである。
お金で買う、盗む、隠された札を見つけるというのも戦いと同じく一つの戦略だと見てもいい。
だがやはり冒険者の男は腕っぷしでのし上がってきて、これからもそうした生き方を変えるつもりはない。
お情けのように差し出された札を買って、武闘大会の本戦に進出してもなんだか違うと感じたのだ。
「なら私と戦って奪うか?」
「はっ! お前と戦ったら武闘大会に出るどころか教会行きだろうさ」
「酔って因縁つけてきたこともあったろ?」
「ありゃ……お前も俺もまだ若かったんだよ」
冒険者の男は顔をしかめる。
「早く行っちまえ! 札持ってるやつ探さなきゃいけないんだよ」
「そんな殺気出してりゃ相手も札を隠しちゃうよ」
「まあ、出られなくともしょうがねえさ。俺の油断が悪いんだ」
冒険者の男は名残惜しそうな感じを残しながらもプライドを優先した。
「そうか。まあ頑張れよ」
リアーネもそんなプライドを理解して、それ以上札を買うことを勧めはしなかった。
武闘大会の予選も残りわずかに差し掛かって新たな局面を迎えている。
札を持っている人はドンドンと通過していき、札を持っていない人は焦りを大きくしている。
札の価値は吊り上がっていき、お金で売り買いする人も裏では多く出ていることだろう。
「さぁて……こっからが問題だな」
平民街も抜けて完成したばかりのコロシアムがだいぶ近くに見えてきた。
離れたところにところに札を提出する受付があるけれど、終わりだと油断するにはまだ早い。
町中で見かけたような殺気を放つ人が受付までの間に多くいる。
最後の最後、札を出しに来る人を狙っているのだ。
中には子供の姿もあるので、リアーネだけでなくジケとライナスも決して油断できない。
「ふふっ、面白いじゃねえか」
リアーネは笑顔のまま剣に手を伸ばす。
それだけで何人かは殺気を消して、サッと引いていく。
引いたのはリアーネのことを知っている人たちだった。




