海の底で2
「これを渡してくれと」
「これは……」
ジケはオースティンから受け取ったネックレスを取り出した。
「もしかしてだけど……オースティンさん、彼は……」
「それは誰にも分からないよ」
オースティンとエニは親子かもしれない。
それはジケだけでなく、エニも少しだけ思った。
でも実際どうなのか、確かめる術はない。
「お父さんがいたら……どんな気持ちなのか考えたことはあるよ」
ルシウスやパージヴェル、アルファサスなんかを見て、父親というものを想像したことがある。
優しい人だろうか、厳しい人だろうか。
けれども結局想像は想像だ。
現実になり得ない。
「あの人がお父さんかもしれない……でも今更親子ですって言われても難しいよ」
そばにいてくれるというのなら少し話は違ったかもしれない。
こんなふうに少しだけ触れ合って、それでお父さんですと言われてもエニも受け入れることはできない。
「ただ血の繋がりがあれば父親になれるもんでもないからな」
血が繋がってないけどジケの母親っぽく振る舞う人もいる。
ジケは別にそれを嫌だと思っていないし、相手もちゃんと一線はわきまえてくれる。
そして一緒に住む仲間たちのことを、ジケは家族だと思っている。
全く血なんて繋がっていないけど家族なのだ。
「血の繋がりが家族なんじゃない。そばにいたいと思える相手とそばにいようとすることが家族を家族にするんだ」
「じゃあ私はジケの家族だね」
「もちろんさ」
ジケとエニは見つめ合って笑う。
「でも……もらえるものはもらっておこうかな」
エニは照れくさそうに視線を下げて、ジケの手元にあるネックレスを見た。
今更突き返しに行けるはずもない。
色々迷惑をかけられたことは確かなので、もらえるならもらっておく。
「ねっ、つけて」
エニは髪を上げる。
「えっ、せめて後ろ……」
「いーから!」
正面からネックレスをつけるのはなかなか難しい。
でもエニが言うならとジケはドキドキしながらエニの首に手を回す。
遠くから見れば抱き合っているようにも映るかもしれない。
しかし深い海の底で見ている人なんていない。
顔が近くて、少し緊張して上手くネックレスの金具がつけられない。
「よし、これで……ん!」
ようやく金具がつけられた。
離れようとしたジケの服を引っ張ってエニが顔を寄せた。
目を閉じたエニの顔が迫ってきて、ジケの口とエニの口が重なった。
ジケは思わず目を見開く。
「ん……」
どれぐらいの時間が経ったのかも分からない。
「お礼……してなかったから」
そっとジケから顔を離したエニは髪にも負けないほどに顔を赤くして、消え入りそうな声をしていた。
「ありがと……助けに来てくれて」
「あ、ああ……」
何をされたのか分からないほどにジケもバカじゃない。
唇に触れ、エニの柔らかさを思い出してジケも顔を赤くする。
エニはジケの横に座る。
「私の居場所……ここだから」
うつむくエニの表情はジケから見えない。
流されるフィオスが海底に当たって揺れ、ほんの少し距離の開いていた二人の肩がトンと触れた。
「……お前がいたいならいるといいさ。俺も……エニがいてくれると嬉しいよ」
「……うん」
フィオスもなんだか嬉しそう。
ゆっくりと海の底を流されていく。
エニがいたいと思ってくれる場所になろう。
ジケもそう思ったのだった。




