笛の音色に誘われて3
「何かあったんですか?」
夫婦とはちょっと距離を空けて警戒したまま対応する。
魔力感知で妖精の動きも把握しておくが、岩山からジケたちのことを見下ろしている。
「息子が姿をくらましまして。それだけじゃなく村の子供たちの姿が見えなくなったのです」
「村の子供たちが?」
「それで村総出で探していたのです。こんなところにいたから……」
もしかしたらジケたちが子供たちの失踪事件に関わっているのではないか。
男の方の最初の態度はそれが原因だった。
「一体どこに……」
「変な話だな」
子供の失踪はあり得ない話ではない。
誘拐された、モンスターに襲われてしまった、あるいは家出したなんて時に聞く話である。
ただ村中の子供たちとなると話は変わってくる。
一人や二人という話ではないのなら、誘拐されたり家出したということも考えにくい。
モンスターに襲われたって、子供だけが親にバレないように襲われるなんてことはないだろう。
「息子の魔獣が妖精だったのです。だから妖精を見かけて、もしかしたらとこちらの方に探しにきたのですが……違うようですね」
男はチラリと妖精を見る。
息子の魔獣である妖精かと思ったが、何匹もいるし野生の妖精のようだった。
「どこかに助けは?」
「いまフルクラースの方に人を送ってます」
「他に何かおかしなことはなかったのですか?」
「おかしなこと……そういえば笛の音が……」
「笛?」
「夜中にどこからか……笛の音色のようなものが。その直後に子供たちが」
何か関わりがありそうだ。
そうジケのみならず感じた。
ただあまりにも情報がない。
自分たちが関われるようなことでもなく、人を使って広く捜索するしかないかもしれないだろう。
「……なあ」
「なんだ?」
「笛の音……みたいな聞こえないか?」
「……確かに」
ふと耳を澄ますと笛の音のようなものが聞こえてきていた。
どこから聞こえてくるのか分からない。
何かの音楽を奏でているような感じではなく、ゆったりとただ音を出しているだけのような感じだ。
「……なんだ?」
笛の音を聞いているとぼんやりとしてくるようで、ジケは頭を振る。
「おい、ジケ! ライナスの様子がおかしいぞ!」
「ライナス?」
ライナスはボーッと突っ立っていた。
目は虚ろで、どこ見ているのか分からない。
押したらそのまま倒れてしまいそうな感じでぼんやりとしている。
「行かなきゃ……」
「お、おい! どこ行くんだ!」
ライナスはボソリとつぶやくと、ゆっくりと歩き始めた。
「リアーネ、待って」
ジケは妙にぼんやりとする感覚に耐えながら、ライナスを止めようとするリアーネを止める。
「これは子供の失踪に関わりがあるかもしれない」
急に聞こえ始めた笛の音は明らかに怪しい。
リアーネや夫婦はなんともなさそうなのに、ジケやライナスは何かの影響を受けている。
ジケとライナスの共通点は子供であることだ。
ライナスがどこかに行こうとしている。
これは子供の失踪の謎を解く手掛かりになるかもしれない。
「ライナスについていこう」
「……ジケ、お前も大丈夫か?」
「今のところはね」
ジケも顔色が悪いとリアーネは気づいた。
ギリギリ耐えられているが、笛が鳴るたびに頭の中にモヤが押し寄せてくるようだ。
「フィオス!」
このままじゃ危険だ。
ジケはフィオスを頭の上に乗せた。
「な、何してんだ?」
フィオスはそのままタルンと垂れるようにしてジケの耳を覆った。
「うん……これで大丈夫そうだ」
まるでヘルメットのようになったフィオスに耳を覆われて、リアーネの声が遠くに聞こえる。
もう笛の音はほとんど聞こえない。
すると頭がぼんやりする感覚がだいぶマシになった。
「音聞こえにくくしたから話しかける時大きな声で」
「……分かった!」
ジケが何をしているのかリアーネも理解した。
「早くいこう!」
ライナスの歩みは遅いけど、何があるか分からない。
ジケとリアーネはライナスについていく。
夫婦もジケたちの後を追いかける。
「……どこ行くんだ?」
ライナスは岩山に沿って歩いている。
フラフラと歩くライナスの目的地は分からない。
「あれ……まさかここ?」
「近かったな」
「リアーネ、ライナス止めて」
どこまで歩くのかと心配していたが、目的地は案外近かった。
岩山の反対側には洞窟のようにぽっかりと空いた穴があった。
ライナスはそこに入っていこうとしている。
ともかくここに何かがあるらしい。
リアーネはライナスの服を掴んで中に入るのを阻止した。
「起きろ! ……ダメそうだな」
リアーネは激しく前後に揺すってライナスを起こそうとする。
しかしライナスはぼんやりとした目をしたままだ。
「そうしよう」
ジケはたまたま持っていた体を拭くためのタオルを取り出して、剣で小さく切って丸める。
そしてライナスの耳に突っ込む。
「いけ、リアーネ」
「おうよ」
リアーネは中指を親指に引っ掛けて力を溜める。
そしてライナスの額に手を近づけて、親指を外す。
「いっ……でぇー!」
まるで破裂するような音が響いた。
勢いづいた中指がライナスの額に直撃して、ライナスは涙目で額を押さえる。




