絶対に助ける8
「エルドゥア!」
するりとエルドゥアの手から剣が落ちた。
エルドゥアは片膝をつくと、オースティンに向かって頭を下げた。
「もし俺の妻と子が無事に俺の元にこなければ、俺がお前の首を取る」
「嵐で沈んだ商団員の家族に手を出しはしないでしょう。それに夫を失った妻がどこかに行ってしまうこともままあることだ」
「お前に……いや、オースティン様に従う」
エルドゥアも商団で働いているのだ。
取るべきは中途半端な情ではなく、利益であると知っている。
エルドゥアを皮切りにして、次々と膝をついていく。
「では進路を変えましょう。ユルナットへ。我々はキュレイストン商団ではなくなるので商団の紋章は消しましょう。船はそのまま再利用します。早く、動いてください」
全ての人が膝をついて、オースティンは船の主となった。
「はっ!」
オースティンの命令で全ての船員が動き出す。
「……あの子が僕が娘かは分からない。願わくば……何もできなかった無力な父親の娘でないことを祈ろう」
慌ただしく人が動く中、オースティンは再び海を眺める。
「でも仮に……僕の娘だったとしたら、これが僕にできる……せめてもの償いだ」
こうなったらもはやエニのことなど気にしていられないだろう。
キュレイストンが船を翻して戻るどころか、赤い髪の女の子を探すような余裕もないはずだ。
「君の自由は、彼女が命懸けで守ろうとしたものだ。僕も君を守るよ。そしてきっと……こんなところまで助けに来てくれた素敵な彼も守ってくれる」
目を閉じたオースティンのまぶたには手を繋ぐエニとジケの姿が映っていた。
「……本当に無事だといいけどな。でも無事だったなら…………幸せになれよ」
「オースティン様。進路をユルナットに向けました」
「そうか、ご苦労様。ある程度進んだら僕を拾う予定の船と接触することになる」
「分かりました。……いつもつけてらっしゃるネックレス、しておられないのですね?」
「ああ、あれか」
オースティンは胸元に手をやった。
いつもどんな時でもオースティンはとあるネックレスをしている。
普段は服の中にしまい込んでいるのであまり目立たないものなのに、エルドゥアはオースティンがネックレスをつけていないことに気づいた。
「僕の息子にあげたんだ」
「息子……?」
「ああ、代わりに大事なものを守ってほしいとお願いしてね」
オースティンに子供はないはずだとエルドゥアは困惑したような表情をする。
「エディユナ……君会いたいや。でもまだ……会いにいくべきじゃないんだろうな。待っていてくれ。僕はもう少しだけ頑張ってみるよ」
海に向かって語りかける。
海は青く、エディユナには似ていない。
だけど母なる海は懐が深く、不満も悲しみも希望も全て抱き込んでくれる。
そんなところは似ているのかもしれない。
「僕の娘を泣かせたら許さないからね」
誰に伝わるわけでもない言葉を海に聞いてもらい、オースティンは手すりから離れた。
船旅は長い。
オースティンも少し寝ようと思ったのだった。




