海の底で1
ジケに手を取られ、共に海に飛び出した。
投げられたフィオスが空中でブワッと広がって、ジケとエニを包み込んだ。
青いフィオスに包まれ、青い海に飲み込まれ、ジケとエニとフィオスは海の底に沈んでいく。
「ねぇ、大丈夫なんだよね?」
「たぶんな」
「たぶんって……」
「この辺りの昼の潮の流れは陸上から海へ向かってるんだ。だけど海の深くに行くと潮の流れは逆になって陸上の方に向かう。潮の流れに任せれば帰れるって寸法だ」
「何それ? 潮の流れ……いつの間にそんなもの習ったの?」
エニは怪しむようにジケのことを見る。
気づいたらジケは色々なことを知っているようになった。
貧民の子供なら知らないようなこともジケは知っていたりするのだけど、海底の潮の流れなんて普通の人でも知らない。
「……ある人に聞いたんだよ」
ジーッと疑うように見るものだからジケはため息をついて口を割った。
「あの人?」
「オースティンさんだよ」
「げっ!? あの裏切り者?」
オースティンの名前を聞いてエニは怪訝そうな顔をした。
エニにとってはオースティンもルーエンタと同じく自分を誘拐した人である。
「そう言ってやるなよ。あの人はお前を誘拐なんてするつもりなかったみたいだよ」
箱に隠れていること、オースティンにはバレた。
荷物の中身を開けずに確かめるということは本当だったらしい。
しかしオースティンはジケがいると騒ぐこともなく、捕まえようとすることもなかった。
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「あの子を助けに来たのかい?」
貨物室のドアを閉め、箱に寄りかかったオースティンは天井を見るようにしながら言葉を投げかけた。
それが誰に向けたものなのか、ジケはすぐに分かった。
「助けるつもりです。邪魔するなら……容赦しません」
箱の中でジケは剣を抜いた。
魔力感知でオースティンの姿は見えている。
何かあればそのまま背中を刺すつもりだった。
「あの子は幸せだな。こんなところまで助けに来てくれる人がいるなんて」
オースティンはフッと笑った。
「僕はあの子を連れていくのに反対だ。だから……助けてやってほしい」
意外な言葉だとジケは驚いた。
「もうすぐ船が出る。その前に助けるつもりかい?」
「その……予定ですけど」
「……仮に船が出ても助けるつもりかい?」
「もちろんです」
「方法はあるのかい?」
「とりあえず溺れない方法は」
怪しくて信じられるはずがないのに、なんとなくオースティンになら話でも大丈夫と思えてしまった。
それぐらいに優しい声色をしていた。
「……船が出てから助けないかい?」
「えっ?」
「きっと出てからの方が油断する。それに今時期の潮や風の流れからすると、一度港を出るとそう簡単には戻れないんだ」
「……どうして味方してくれるんですか?」
キュレイストンが赤い髪の女の子を探しているのは間違いない。
オースティンにその気はなさそうだが、エニはその条件に合致していて、誘拐するほどなのである。
もうここまで来たら、このまま連れ去ってしまった方が楽だろう。
「……あの子は自由であるべきだからだ。そして、帰るべき場所があって、帰りを待ち望む君のような人がいる。どんなお金を積もうとも……代え難いものだって分かってるのさ」
オースティンが何を考えているのかは分からない。
でも本当にエニを連れ去るつもりはないということは伝わった。
「海を使って逃げるつもりなら海底を利用するといい」
「海底?」
「この辺りには強いモンスターがいなく穏やかだ。そして浅いところは陸上から海に向かって離れる潮の流れがあるけれど、深いところは潮の流れが逆で陸上の方に流れている。方法があるなら……海底の流れに身を任せるだけである程度帰ることができる」
潮の流れと言われても、それはジケの知識では嘘か本当か判断がつかない情報だ。
「それにキュレイストンがお前たちに手出しすることもなくなるだろう。……君たちが暴れて、あのおいぼれの気を引いてくれればの話だけどね」
「どういうことですか?」
「君たちは知らなくてもいい。ただ先にこれを渡しておこう」
オースティンは首にかけていたネックレスを外すと箱の穴にねじ込んだ。
「これはなんですか?」
赤い石がつけられたネックレス。
特に何かの力を感じたりすることはない。
「約束の証さ」
「約束?」
「キュレイストン……僕がもう君たちに手を出さないという証……それは僕の命と同じぐらいに大事なものなんだ」
正直ジケには価値が分からないものだなと思った。
高い宝石なのだろうかと首を傾げる。
「よかったら……あの子に渡して、謝ってほしいんだ」
「どうして……」
「それは妻から貰ったものだ。そして……あの子は妻に似ている……」
「あなたとエニって……」
「そうかもしれないね。でも、誰にも分からないし、今更父親面するつもりはないよ」
なんとなく話は察した。
エニとオースティンには深い関わりがあるのかもしれない。
しかし、それを知る人はいない。
でもきっと切っても切れない縁は、オースティンに謎の確証を抱かせているのだろう。
「……分かりました。エニを助けて、これを渡します」
「ありがとね。あの子のこと……頼むよ」
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