絶対に助ける7
「なんだと…………」
「僕に選択を強いた。僕の部下たちを見捨てられないと知っていて、エディユナにも同じように無理を言ったんだ。彼女は僕よりも……ずっと海のような自由で大きな女性だった。海は捕まえておくことなんてできないものなのさ」
「ぐっ……」
ルーエンタの口の端から血が流れる。
「こんなことして……ただで済むと思うのかい?」
「僕を当主に置いたのもあなたがコントロールしやすいからでしょう? でもあなたは僕に無防備に背中を見せることはなかった。ようやく……ようやく背を向けましたね」
「貴様……オースティン!」
赤剣隊が一斉に剣をオースティンに向ける。
「そんなにあの子を探したいなら自分で探せばいい。ほら、行ってくるといいよ」
オースティンは冷酷な笑みを浮かべてルーエンタを海へ突き落とした。
「なっ……!」
「もしあの子を見つけたら教えてくれ。そのナイフは餞別さ」
ルーエンタはあっという間に波に飲まれて沈んでいく。
「どうするつもりだい?」
「それはこっちのセリフだ!」
オースティンの首に剣が突きつけられた。
ルーエンタの後ろを守っていた赤剣隊のリーダーのエルドゥアは怒りで顔を赤くしている。
「僕を殺すかい?」
「殺し……はしない」
エルドゥアはこのままオースティンの首を切ってしまおうかと考えたが、ギリギリのところで踏みとどまった。
「切ろうと切るまいと君たち全員がどうなるかは変わらない」
「なに?」
「冷酷無比なあの人が自分の妻を守れなかった君たちのことを許すと思うのかい?」
「それは……」
「仮に僕を捕らえたとしても君たちの責任は逃れられない。僕も君も、いや、この船にいる全員魚の餌になるだろうね」
オースティンの言葉にエルドゥア以外のみんなに動揺が走る。
「くだらないことを……」
「ならやってみればいい。どうなるのかは……君の方が知っていそうだけどね」
「…………お前の首を差し出せばいくらか助かる希望はあるかもしれない!」
エルドゥアが剣に力を込めると、刃が食い込んでオースティンの首から血が垂れる。
「助かる方法があると言ったら?」
「何?」
「君たち全員の命を助けてやるよ。それだけじゃない。家族の命もだ」
「…………どうやって?」
エルドゥアの力が緩む。
もはやオースティンの言葉だけが希望であった。
オースティンは穏やかな笑顔を浮かべた。
「ここで全員死ぬんだ」
「貴様やはり……」
「まあ待て。人の話は最後まで聞くものでしょう」
「……くっ」
「僕は日頃から準備をしてきた。あのおいぼれに従っていれば僕の気にしないから楽なものだったよ」
オースティンはチラリと海を見る。
ルーエンタの死体が上がってくるような気配もない。
「ユルナットに新しく商会を使った。海じゃなく、国を横断するような商売をする商会をね。ただ少し人手が足りていない。商品を運ぶのに、手だれがいてくれると嬉しいんだ。他にも仕事はたくさんある。僕は商会をもっと大きくするつもりだ」
「俺たちにそこで働けというのか?」
「そうさ」
「だがキュレイストンはどうなる? バレたら……」
「ユルナットはキュレイストンも取引していない。僕が作った商会だとバレないようにしてあるし、君たちも新しく人生を歩むのさ」
「どういうことだ?」
「これからこの船は沈むんだ」
オースティンが手すりから離れて、ゆっくりと甲板の真ん中に歩いていく。
さながら舞台俳優のようである。
「そうだな……嵐。とんでもない嵐がこの船を襲っている」
エルドゥアを始め、周りの人は皆雰囲気に飲まれてただ見ていることしかできない。
「帆が裂け、マストが折れる。船が大きく揺られ、哀れなルーエンタは波にさらわれた。船に亀裂が走り……そして沈んだ」
手を大きく広げて演技くさく声を張り上げる。
「嵐の海には耐えられず、僕以外みんな死んでしまった」
「……あんたは?」
オースティンは僕以外と言った。
そのことがエルドゥアは気になった。
「僕が水に強いことは知っているだろう? 僕は波を必死に耐え抜いて、近くを通りかかった商船に助けられる。たまたまリルードに向かう予定だった僕はそのまま帰るんだ。そして目に焼き付けてやる……最愛の者を失う辛さを味わうあのジジイの顔をな!」
オースティンは笑う。
娘を守ろうとしなかった人がもう一人いる。
その人にも自分と同じ苦しみを味わせて、どんな顔をするのか見てやろうと思った。
「そんなことのために……?」
「そんなこと、じゃないさ。それに僕がキュレイストンに戻るのは君たちのためでもある」
「俺たちの?」
「商団の動きを監視してコントロールする人が必要だろう?ユルナットに近づかないようにする。あとは君たちの家族もリルードを脱出させてユルナットに送るのにも僕がいた方が楽だ」
「た、確かに……」
たとえ死を偽装しても相手を警戒すべきだろう。
内部に情報を掴んでいる人がいるのなら色々と便利だ。
「さあどうする? 僕の首を差し出して、あのジジイの怒りに触れないかどうか試してみるか? それとも君たちは嵐に巻き込まれて新たな人生を送るのか!」
実際に嵐は起きていない。
しかし、エルドゥアたちの心境は荒れた嵐の中にいるような気分だった。
選択を間違えれば海のもくずとなってしまうような重要な岐路に立たされている。
キュレイストンに忠誠を誓うならオースティンを捕らえるなり、倒すなりして事情を説明すべきだ。
けれどもそれで許されるとは限らない。
エルドゥアを始めとして、ルーエンタを守ることができなかったという事実は変わらないのだ。
自分の首が飛ぶだけならまだいい。
だが家族の首も飛ぶ可能性がある。
一方でオースティンについていけば助かる。
少なくとも自分の命は助かる上に仕事もある。
これまで忠誠を誓ってきたキュレイストンという相手を裏切ることにはなってしまうが、命や金の確実な保証がある。




